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  • 2022.06.03

Discordから現場に潜る──“分人的コミット”が生むパラレルな密室

“膜”と“壁”──自家中毒が引き起こす問題点

一方で、この“摩擦係数の低いコミュニティ”といって連想してしまうのが、「フィルターバブル」の問題である。従来的なSNSとDiscordを比較した場合に、どちらが視野狭窄に陥りやすいプラットフォームなのか。

たとえばTwitterの場合は、リツイートによって情報がソーシャルグラフ上を透過するという、『なめらかな社会とその敵』(鈴木健)の比喩における“”の作用がある。

発信された情報はフォロー/フォロワーという“膜”の中で流通するが、リツイートという機能は境界線を浸透するようにしてコミュニティ外へと情報を伝播させる。コミュニティは常に環境に晒され、“膜”というゆるやかなボーダーを通して相互に情報を交換しあっている(無論、近接した領域の情報しか届かないフィルターバブルの問題を依然抱えている)。

だが、Discordサーバーを覆っているのは"膜"ではなく、外部環境をシャットアウトする“”だ。それは「バズ」の欲望からの解放をもたらす一方で、──密室で毒煙が焚かれた場合に──自家中毒を引き起こす危険を孕んでいる。

過去にDiscordは、“壁”の問題と直面している。2017年に起きたシャーロッツビル事件で「右派の団結」を呼びかけた極右団体は、主な連絡ツールとしてDiscordを利用していたことで知られている。そしてこの事件は、1人が死亡し数十人が負傷する惨事となった。

The New Yorkerの記者であるBenjamin Wallace-Wellsは、インターネット文化と共に形成されてきたオルタナ右翼について「これは運動なのではなく、アイデンティティを巡る一つの集団実験なのだと考えることだ。多くの人々がネット上で匿名性を保つことで、自分が密かに抱いている極端な思想を試すのと同じことである」と述べている(外部リンク)。

この先鋭化した思想集団も、あくまでユーザーの"分人的なコミット"の集合体として存在しているといえよう。参加者たちは自らの密かな白人至上主義者の姿をコミュニティに仮託することで、悲惨な事件を起こすまでの巨大な幻影を生み出してしまった。

2010年代はSNSという巨大プラットフォームが全世界に領土を広げた一方で、その社会的責任が求められるようになった時代でもあった。Discordはこの事件を受け、従業員の約15%を「Trust and Safety」に務めるチームとして構成することで対策を講じている。

SlackとDiscord──「幸せの音」はどんな音?

2022年3月に公開されたDiscordによる公式レポート(外部リンク)では、2021年下半期に約168万件ものアカウントをポリシー違反として削除したという。「憎しみや暴力、過激なイデオロギーを中心に組織するグループには、Discordに居場所はないと信じ続けています(※筆者訳)」と声明を出し、先の事件への強い反省を示していることは間違いない。

そんな状況を経て、インディペンデントアーティストらがDiscordに着実に根を張りつつある現在がある。従来的なパブリックなSNSのアルゴリズムに左右されることがなく、バズるために何時間も頭を悩ませることもなく、"密室"のような距離でコミュニケーションを図ることができる理想的なオンライン空間として、人々はDiscordに移住しつつある

ライターのNordOstによる「深淵Web音楽の覗き方──インターネット“レイヴ”とDiscord」(外部リンク)という連載企画は、Discordをカルチャーの震源として捉える筆者にとっても注目していきたいものとなっている。

最後に与太話を。ことゲーマーに最適化される必要がないのであれば、ほとんど同様の機能をもつSlackに光が当たらなかったのはなぜだったのか? 無論、ボイスチャット機能においてはDiscordの方が限りなくシームレスな設計をされているが、テキストチャンネルのみで構成されているサーバーも少なくない。

ここで、YouTubeにアップされた2つの動画──どちらもたった1秒の──が興味深かったので紹介したい。

Discord notification - sound effect
Slack new message notification - how stress sounds

それぞれDiscordとSlackの通知音を切り出しただけの動画。注目すべきはコメント欄だ。まずはDiscordから一部抜粋する。

「The sound of happiness.(幸せの音だ)」

「this sound = happiness(この音=幸福)」

「I believe that in the future we are all gonna get nostalgic as hell from this sound.(将来、この音にノスタルジーを感じるようになるだろう)」

かたやSlackはというと。

「i swear this sound gave me ptsd(この音を聞くと、本当に精神が不安定になる)」

「I fucking hate this sound haha(マジで嫌いな音だ、はは)」

「it sounds like a snake eating you and crunching your bones. just like how being a programmer feels(蛇に噛まれて骨を砕かれたような音だ。プログラマーになったような気分でね)」

サウンドそのものはDiscordの方がアブストラクトで、Slackは明瞭かつ快活だ。しかしそれが人々に喚起させる印象は180度異なっている。

娯楽と労働、余暇と稼業、ハレとケ……その両極から出発したプラットフォームが近似した設計となっていることは興味深いが、こうも正反対の感想が生まれているのは当然のことだろう。なかには「Slackは仕事を生産的にするためのものです。Discordはその正反対です」と述べる者もいるくらいだ(外部リンク)。

Discord Japan公式Twitterの投稿を見ても、「遊びでやってるんだ」というラフな態度が明らかである。ライターのつやちゃんはTikTokについて「許容性の深さとラフさを特権に」「芳醇な文化を抱え」ていると論じているが(外部リンク)、Discordも同様の時代感覚を備えているように思う(なお興味深いデータとして、東京工科大学の1年生を対象にしたアンケート(外部リンク)で男子生徒の半数以上がDiscordを、女子生徒の半数がTikTokを利用していることが発表されている)。

幸せの音」──それは私たちの断片である。私たちは娯楽的感覚を分裂させ、それぞれのサーバーに散在させることでコミュニティを形成している。だから、割譲した自身の幸福が再帰的に現れた時、「幸せの音」が鳴っていると感じるのだろう。

"discord(不調和)"なんて名を付けて、皮肉なことである。そこに不調和が起きるのは、フレンドリーファイアでしかありえないのだ。

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