冨樫義博の描いてきた『HUNTER×HUNTER』のテーマとは何か?
2024.10.12
ここからもわかる通り、『HUNTER×HUNTER』という作品に一貫しているのは、非論理性の排除、もっと言うならば、「少年漫画における非論理性を論理的に描いたときに何が起こるのか」を問い続けている、と言い換えることもできます。
一番顕著なのは、やはり蟻の王・メルエムでしょう。
環境保護団体による自給自足を旨とする自治国で、実は麻薬製造の隠れ蓑になっている閉鎖的なNGL(ネオグリーンライフ)と、圧倒的繁殖力を誇るキメラアントという種族。
最強の生物が生まれるための環境との組み合わせからして徹底していますが、彼と魔人ブウを対比させたときに、重要な違いを見出すことができます。
「魔人ブウは自らのエゴと分裂したが、エルメムはそれを受け入れた」ということです。
強い怒りによって、純粋悪としてのガリガリの魔人ブウと、無邪気な太っちょの魔人ブウに分裂します。そのおかげで、魔人ブウは己の悪と決別できましたが、僕ら人間はそんな便利なことできないんです。
メルエムは、蟻(魔人ブウのような人外)じゃなくて、最後は人間だったんですよ。こっちに揺れたんです。
他の生物を支配したいというエゴを乗り越えて、盲目の天才・コムギと人間として生きようとしたんです。毒で死んでしまったことも含めて、人間なんです。
それらを踏まえて、再読したいシーンがあります。
蟻編の最後、死を受け入れたメルエムとコムギとの、2人だけのセリフが何ページにもわたって続きます。
視界の覚束なくなったメルエムに、2人の声だけが届いています。
少しだけ……/疲れた…
ほんの少し…/眠る…から
このまま/手を…握っていてくれるか…?
………/コムギ…?/コムギ…?いるか?
聞いてますとも/わかりますたこうですね?
すぐ…/起きる…から『HUNTER×HUNTER』30巻52-53ページより
ここで、何が起きてるのか分かりますか?
この日のために生まれた、とまで言ったコムギが「………」と返答しかねてるのがなぜか、分かりますか?
コムギは、王の手を握るこの瞬間まで、王のことを人間だと思っていたんですよ。
コムギもまた、乗り越えたんです。
王とのこれまでのやりとり、キルアとのやりとり。この「………」の間に、彼女の脳裏には様々なことがよぎったはずです。
コムギの目が見えていれば、おそらく王は人間にはならなかったでしょう。この出会いは、それくらい奇跡だったんです。
そしてこの盲目の少女との出会いも、やはり『ドラゴンボール』とリンクします。
魔人ブウが出会った、盲目の少年を思い出してください。
共通するのは、自分と異なるものと仲良くなるというテーマです。
メルエムとコムギの物語は異類婚姻譚であり、その論理を追求することは、冨樫義博先生にとって、論理を超えた神話的・人類文化学的な世界を描くことの最低条件だったのかなぁという気がします。
蟻編のあとじゃないと、論理を超越したアルカの存在なんて許されないわけです。
……話が脱線しそうなのでシンプルにまとめると、「人を見た目で判断するな」を理想的に転化させると、こんな物語になるのでしょうね。
最後の決戦に赴く仲間となったメレオロンのことを、ゴンは「すごく人間臭いんだ」「ていうかメレオロンは人間だよ もう」と評し、反対に彼は「オレはお前さんに人間離れした怪物性を感じた!/だから組む気になったんだぜ?」とその胸中を明かします。
境なんて/あってねェようなもんさ『HUNTER×HUNTER』23巻116ページより
以上の様々な要素から、『HUNTER×HUNTER』は蟻編ラストを想定して連載開始しており、また、『HUNTER×HUNTER』は冨樫義博版ドラゴンボールである、と考えます。
最後に、一応書いておきます。
上に載せたコムギと王のシーンは、あくまで可能性の一つです。王が「“このまま”手を握って“いて”くれるか?」と問いかけているところから、すでに握った状態であの会話はなされており、王が死ぬという現実を受け入れるための「……」という間合いだった…と読み解くのが自然です。
その場合、コムギが「わかりますた/こうですね?」と言っているのは手を握り直しただけ、「コムギ…いるか?」と何回も問いかけたのは、手は握られているけどコムギがここにいるか分からないというほど不安だった、このまま一緒にいてくれるかどうか不安だった、もしくは、もはやほとんど耳と声にしか意識がいっていなかった…ということなのでしょう。
繰り返しますが、「こういう可能性もあるんじゃないかなぁ」という一つの解釈としてお読み下さい。
信者の深読みと妄想、だなんて言葉で片付けられたら悲しいですが、休載中の楽しみの一助となれたなら、僕としてはこれ以上の喜びはありません。
それでは、読んでいただき、ありがとうございました。
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