ヒップホップを構成する3つのルールと、年代別女性ラッパー史 つやちゃん x valknee x 伏見瞬 座談会レポ
2022.10.09
2009年、つまりNicki Minajの出現とほぼ時を同じくして、国内では2人の重要なラッパーによる二つの重大なアルバムがドロップされ、ついにフィメールラッパーの時代が本格的に始まることになる。
COMA-CHIのメジャーデビュー作『RED NAKED』、RUMIのソロ3作目『HELL ME NATION』とはそれぞれ喝采を持って迎えられ、中でも特に『B-GIRLイズム』と『A.K.Y』という両ナンバーはフィメールラップの指針をつくり、その後の流れを決定づけたと言って良いだろう。
ライムスターの『B-BOYイズム』から実に11年、その類まれなフリースタイルスキルと『ミチバタ』などのクラシックによりヒップホップシーンの中核的存在に成り上がっていたCOMA-CHIは、満を持して『B-GIRLイズム』を発表し、こう宣言したのだ。
決して譲れないあたしの美学/ナニモノにも媚びず女を磨く/ 美しきロクデナシ達だけに届く轟く/ベースの果てに見た/揺るぎないあたしの美学COMA-CHI『B-GIRLイズム』より
あたしの名前はB-GIRL/路上のヴィーナス /よく聴きな巷のミーハーギャル/そこのお気楽なwanna be girl には真似できん/タフなやり方は飾りもんまがいもんじゃない同上
そうよこれが B-GIRL の品格/ど真ん中プラスNo.1 自分を誇るのが基本同上
これがB-GIRLの精神性である、と誇り高いプライドでもって言い放つCOMA-CHIの宣言は開拓者としての気概に満ち、高い求心力を持った指針として、フィメールラッパーの行き先に旗を立てた。
同様に、RUMIはそれまで綴ってきた社会への不満や猜疑心の結晶として、半ば開き直りつつ、「あえて空気読みません」とまくし立てる。
馴染めないなら/あえて空気読まないA.K.Y/大丈夫!怖くない!RUMI『A.K.Y』より
我は黙りませんA.K.Y/無駄な空気は読まない/とらないご機嫌…いかが??/あえて空気読みません/KYは今日から/空気しか読めないに変えますね/UYCにならぬよう/シッカリ空気読みません/飛び出せA.K.Y!同上
RHYMESTERの『B-BOYイズム』とSHINGO★西成『U.Y.C』を下敷きに、フィメールラッパーならではの視点での描写をまじえつつ換骨奪胎していったという点で、実はここでもまたヒップホップの歴史に接続しつつ時代の駒を一歩先に進める偉業が成し遂げられている。
シーンにハッパをかけ、後続ラッパーをエンパワーメントさせるには十分な力が漲っていた両作品によって、蒔かれていた種が様々に実を結び始めていった。その後ソロデビューを果たすことになるMARIA擁する多国籍集団・SIMI LABが『WALK MAN』をリリースし話題を呼んだのも、この年だ。
時計の針は動き始めた。これまでの過ぎた時間を取り戻すかのように、半ば急ぎ足で、女性たちは立ち上がり始めた。
COMA-CHIとRUMIによって指針が掲げられた2009年以降、フィメールラッパーは多彩な個性を獲得し、その自由さを臆面もなく打ち出せるようになった。
MARIAはソロでのリリースを重ね、風格を増していった。DAOKOや泉まくら、chelmicoがデビューし、ゆるふわ文化系女子ラップというジャンルが生まれた。DJみそしるとMCごはん、コムアイ…先人たちの耕した土壌で、目をみはる才能たちが伸び伸びと新しい実験を開始した。
それらがさらに実を結んだのが2016年で、かくしてフリースタイルとトラップの時代、とも言うべき新時代が始まる。
ヒップホップからラップミュージックとトラップへ──というのはそもそも全世界的な動向で、目まぐるしく移り変わる本流のトレンド変化にフィメールラッパーも足並みを揃えるようになり、最先端のラップミュージックとして非常にクオリティの高い作品が多くリリースされることになった。
ラッパーを性別で分けるということがナンセンスな行為になり、ここに来てついに旧来の意味での「フィメールラッパー」というカテゴライズが無効化されたのである。
この新時代は、伝説に残る「第9回 BAZOOKA!!!高校生RAP選手権」でのちゃんみな vs Rei©hiのバトルをきっかけに始まる。
翌年、初の女性フリースタイルバトル「CINDERELLA MC BATTLE」が開催され、あっこゴリラという才能が脚光を浴びた。
ちゃんみなは勢いに乗ったまま音源作品でも唯一無二の個性を発揮しヒット、AwichはChaki Zuluとのタッグで覚醒し『Remember』『WHORU?』でフロアを制圧。AYA a.k.a. PANDAは『甘えちゃってSorry』で若者を虜にした。
MCバトルの場、クラブ、YouTube、TikTok、あらゆるところで新世代フィメールラッパーが感性を爆発させ、リスナーを沸かせた。
一方で、ラップミュージックの盛り上がりを受けて特集が組まれた2017年6月号の『ミュージックマガジン』企画「日本のヒップホップ・アルバム・ベスト100」には、女性のラップ作品はたった一枚たりともランクインしなかった。
「フリースタイルダンジョン」では椿がシーンに根付くミソジニーを糾弾したりもした。
変えられたことがある一方で、変えられていないこともたくさんある。これからまだまだ、フィメールラッパーがやるべきことは多い。
振り返ると、長らく一強時代だったNicki MinajをついにCardi Bが引きずり下ろしたアメリカのように、一席しかない女王の座に対して様々なラッパーがしのぎを削り、時にビーフを繰り返し戦うという殺伐としたエンタメ性は、日本のフィメールラップシーンにはほとんど観察されなかった。
再び引用する。COMA-CHIとRUMIはこう綴った。
乙女なキラ目の主人公の少女マンガの中に後ろ姿/見つけられなかった仲間達のためCOMA-CHI『B-GIRLイズム』より
空気圧に負けて己の意思/引っ込めないで!/人の心へ/何かを伝えなきゃ己さらけて初めて砕ける/馴染めないなら/あえて空気読まないA.K.YRUMI『A.K.Y』より
この国で(男)社会から女性に対して無条件に求められるものが少女性であったとして、(女)社会から女性にかけられる圧力が同調性だったとして、それらに背を向けあえて選択するものがヒップホップでありラップであった時に、数少ない同志たちに向けてエールを送ることは、私たちにとっての、私たちだけの、“リアル”であり“ルール”なのかもしれない。
そしてそのリアリティやルールは、ヒップホップの楽しさを知る先人たちが、時に孤独に負けそうになりながらも積み上げてきた美学の上に成り立っている。
COMA-CHIはすでに2006年時点で、クラシックとして名高い『ミチバタ』において、その孤独を虚無感とともにこうライムしていた。
(見上げる)眠ることなく輝く街/(見上げる)孤独な鳥がさえずる街/(見上げる)夢とごみくずで溢れた町/ずっとここで遊んでる/ミチバタCOMA-CHI『ミチバタ』より
都会の喧騒/ただ無味乾燥/メディアの洗脳/かかる不感症/騒ぐ人たち/変わる友達/通り過ぎる/風だけが同じ同上
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