Interview

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  • 2021.04.11

「もう一歩か二歩、退いてもいい」初音ミク生みの親・佐々木渉が今だから語れること

「ネットから出てくる人たち」を待っていた

――「肩の荷が降りた」という発言はとても感慨深いですね。一過性のブームではなく、ボカロで作品を紡いできたクリエイターの活動の歴史が、文化として成熟したということでもあるかと思います。今日は、これまで佐々木さんが背負っていたものにも迫りたいなと思っています。改めて、「キャラクター・ボーカル・シリーズ」とどのような関わり方をしてきたか教えてください。

佐々木 2007年の発売当時から、全部ですね。ヤマハさんとのやりとりから、初音ミクの方向性やコンセプトの設計に関わっています。

少し前まではまだ「初音ミク」という概念に対する誤解も多くて、「アニメのキャラクターが歌うんじゃないの?」みたいな認識もされていたんですよね。そういった「今ミクが世間からどう見られているのか」という状況を把握して、じゃあそれに対して我々はこう展開していこう、というバランス調整を担っています。セガさんなども担当させてもらったり。

――すでにボカロは知名度でも、文化的な一般理解度という意味でもずいぶん浸透したと思いますが、バランス調整の役割は変わっていませんか?

佐々木 今でもほとんど同じことをしています。たとえば弊社に限らず、たくさんのボカロが生まれましたが、ボーカロイド全体のバランスを見たときに初音ミクだけが前に出すぎているケースも多くて。

当然、僕もクリプトンの人間なのでミクを積極的に推していくべきなのかもしれないけど、むしろそういう考え方とも僕は距離を取らなきゃいけないと思っているんです。まぁ、ミクたちを推している弊社が悪いわけでもなく、一番は構造の悪さや難しさにあるのですが。

――過去のインタビューでは、最初の頃は企業からのお誘いを断っていた、という話もありました。

佐々木 発売してしばらくは、いただいたお話の7~8割くらいはお断りしていました。日本でも有数のアーティストの方々が「初音ミクと対談させてほしい」といったお話をくださったんですが、「ミクが話すのは難しいんですよね……」という説明からする必要があったんですよ。

例えばリリースして半年くらいの頃、確か角川グループさん経由で「東方Project」のZUNさんもお声がけくださいましたが、当時東方とボカロが公式で手を組むといろいろな余波が起きてしまうと考えて、非常に残念ながらお断りしてしまいました。

このタイミングで大御所の方やメジャーなアーティストさんとコラボするのはスキャンダラスすぎる気がしたんです。2007~8年頃はpixivも生まれて、redjuiceさんやhukeさんといった絵師さんが台頭していました。そういう動きに、既存の同人業界のアリガチではない、新しい空気みたいなものを感じたり、pixiv以降の構造の中で「ネットから出てくる人たち」を待とう、という意識があったりしたんです。

初音ミク が オリジナル曲を歌ってくれたよ「ワールドイズマイン」

佐々木 それは僕だけじゃなくて会社としてもあった感覚です。すでに在る長いものに巻かれるのではなく、ボカロはこれからの文化だから、もっと待ちたいと思っていた。新しいことをやりたい人が新しいことをやるツールとして、ミクが使われていけばいいなあって。

「ネギ振らせないでください」とは、言えなかった

──初音ミクを単なるオタクカルチャーに埋没させたくない、という気持ちもあったのでしょうか。

佐々木 オタクカルチャーでもあるネットカルチャーとして、同人などの世代交代も急速に進みそうな気配もあり、それを見据えての時間稼ぎというか、距離を取りたかった部分がありました。先輩・後輩感と言いますか、そういう考え方が前提にあるカルチャーが嫌な人こそが、ネットに集まってくるのかなと思っていたから。

自分が思春期に音楽を聴いていたときにはもう、すでに“流れ”のようなものがあって、ここからまた新しい誰かが出てくる期待感がなくて。その頃聴いてた、ネットのように匿名性の高いテクノの音楽を実際にやっていたのが、sasakure.UKさんDECO*27さんなどの作品をいち早くリリースしていった、U/M/A/Aの弘石さんだったりするんですけど。

sasakure. UK - キマイラ feat.初音ミク

佐々木 先輩・後輩感とか既存の文脈なんて関係なく、個性的過ぎるものや面白いものがぱっと伝播して広がるような世界に、初音ミクが存在することが、自分にとっては重要だったのかもしれません。

でも当時はあんまり、楽しんで初音ミクを意識できる状況になかったんです。むしろ仕事ですし、音楽だけではないものだからこそ、悩んでいましたね。

――ボカロそのものは誰でも触れて、好きなように音楽を作れるツールですが、「キャラクター・ボーカル・シリーズの初音ミク」としては、見え方をかなり考えていらした。

佐々木 そうですね。でもそれは対企業をはじめとする商業的なコラボレーションの中の見え方であって、クリエイターのみなさんに対してはそんなことなかったです。ミクはインターネットという海の上で、風向きが変わるたびに方向が変わるヨットみたいな存在で、むしろそうあることが求められていた。

だからこそ、その時々で盛り上がっているミームに寄り添うことが重要でもあって、そのためには自分の心を無にすることもありました。たとえば企業案件だからといって「ネギ振らせないでください」とは、とても言えなかったわけです(笑)。大多数のファンの方々にとって、それはすごくポップで楽しいことなわけですから。

VOCALOID2 初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた

佐々木 いや、「僕が個人的にネギは嫌だった」という話ではないんです。初音ミクがネギを振っている動画はすごく可愛らしいですし、当時ネギを扱ってくださっていたニコニコのテック系の方々には強い尊敬の念もあります。

ただ、当時からアーティスティックな形で初音ミクを使おうとしてくださる方々も少なからずいて。すでにニコニコ動画で遊ばれていたようなポップ過ぎる側面との間に、ハレーションが起きていたこともあったんです。今となってはキャラクター性を出さず、クールな楽曲を作られる方も増え、実際に評価もされていますが、そこにギャップはありました。

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ネットカルチャーが産業化していくということ