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  • 2019.04.22

現実は不条理でゲームには真実“しか“ない 『オーバーウォッチ』

私の人生は、実態のない幻想でしかない

いまの私にはゲーム以外のすべてのことがどうでもいい

まれにみる投げやりさだ。よく考えてみると、失われた私の青春がどんなものであったかといえば、この根強い投げやり感、ゲーム以外のすべてのことが心からどうでもいいという感覚に支配されたものだった。

つい先日も(もうみんな忘れたが)、WHOがビデオゲーム中毒を疾病と認定した──と報じられた。ほんとうにWHOがそう認定したのかどうかは知らない。日本経済新聞に書いてあったので本当かもしれない(出典:日本経済新聞「WHO、「ビデオゲーム中毒」を初めて疾病と認定」)。これに対するゲーマーからの反発も、たぶんあったのだろう。

仮定の話に上塗りして、私に言わせてもらえれば、そうしたものに反発する程度のゲーマーは、人生をダメにするほどビデオゲームに熱中した経験がない。

私としては、「どうしてもっとはやく中毒と認定して、日本政府を説得し、ビデオゲーム以外のことに興味がなくなってしまった人間を病人と認めて、補助金や助成金や障害者年金の給付、税金の控除、扶助、還付などなどを行わせなかったのか」とWHOを責めたい気分だ。

しかし、WHOなどというものは実態のない幻想に過ぎない。日本政府もまた然りであり、私の人生もまた然りである。

どうすればすべてが嘘であることを読者にわかってもらえるのだろう、といつも考えている。

しかし、この問題は完全にメタである。

文章は誰かに読まれたそのとき、はじめて意味を形成する。誰にも、書き手にすら読まれることのない文章というものがこの世のどこかにあるとして、仮にその構文や語彙がどれだけ正確であろうとも、その文章はまったくもってなんの意味も持たない。だれも意味を受け取る人間がいないからだ。

この構造のために、ある文章の虚偽性を語り手はコントロールできない

すべての文章の真偽は永久に判定不可能である。これは論理構造をひもとけばわかる。「この文章に書かれていることはすべて虚偽だ」という文章の意味を、あなたが「真」と解釈した場合、その解釈は矛盾したものになる。「偽」と信じた場合には書いてあることが「真」になってしまうが、そうすると書かれていることと矛盾する。

現時点の私の文章は、基本的に「ぼくは嘘つきです。信じてください」と喧伝してまわるような代物だ。

『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』

著者の自伝的小説『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』(早川書房)

ゲーム空間には真実だけがあり、フェアである

同様に、ひとはゲームプレイのなかで嘘をつくことができない。システムに「虚偽」だとか「嘘」の入力を行うことは、決してできない。

どんなに半端でなめたプレイであっても、システムは入力を唯一真正なものとして受け容れ、それに応じた答えを返す。これは『オーバーウォッチ』に限った話ではないが、もちろんこのゲームでもそうだ。

適当にプレイすれば負ける。さんざんトロール(他者に迷惑をかける荒らし行為)しておいて、「これが自分の本当のプレイスタイルというわけではないんだ」といった言い訳は成立しない。結果がすべてだ。

ゲームの堅牢性を確かめるために、たとえばプレイヤーネームの記名欄に"null"と入力し、バグを引き起こす遊びがある。しかし、たとえバグが引き起こされたからといって、そのシステムに虚偽の入力を行ったことにはならない。システムはただ、"null"という文字列にたいする正しい応答を返しただけだ。

つまり、ゲームの空間のなかには真実だけが隙間なく張り巡らされている。虚偽がまったくない

「オーバーウォッチ リーグ」公式HPより

『オーバーウォッチ』では毎年の世界大会が開かれているほか、プロリーグが開催され、トッププレイヤーがしのぎを削っている。画像は「オーバーウォッチ リーグ」公式HPより

だから、ときどき息が詰まるような思いがする。とあるゲームに真摯に、ときに真剣すぎるほど熱中するプレイヤーを「ガチ勢」などと揶揄する者の気持ちも、わからないではない。

しかし、「虚偽がない」とわかっている空間ほど理路整然としたものはない。その意味で、じつにフェアだ。ゲームシステムはあなたが黒人であること、障害者であること、女の子であることなどをまったく勘案しない。ただあなたの経験と思考から導き出された入力に対する応答を繰り返すばかりである。

だから私はゲームが好きだ。おそらく現実よりも好きである。

現実は不条理で、フェアでもない

つまり、私はビデオゲーム中毒患者というよりも、現実の不条理にアレルギー反応を起こしている者である

会社勤めをしているとき、同僚や友人たちの稼ぎぶりを聞いて、ああ、おれもよくわからない仕事や人望を得て、よくわからないルールの勝った負けたを隣人たちと繰り返さねばならないのか、おれはただ彼らと仲良く遊びたいだけなのに、としみじみと感じたものだ。そして女の子たちの給料を聞いて、ばかみたいに安いことが悲しかったものだ。

かといって、いま私が食べているコンビニ弁当がどこから運ばれてくるかといえば、16時間ぶっ続けでトラックを運転し続けた、ひどい低賃金で雇われている物流業者に勤める運転手のおじさんの存在があるからなのであって、彼らをキルして経済的にのし上がりたいなどとは、全く思えない。

むしろ、彼らとともに理路整然としたゲームをプレイしていたい

運転手のおじさんを低賃金で雇う社長、というより世の中すべての管理職の人々は、どうして気が狂わずにいられるのだろう? 私は大規模なマルチオンラインゲーム『Eve Online』というゲームで、いちど社長をやっていたことがあるが、気が狂ってしまったのでやめた。このあたりの話は次で書く。

プレイしたタイトル:『オーバーウォッチ』

『オーバーウォッチ』

「ディアブロ」シリーズや『ハースストーン』といった超人気ゲームを世に送り出した、世界的ゲーム会社・Blizzard Entertainmentが製作したFPSゲーム。個性豊かな30体以上のヒーローを操作し、6対6のチーム戦を行う対戦型アクションシューティングとなっている。全世界でのプレイヤー人数は4000万人とされ、e-Sportsとしてプロリーグ「OVERWATCH League」も行われるなど、多くのゲーマーを熱狂させている。公式HP:https://playoverwatch.com/ja-jp/

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