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  • 2024.01.15

イラストバブルが勃興した10年と、陰りを呼ぶ7つの理由

現在はモバイルゲームが流行し、キャラクターイラストを一般的に受け入れる層が大きく広がりました。これはゲームの仕事を受注していない作家にとっても大きな福音でした。なぜなら、世の中のイラストに対する解像度が大きく上がったからです。そういった背景もあり、イラストレーターは自身のファンを多く持つようになりました。

「〇〇の絵を描いた人」というだけではなく、「XXさんの絵が好き!」というように作風が評価されるようになっています。この状況は90年代からイラストシーンを見てきた私にとっては本当に衝撃的なことで、絵の技術についての解像度が劇的に高まっていることを感じます。

大陸系作家が牽引する、技術の高度化

イラスト市場が形成されクリエイターが増えてくると、その技術はどんどん洗練されていきます。若年層を中心に凄まじい速度で技術へのコミットが進み、今では信じられないほど絵が上手い若手が増えてきました。

特にSNSの普及で海外クリエイターの作品を目にする機会が増え、大陸系(中国、韓国など)の作家の画力に、日本人は大きな衝撃を受けます。向こうのクリエイターは美術教育が日本と比にならないほど苛烈で、美大受験の倍率も100倍を超えることもあります。

デッサンなどのアカデミックなスキルはイラストにも応用ができ、人物やライティングなどの表現では主に中国人クリエイターが世界をリードしています。

個展ブームの到来

イラストレーター個人の人気が高まると、作家の個展が増えていきます。これまでの個展というと、デジタルではないアナログ作家がメインでした。個展では絵画や手描きのイラストを販売し、基本的にはすべて一点ものとなります。

一方で最近のイラストレーターの個展はデジタルが主流なので、量産が可能です。作品を販売するときはエディション(限定数)を付けたり、作家のサインを入れたりして、希少性を出して差別化します。

個展はイラストレーターの営利活動としてだけではなく、作家同士やファンとのコミュニケーションとしても重要な場にもなっています。特にネットを中心に活動するクリエイターはリアルな場での出会いが少ないので、多くの作家は売り上げ以上にギャラリー展示という体験を重視しています。

コロナ禍に入り、コミケなどのイベントを休止していた期間もあったので、人と人とのつながりは貴重なものになっています。

これらのギャラリーは、2018年頃までは50平米程度の小規模なものが中心でした。一方で興行的な成功実績が出てくると、中規模以上の展示も増えていきました。

2019年11月千代田区の3331 Arts Chiyodaで開催されたイリヤ・クブシノブ『VIVID』、2021年12月渋谷のHzにて開催されたMika Pikazo『REVENGE POP』、2023年3月PARCO MUSEUM TOKYOで開催された米山舞『EYE』など。若手クリエイターでも、中〜大規模なギャラリーでの実施が進みます。

ネット発アーティストとイラストのきってもきれない関係

さらにイラスト市場を過熱させているものに、アーティストやタレントとのコラボレーションがあります。

今はVTuberや歌い手などに象徴されるように、ネット発のタレントの場合、ほとんどがイラストを起用しています。特にVTuberは基本的に中の人は顔出しをしていないので、本人のモデルはもちろん、広告や楽曲のMVについてもイラストでの表現になります。

音楽アーティストについても同様で、今の時代は顔出ししないクリエイターが増えてきています。今注目をされているアーティストの一人であるAdoが顔出ししていないので、この路線はまだまだ続くと思われます。他にも米津玄師YOASOBIら、顔を出して活動していてもビジュアルにイラストを採用するアーティストは数多くいます。

今や日本のアーティストは海外でも人気となり、Ado、米津玄師、YOASOBIに関してはYouTubeの再生回数で1億回を超えることは珍しくありません。2023年4月に公開したYOASOBIの楽曲「アイドル」は現時点でYouTubeの再生数が4億回ほどあり、これは近しい時期に発表された世界的なアーティストであるテイラー・スウィフトやエド・シーラン、ビヨンセなどを凌駕する凄まじい記録です。「アイドル」は2023年末のNHK紅白歌合戦でも大きな話題となりました。

YOASOBI「アイドル」

「アイドル」のユニークな点は、アニメのMVであることです。ちなみにYOASOBIは、アニメ『BEASTARS』の主題歌として2021年1月に発表した「怪物」のアニメMVですでに再生数3.2億回を記録しており、成功例を重ねています。

YOASOBI「怪物」

同じネット発のクリエイターとして、2018年2月発表の米津玄師の「Lemon」のMVも8.4億回再生していますが、これはアニメやイラストではなく実写です。米津玄師はVOCALOID出身ということもあり、かつてはイラストメインで活動していました。一方でメジャーになってからは本人の顔出しへシフトしていきした(ボカロPとしては「砂の惑星」でアニメMVも公開しています)。

イラストやアニメを起用するとターゲットが限定されることもあるので、大きな市場で戦うには合理的な判断と言えるでしょう。しかしイラストをメインに使ったAdoの『唱』MVが2023年9月公開、つまり3ヶ月ほどですでに再生数1億回を突破しています。

【Ado】 唱

今は日本に限らず、ネットを中心に活動をしている若きクリエイターは、少なくない割合でビジュアルにイラストを採用しています。この傾向はさらに増加すると考えています。

映画市場における、アニメ映画の存在感

映画市場でも大きな変化が起きています。2023年は邦画の大豊作の年となり、上位3作品が全て100億円超という異例の年でした。

THE FIRST SLAM DUNK』(157億円)、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(140.2億円)、『名探偵コナン 黒鉄の魚影』(138.3億円)という3本です。

特筆すべきは、これらはすべてアニメ作品だということです。近年は特にヒット作にアニメーションが増えており、歴代興行収入においても邦画の実写は圏外に追いやられつつあります。

2000年の日本での国産作品の興行収入ランキングでは、1位の『劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王/ピチュウとピカチュウ』はじめ、『名探偵コナン 瞳の中の暗殺者』や『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル』など、アニメ作品はすでに10位中で5作品でした。ただ、この時点では2位が『ホワイトアウト』で、実写作品も上位に当たり前のようにランクインしています。

この割合はしばらく続き、2010年では上位10作品中アニメが4作品でした。この時の1位は『借りぐらしのアリエッティ』で、興行収入は92億円でした。これは2000年の『ホワイトアウト』の42億円を大きく超える数字でした。

2010年以降は実写作品とは言っても『進撃の巨人』、『るろうに剣心』、『東京リベンジャーズ』といった漫画原作の実写化が上位を占めるようになっていきます。3D映画にはなりますが、前述した通り2023年には『スーパーマリオブラザーズ』のヒットもあり、日本発のカルチャーが世界を席巻していってます。

メジャーなシーンで、アニメといったイラストとシナジーのある表現が採用されることで、多くの人たちに絵を見るリテラシーが植え付けられます。このように市場の環境が形成されていく段階で、イラストがより多くの人に受け入れられるようになっていくのです。

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ブームから一転、令和に訪れたイラスト市場の危機