Interview

Series

  • 2020.04.27

究極の「自由」とは何か? 『進撃の巨人』とエレンの運命

それはキリスト教でいうところの悪魔・堕天使のルシファーです。

以前『HUNTERXHUNTER』の記事を読んでいただいたことのある方には説明が重複してしまうのですが、悪魔とは悪いことをする者……という単純な意味ではありません。既存の価値観を揺さぶり、教唆する者です。

代表的なエピソードとしては、やはりキリスト教における「楽園追放」です。蛇(悪魔)に唆されたアダムとエヴァは、神に禁じられた果実、善悪の知識の実を口にし、エデンの園から追放されてしまう。

もうちょっとだけ詳しく話すと、知恵の実を食べると神と同じ善悪の知識が身につくのと、死んじゃうんですね。さらにその状態で生命の実を食べると永遠の命を得て、神と同じ存在になってしまう。だから寿命とか労働とかのおまけつきで、地上に追放されちゃったわけですね(このあたりは解釈が無限に存在するので、興味のある方は調べてみて下さい)。

……で、話を『進撃の巨人』に戻すと、まあどう考えてもエレン達の育ったパラディ島って楽園のことなんですよね。語源はそのままパラダイスからでしょう。

禁断の果実は「魅力的だが知ってはいけないこと」「知ってしまっては後戻りできないこと」等のメタファーとしてよく利用されます。作中で一番わかりやすいのは壁の外の真実でしょうか。

壁の外の真実.jpg

(進撃の巨人21巻85話より)

エレンのモチーフをルシファーだと言いましたが、ルシファーとは元々神に愛された天使の一人です。元々自由を求める気質ではありましたが、このあたりから(厳密にはヒストリアと接触してから)本格的に“ルシファーっぽく”なっていきます。

ルシファーとしてのエレン.jpg

(進撃の巨人27巻110話。ラテン語で“明けの明星”、“光をもたらす者”という意味のルシファー)

唆す者、エレン.jpg

(進撃の巨人30巻121話、唆す者)

「運命を受け入れる」とはどういうことか

……で、ここからがこの作品の凄まじいところなんですが、この『進撃の巨人』という物語を普通に読み解くと「故郷や母親を巨人に踏み躙られたエレンの復讐劇」で、それ自体はまぁ間違ってないんです。

ただ、それはもはや動機ではなくなっているんです。

なぜならエレンは、母親や故郷の街を失ったこと、また壁の外側を知るまでに数々の仲間を失ったことを、運命を、完全に受け入れているからです。

それがどういう意味か詳しくは以前一度書いたことがあるのですが、

少し乱暴に要約すると、悪だと思っていた相手も自分たちのことを悪だと思っていたり、自分たちと同じ人間であったり、エレンは“敵”にも仕方のない事情があったことを知ってしまいました。

エレンが、エレンの大切な全てを奪ったライナーを許すということ。そしてその上で、敵を駆逐するまで進み続けることを選んだということ。なぜそれを選んだのか?

この世に生まれてきてしまったから」。『進撃の巨人』の、メインテーマです。

度々描かれる幼少期の殺人.jpg

(進撃の巨人30巻121話より)

生まれた時からこうだった、というのは、本人の意志の介在の余地がなく、運命的に自由を求める存在だった、という意味です。

それがなくては彼ではないもの。彼を形作ったもの。根幹にある行動原理。これを、実存と呼びます。

エレンにとって自由とは、実存なんですね。

……話を冒頭に戻します。このような過程で“自由”になったエレンはとんでもない決断をします。

大量虐殺です。

始祖の巨人の力を手にしたエレン.jpg

(進撃の巨人31巻123話より)

ヒトラーはユダヤ人を虐殺しましたが、エレンはユミルの民以外の全てを殺そうとしています。

というかあまり口にしたくないのですが……悪魔だと迫害されたユミルの民のモデルがユダヤ人だとするとこれは……。

……もちろん、今後最大のポイントになるであろうエレンの呟いた「あの景色」が謎のままなので物語がどう転ぶかは分かりません。

あの景色.jpg

(進撃の巨人30巻121話より、エレンを大量殺戮へと導いたであろう「あの景色」の謎)

少なくとも現時点で言えるのは、エレンは自由になりたいという過程で生まれてしまった悪である、ということです。

……で、先に言っておきます。ここからは話半分にというか、信者の考察という名の妄想とでも思って読んで下さい。

※この記事は期間限定でプレミアムユーザー以外にも開放されています。

NEXT PAGE

『進撃の巨人』という新しい神話