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  • 2022.08.07

日本語ラップとジャパレゲ、数十年に及ぶ知られざる“共闘“史

AK-69にTERRY THE AKI-06……受け継がれるレゲエの魂

日本語ラップ界において不動の地位を築いたAK-69。そんな彼が、実は活動初期はレゲエDJとユニットを組んでいたことをご存知だろうか? それがB-NINJAH&AK-69

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Via Last.fm

個性が強すぎる2人だったためB-NINJAH&AK-69としての活動は短命に終わったが、いつかまた、あの2人でMICを握っている姿が見れたらな、と思う。

『DA REAL THING』。B-NINJAH&AK-69として彼らが出したアルバムには前年にジャマイカのレゲエアーティスト・SIZZLAが出した名作アルバムと同名タイトルがつけられていた。レゲエのリズムでラップしているAK-69もまた見てみたい。

名古屋も古くからレゲエとヒップホップが密にリンクしている街で、たとえばB-NINJAHが当時所属していた『GUIDING STAR』のセレクター・TRIGGERは、80年代末はマイクを握っていてTWIGY、刃頭らとともに伝説のBEAT KICKSの一員だったことも。

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TERRY THE AKI-06 Via 徳間ジャパン

2000年代といえばTERRY THE AKI-06の存在は外せないだろう。もとはレゲエのセレクター・テリーマンとしてストリートに足を踏み入れた彼であったが、ヒップホップに転向したのちもレゲエシーンとは密な関係を保ち続け、ジャンルを超えた“裏庭のカリスマ”として大阪ストリートシーンに君臨する。

数多くの名曲を世に放つが、2007年8月5日、日本最大級のレゲエフェス『ハイエストマウンテン』が開催された翌日にこの世を去る……。

享年34歳。あまりにも突然すぎる死が大阪という街に与えた影響は大きく、死後数々の追悼曲もリリースされる。

今年で、亡くなってからちょうど15年。気づけば筆者は、テリーマンの年齢を追い越してしまった。

TERRY THE AKI-06 「正念場」

2010年代、暗いムードを払拭した名曲

00年代を彩った爆発的な第3次レゲエブームは終焉を迎え、ヒップホップシーンも今に至る火付け役の一つである『高校生RAP選手権』が始まる以前。両ジャンルともかつての勢いを完全に失っていた10年代初頭。

※​​レゲエの場合、ジャマイカの国民性に起因するゲイバッシングが世界各国で非難を浴びた、というのも一因としてあるのだが、これについては次回詳しく触れることとする

日本をあの悪夢の東日本大震災が襲い、もともと暗かった業界内の雰囲気は輪をかけるように暗くなっていった。

そんな鬱々とした2011年のムードの中で、一気に空気を変えてくれたのが『Gyal Is Everything』である。

【MV】TRIGA FINGA Gyal Is Everything Remix feat DJ TY-KOH, Y's, TOP

もともと埼玉のレゲエDeeJay・親指HEAD a.k.a.TRIGA FINGAがピンで歌っていた曲にDJ TY KOHが参加し、新進気鋭のラッパーY’sTOPを絡ませたこの曲はレゲエ・ヒップホップ両方のシーンでバズを起こした。

ラッパーもレゲエDJもこぞってこのトラックを使い、YouTubeに各々のRemixを上げていたのが懐かしく思い出される。

人間の感覚的に10年ぐらい前のものが一番古臭く感じるので「今のBAD HOP舐達麻を聴いてるような若いヘッズがこれを聴いてどう思うのか」ということは思うが、リアルタイムだった人間としてはあの重苦しい空気に包まれた2011年の夏に一筋の光明を与えてくれたような、そんな思い出の楽曲である。心からありがとうと言いたい。

女がいなけりゃ服も着ない 女がそうすべてさ

こんなひょうきんなリリックにあの頃あんなに励まされるとは思わなかった。

日本で一番レゲエが盛んな街に、SHINGO★西成あり

翌2012年はSHINGO★西成が『大阪UP』でバズを起こした年である。

SHINGO★西成 / 大阪UP

YouTubeには全国各地のラッパーが各々の地元を“UP”するRemix曲をこぞって投稿し、これをもって“西成のフッドスター”は“全国区のスター”へと駒を進める

大阪は日本で一番レゲエが盛んなエリア」と言われてるが、もちろんSHINGO★西成もその影響を120%受けており、昔のインタビューでは“初めて行ったクラブがセントアンズ、初めてラッパーとしてライブしたのがラブリッシュ”(ともに大阪の伝説的なレゲエクラブの名前)と言っているぐらい。筋金入りだ。

それは『大阪UP』のMVに大阪のレゲエ・ヒップホップ関係者が「これでもか」というぐらい出演していることからもわかるだろう。

昔から“レゲエも好き!”というラッパーは多いが、実際に音楽スタイルとしてそれを取り入れるとどっちつかずのフラフラしたものになってしまうこともままある。しかし、SHINGO★西成ぐらい突き抜けていると見ていて非常に気持ちがいい。「ブレないまるでSHINGO★西成」!

俺は、育ちはレゲエなんすよ。で、表現がヒップホップ。これって一歩間違えたらどっちつかずになってまう。でも俺の根本はレゲエっすもん。7インチも1300枚ぐらいは持ってるし、『ナッティ・ジャマイカ』なんか録音テープ100本ぐらいあるっすよ。クラブの楽しさ教えてもらったのもレゲエっす『Rove』vol.31 シンゴ★西成インタビューより

J-REXXXと紅桜。レゲエとヒップホップが手を組んだThe タイマンチーズ

The タイマンチーズもこの頃活動を開始している。

J-REXXXと紅桜は同じ高校の同級生。J-REXXXの上京などで空白期間はあったものの、彼の楽曲『MY TOWN』に紅桜が客演したのをきっかけにユニットを結成。フルアルバムまでリリースすることに。

J-REXXX / MY TOWN feat.紅桜

当初こそ企画もののユニットのように思えたが、“レゲエ”などまったく知らないような若いヘッズがタイマンチーズの曲で『BOOM BYE BYE』というワードを知っていたりするのを見ると改めて影響力の大きさを感じる。

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