「何もかも犠牲にしてもいい。そんぐらいハマったんですよラップに」
2019.08.31
不良だったREAL-Tが人知れず音楽活動を始め、いよいよ最初の音源を公開したのは2019年のこと。
大阪を拠点にした映像チームとして広く名前の知られるDex Filmzから公開された『REAL業界』MVは、静かに、ただ確実に反響を呼んだ。
《今里新地が育ち、寒そうな奴は俺の友達》
実は、この『REAL業界』リリースにもJin Doggが関わっている。
「拓也から『ラップ始めたんですよー』言われて。でも最初は『できんの?』みたいに思ったんですよ。ほんまにそういう子じゃなかったんで」(Jin Dogg)
「大体、やるって言うて途中で腰折るやつらばっかですからね」(REAL-T)
「『(曲を)送っていいですか』って言うから、『送っていいけどかっこよくなったら全然返事しやんけどいい?』くらいの感じで」(Jin Dogg)
REAL-Tは、すでにかなりの数を録りためていた楽曲を、Jin Doggに聴いてもらった。
その中の一曲、Jin Doggが「この歌カッコええやん」と反応したのが『REAL業界』だった。
「Takaともやりとりしとって、『拓也くん、絶対これから出した方がいいっすよ』って言われてて」(REAL-T)
「自分の仲間が一番好きな曲やったんで」。REAL-Tは『REAL業界』を最初の曲に選んだ。
折しも、舐達麻にRYKEY、ジャパニーズマゲニーズ、KENNY-G、漢 a.k.a. GAMIに阿修羅MIC……ニューカマーにベテランまで、これまでとは異なる規模で、厳ついヒップホップが存在感を増していった2019年だった。
2chや5chといった日本の巨大掲示板のHIPHOP板でも、「半グレラップ」なるスレッドが目に見えて勢いを伸ばしていた。アンダーグラウンドで蠢く、新たな潮流。
《帰ってきました業界に》というリリックの通り、『REAL業界』は、REAL-Tが留置場の中で書いた曲だった。
リリース前から手応えを感じていたREAL-Tは、当時から「いける気しかしやんかった」とうそぶくが、その目は冗談ではない。
がはははと笑うJin Doggも「根拠ない自信は大事やね」と同意する。
「ずっと言ってたすよね、Jake君に。『僕はいくっすよ』って」(REAL-T)
「言うとったなあ。そん時は『頑張れよ、来たときはよろしくー』くらいに言うてたのが、ほんまにこうなって。何やったら僕より有名になるんじゃないかって思ってる。それは今でも」(Jin Dogg)
当時のそれぞれの心境を推し量ることはできない。しかし、『REAL業界』の反響、その後のREAL-Tの成り上がりについて語る時、筆者の目には、本人よりもJin Doggの方が嬉しそうに見えた。
「そりゃあ嬉しかったすよ。僕、誰かになにか教えるとか全然できないし、ああせいこうせいってやったら意味ないと思うんですよね。自分であがってくことに意味がある。(REAL-Tは)それをやってくれたのがすごい嬉しかった」(Jin Dogg)
生野区にはもう一人、ストリートシーンのキーマンが存在する。ラッパーの阿修羅MICが愛用していることでも知られるストリートブランド「JOEMONTANA OGSH9」を立ち上げたTOUKIだ。
TOUKIも、Jin DoggやREAL-Tの盟友でもある。
「少年院から出てきたTOUKIを紹介されてから仲間なんですけど、彼もある時急に『Jake君、僕服やるんですよ!』言うてきて、僕はそんときも同じように『できんの!?』って驚いた(笑)」(Jin Dogg)
志を同じくした友人や先輩も、その時にはほぼ辞めていた。
「『辞めるやつらばっかりで、結局俺しかおらんやん』って当時思ってたんですよね」と言うJin Doggは、少し寂しそうに見えた。
だからこそ、地元の仲間が活躍する姿は、余計にまぶしく映った。
不良だったTOUKIが「JOEMONTANA OGSH9」を立ち上げたのは2018年、REAL-Tが『REAL業界』を世に送り出したのは2019年のことだった。
「やっと生野区で、自分たちでやる子らが出てきた。僕もすごい迷ってるとこもあったけど、ちょうどその頃からちょっとずつ名前が上がってきとったんで頑張ってみようって。そうなってなかったら、多分僕も(音楽)やめてたと思う」(Jin Dogg)
嬉しかった。Jin Doggは何度もそう口にした。
パワフルな彼の音楽は、ヒップホップという枠に収まりきらない。その異質な存在感ゆえに、カテゴライズし辛く、わかりやすく受け入れられたりはしてこなかった。
EPやミックステープをリリースし、全国でのライブ活動など、精力的に活動を続けてきたJin Doggが、初のアルバムとして『SAD JAKE』『MAD JAKE』を同時リリースしたのが2019年12月のこと。
感情をそのまま形にした血みどろの曲たちは、リスナーの脳天をぶん殴った。
いよいよこれからという時に、頼もしい後輩がついてきてくれた。そんな感覚だろうか、と問いかけると、Jin Doggはキッパリ否定した。
「ついてきてくれてるわけじゃないです。彼らは彼らで、自分らのことをやってる。僕は僕のことをやってる。そうであってほしい」(Jin Dogg)
「間違いないですね」とREAL-Tも静かに頷く。
「けど、俺がなんか困った時とか、生野区でなんかやりたいという時は、みんなでやりたい。拓也がやりたいって言えば僕ももちろん協力するし、TOUKIにも協力するし」(Jin Dogg)
取材の一週間前には、REAL-Tの初ワンマンライブが大阪CLUB JOULEで行われたばかり。もちろんJin Doggも駆け付け、後輩の晴れ舞台に華を添えた。700人の箱はパンパンになっていたという。
「感動があったっすね」とREAL-Tも感慨深げに振り返った。
REAL-TがJin Doggの地元の後輩に当たることはもちろんわかっていたが、それほど長い知己だとは予想していなかった。
『街風』は、ある意味で必然的に生まれた楽曲だったとも言える。
「あの歌は、ほんまに昔から繋がりある地元の仲間とやりたかったんですよ。自分の街の歌やったら、今旬な地元のアーティストって考えた時、拓也しかいない」(Jin Dogg)
はじめから、生野区のことを歌おうと思ったわけではない。
ビートを聴いて、自分の中の記憶や感情がリリックとして形を結ぶというのがJin Doggの制作スタイルだ。
ビートを聴いて、Jin Doggのverseができてから、REAL-Tに声をかけた。「イントロが《こちら大阪 生野区 朝鮮人部落》。そやったらもう彼しかおらん」。
「始めたての時からずっと『一緒に曲やりましょう』って言ってたんですよ。Jake君は『カッコいいと思ったらやったるわ』って」(REAL-T)
「そう。で、カッコいいと思ったんで誘いました」(Jin Dogg)
REAL-Tからすれば、待望のJin Doggとの共作だ。「嬉しかったし、カマすしかない」。
「(REAL-Tは)ちょっと有名になってたから、ほんまにやってくれるんかなって不安もありました。『いや今きついっすね』とか言われたらどうしようみたいな(笑)。ソワソワしながら『やれへん?』って連絡したら引き受けてくれて」(Jin Dogg)
「もちろんやるっすよ(笑)」。REAL-Tもリリックを書いて、Jin Doggが毎日入っているスタジオにお互いのverseを持ち寄ってRECした。
ただ、リリースのタイミングは予定通りにはいかなかった。
「ちょっとワケありで、こっちにガラがないときやったんですよね。帰ってきてからのタイミングで録った。それで、曲つくりこんでる時に、案の定持ってかれたっすね」(REAL-T)
2020年9月、REAL-Tは生命身体加害略取、逮捕監禁、傷害の疑いで逮捕されている。この事件はマスメディアでも大きく報道されることとなった。
時を同じくしてJin Doggも「色々あってバタバタしてた」ため、リリースを遅らせることに。
2ヶ月後、保釈されたREAL-Tを迎え、『街風』は無事に配信リリースされた。翌2021年にはフィジカルでのリリース、MVの公開。
MVの撮影にあたっては、2人の友達である生野区の仲間たちが惜しみなく協力してくれた。舞台はもちろん、全て生野区だ。
その後の反響は周知の通りで、2021年8月現在、MVの再生回数は260万回を超えている。「ビックリしました」とJin Doggはその反響を謙虚に受け止める。
「調子良いっすよね」とREAL-Tも手応えを感じているようで、Jin Doggの方を見ながら「この方のおかげです」とリスペクトを口にする。面と向かって言われた当の本人は「いやいやいや」と照れ臭そうだ。
客演での活躍も目覚ましいJin Doggだが、自身の名義でのMVとしてはこれまでで一番伸びたという。
海外でも好評で、コメント欄には世界中からの書き込みがある。「時代にハマったんすかね」とREAL-T。
「しかも、地元のヤツと歌ってる、ゴリゴリに地元の歌。それが伸びてることが嬉しい。地元帰ったら、みんなが『街風は俺たちの歌や』って言ってくれる。すごい、なんか、泣きそうになるっすね……(笑)」(Jin Dogg)
大阪は生野区から、『街風』が世界に吹いた。
それは、生野区で活動を続けてきたJin Doggが、遅れて合流したREAL-Tという仲間を迎えたことで世に放たれた、すべてが噛み合った曲だった。
しかし、この曲を知ろうとするには、Jin DoggとREAL-Tという2人のラッパーについて言葉を尽くす、だけでは足りない。
そこには、日本有数のコリアタウンと言われ、現在でも外国人が占める割合が日本の最多である生野区という街の場所性が強く刻まれているからだ。
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