月ノ美兎のような鬼才は二度と生まれない? VTuber業界のジレンマと、新時代の可能性
2025.06.14
歌愛ユキが歌った「ざぁこ」が、主に海外リスナーから批判を集めた件。単なる炎上と片づけてしまうことは容易だが、連綿と続くボカロの足跡を踏まえることで、見えないものが見えてくる。ボカロ文化を俯瞰しつつ、評論同人誌「ボーカロイド文化の現在地」を発行するhighland氏の寄稿。
クリエイター
この記事の制作者たち
2025年2月9日、ボカロP・柊マグネタイトさんが公開した新曲「ざぁこ」が国内外で大論争を巻き起こした。MVの映像を担当したのはCAST(channel)さんで、ボーカルはVOCALOIDの歌愛ユキだった。
この度は新曲「ざぁこ」を見ていただき、また多数のご意見をいただき誠にありがとうございます。
本楽曲ではVOCALOIDの歌愛ユキを起用した内容としては、歌詞・描写に不適切な表現が含まれているとのご指摘を受け、様々なご意見を頂戴しました。…
— 柊マグネタイト (@hiiragi_magne) February 9, 2025
曲のテーマとしては、制服姿の女の子が(おそらく思い人の相手を)「ざこ(雑魚)」とからかい続けるものであり、「変態」と呼ぶ罵倒が印象的に入る挑発的な楽曲だった。加えて、映像にも若干の性的な含意をにじませるようなシーンが登場した。
これに対して英語圏のボカロリスナーからは「小学生ボーカルに性的な曲を歌わせるのは児童ポルノだ」という強い反発が出た。キャラクターとしての歌愛ユキの年齢設定は9歳であり、ソフトとしては実際の小学生の声をもとに作られていた。
一方で作者サイドのCAST(channel)さんは、この曲は『からかい上手の高木さん』『イジらないで、長瀞さん』のような「いたずら好きな女の子」のラブコメ漫画のテイストを意識しており、小児性愛は絶対に意図していないと説明していた(※)。柊マグネタイトさんもXで「歌詞・描写に不適切な表現があるとの指摘を受けた」と謝罪し、MVを非公開のうえ再制作すると表明した。実際、同氏は2月9日公開のオリジナル版を同日中に公開停止とし、3月10日にリメイク版となる『雑魚』を公開した。
※該当の説明はXのポストで行われたが、現在は閲覧不可能となっている
「テトリス」を手がけた柊マグネタイトさんと「メズマライザー」のMVを手がけたCAST(channel)さんという、現在のボカロシーンのトップクリエイターがコラボした楽曲だったこともあり、本件は大きな騒動に発展。海外のリスナーを中心に、YouTube、TikTok、X、Redditなどで論争を呼んだ。例えば「ざぁこ」を批判するとあるTikTok動画は、4万近くのいいねを得ている。
@bocchithemiku Replying to @scarlett #venomvoice sorry if I look like I’m milking this topic, hopefully this is my last video on it #fyp #fyppp #fypppppppppppppp #kaaiyuki #zako #reply #vocaloid #channelcaststation #hiigarimagnetite ♬ 優雅でやさしい、ボッケリーニのメヌエット - こおろぎ
本稿の目的は「ざぁこ」を炎上事例としてあげつらうことではなく、「ざぁこ」を入口としてその深部に迫り、ボカロにおける表現と倫理の問題を整理することだ。自由で、刺激的で、ときに毒々しさをも内包するボカロ文化。そんな場所で生まれた過激な表現を代表的な楽曲とともに振り返り、クリエイターやリスナーに新たな視点をもたらすことを目指していく。
目次
- 「ざぁこ」が海外リスナーから批判された理由──異文化との衝突と言語の壁
- 「ざぁこ」が踏み抜いた地雷は、ボカロジャンルそのものと無関係ではない
- 毒気と悪ノリが育んだボカロ文化
- “ネットのストリート”で愛され生まれた過激表現
- 境界を越えるボカロ──インディーからメジャー、グローバルへ
- 表現はどこへ向かうのか──クリエイターと視聴者に求められる想像力
まず、「ざぁこ」の件で指摘しておかないといけないのは、本件が欧米と日本の文化の違いで起こってしまった面が大きいということだ。この側面について指摘している海外リスナーもいる。
前述の『からかい上手の高木さん』や『イジらないで、長瀞さん』といった作品はアニメ化もしており、「小悪魔系ヒロインが同年代の男子をいじり倒す=青春ラブコメ」といった構図で、日本で人気を獲得しているジャンルと言える。これらの作品をもとにしている「ざぁこ」も“軽い口撃で好意を匂わせる”ようなトーンを意図していたのかもしれない。
ところが欧米圏では、18歳未満に性的ニュアンスを付与する描写は「児童性的虐待コンテンツ(CSAM)」に当たるとして厳格に否定される。つまり、国内でポップカルチャーに親しむ層には一定程度受け入れられている「青春ラブコメ」というジャンルが、欧米圏でも同程度に受け入れられるとは限らない。また、日本の“からかい系”文脈を参照しない限り、本曲が一面的な「未成年から大人への性的挑発」=「児童搾取」として受け止められる可能性は高い。そうしたジャンルや文脈への距離感や理解度という観点から言えば、ミニスカートでのダンスや挑発的なポーズなども、「許容できるライン」かどうかは欧米圏と日本とで異なっているだろう。
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