最後の砦としての“MCバトル”に起こっている変化 ハハノシキュウ「U-22 MCBATTLE」レポート
2022.12.02
日本武道館で2022年8月31日に行われた、日本史上初となる優勝賞金1000万円をかけたMCバトル大会「BATTLE SUMMIT」。
ラッパー・ハハノシキュウによるレポートを前後編で公開。
クリエイター
この記事の制作者たち
これはヒストリー
決して椅子取りゲームじゃないから
見ようぜ一緒にULTIMATE MC BATTLE GRAND CHAMPION SHIP 2005 決勝戦 カルデラビスタ(vs 漢 a.k.a.GAMI)
「ZEEBRAがバトルに出るらしい」
今から13年前、そんな噂を聞きつけて僕が向かった先は代々木公園だった。
『B-BOY PARK 2009』で、「3 ON 3 PROFESSIONAL MC BATTLE」という催しが行われるとのことだった。
この頃のB-BOY PARKはお世辞にも盛り上がっているとは言えなかった。その気になれば前列の方に行って間近でステージを見られる程度の混み具合だった。
とは言えバトル自体は非常に面白かったのを覚えている。
特に“KEN THE 390 vs UZI”というカードが大きな盛り上がりを見せ、ZEEBRAに対する期待感が高まっていた。
サイプレス上野の進行で試合は進み、妄走族のMASARUの相手として満を持してZEEBRAが登壇した。
13年前の薄らとした記憶だが、おそらく誰もが伝説を目に焼き付けて帰るつもりだったと思う。
「俺がZEEBRA」
とマイクを通したシマウマの声が代々木公園に響いた瞬間、大きな歓声が上がった。声の色気と声量だけで観客はロックされていた。
ZEEBRAがタイトに韻を踏む度に歓声が上がっていたが、こちら側の期待値が高すぎたのか次第に声が小さくなる。現場にいた人間のほとんどが2006年にFORKの押韻を体験してしまっているのもあって、物足りなく感じてしまったのだと思う。
MASARUに勝利したZEEBRAは、その次のダースレイダー戦であっさりと負けてしまう。
帰り道、頭の中を占めていたのは「とにかくUZIがヤバかった」という感想だけだった。
それから3年後に「高校生ラップ選手権」、6年後に「フリースタイルダンジョン」が始まるとも知らずに「ZEEBRAのフリースタイル微妙だったな」なんて辛口を友人に垂れ流しながら帰った気がする。
「最近のバトルヘッズは失礼だ。なんもわかってねぇ」なんてよく言われるが、当時の僕もまた「なんもわかってねぇ奴」の中の一人だった。あの頃の僕は若かった。それに今よりも性格が悪かった。
あれから13年経った。
「Zeebraがバトルに出るらしい」
SNSのタイムラインはそんな話題で持ちきりになっていた。
目次
- 2009年の話「ZEEBRAがバトルに出るらしい」
- 何が起こるかわからない「BATTLE SUMMIT」開幕
- 1回戦 第1試合 ベル vs RYKEY DADDY DIRTY
- 1回戦 第2試合 JUMBO MAATCH vs CORN HEAD
- 1回戦 第3試合 がーどまん vs MU-TON
- 1回戦 第4試合 MOL53 vs CHEHON
- 1回戦 第5試合 呂布カルマ vs 孫GONG
- 1回戦 第6試合 Authority vs 釈迦坊主
- 1回戦 第7試合 ID vs SIMON JAP
- 1回戦 第8試合 DOTAMA vs 梵頭
- 1回戦 第9試合 晋平太 vs CHICO CARLITO
- 1回戦 第10試合 Zeebra vs 漢 a.k.a.GAMI
若年性白内障の手術を終えて2週間になる。
右目に単焦点レンズという人工のレンズを入れた影響で焦点を合わせるのが難しい時がある。
平たく言うと老眼みたいな感じで、スマホを見る時とかは画面を離したり近づけたりしないと焦点が合わなかったりする。元々、近視が進んでいたのもあり、術後の方が視力自体は良くなっていて一概に悪いとも言えない。
今回、「BATTLE SUMMIT」のイベントレポートという大仕事を任されたわけだけど、最初にあったのは「どこに焦点を合わせたらいいのかわからない」という感覚だった。
その理由は二つある。
一つ目は6大会のオーガナイザーによる共同開催という点だ。
仮にメンツが同じだとしても大会によって色が異なるため、同じ試合展開や判定にはならないからだ。
二つ目は出演者のバリエーションだ。
これはあくまでプレイヤー目線だけど、基本的に全員知り合いなのが当たり前になっていた昨今のバトルとは異なり、BATTLE SUMMITにはアーティストとして他のプレイヤーとは遠い場所に見える人が出ていたりするからだ。その遠近感のせいで焦点がボヤけるのだ。
どれくらいボヤけるかというと、このレポートを書くにあたっての出演者の呼称で、敬称略の方が自然な時と、敬称有りの方が自然な時とが、ぐちゃぐちゃに混ざってしまうくらいだ。
ストライクとボールの境界線が見えづらいとでも言えばいいのだろうか。会場が大きくなればなるほどその判断が難しくなる。
それでも、各大会によって今まで積み上げてきたバトルの最適解のようなものが存在する。「KOK」ならハードボイルドな生き様が肯定されやすいし、「戦極」ならインドアでオタク的なパフォーマンスでも受け入れてもらえる。
賽の河原じゃないが、大会の色を獲得するのは非常に根気の要る作業だと僕は思う。その理由の一つとして、常に新規のお客さんが入り続けているという点がある。毎年、一年生の担任教師を務めるようなもので、入学式の度に伝えたいことがリセットされてしまうのだ。
おそらくBATTLE SUMMITが初めてのバトル観戦になったお客さんも多かっただろう。
だからなおさら、何に焦点を当てて盛り上がるべきなのか手探りになっていたような気がする。
そういう意味でこのBATTLE SUMMITは何が起こるかわからない空気感に包まれていた。
情報の開示も非常に少なく、トーナメント表の有無すらわからない状況だった。
そういうイベントにとって一番大事なのは、1回戦の第1試合から徐々に会場全体でストライクゾーンを見定めていくことにあると僕は思う。
MCバトルの判定の基準は様々だ。
どちらの方がHIPHOPか、韻を踏んでいるか、ビートに乗っているか、筋が通っているか、アンサーを返しているか、ライフスタイルがイケているか、十人十色の判断基準がある。
でも、スポーツのようにかっちりと審査基準が決められていないところがMCバトルの魅力だと僕は思う。
そして、バトルイベントにおける最大の魅力は、その判断基準を1試合目から観客全員で少しずつ決めていくことにある。
通常のバトルイベントなら、両者ともMCバトルのルールや文法に慣れていて、観客側もその様式美に乗っかる形で大会がスタートすることが多い。
ところが、このBATTLE SUMMITにおいて初戦を担ったのはベルくんとRYKEY DADDY DIRTYだった。(出演者の呼称で、敬称略の方が自然な時と敬称有りの方が自然な時とが、ぐちゃぐちゃに混ざってしまう)
ここ最近のベルくんは調子が良く、「Dis4U」ではリザーバーとして参加して準優勝という好成績を残している。ベルくんのラップそのものが以前より上手くなっているのもあるが、バトルの正攻法というか盛り上げどころ、落としどころへの理解度が上がっているのが要因だと思う。
それがBATTLE SUMMITの初戦においてどういう意味合いを持ってくるのか。これが大事だと僕は思っていた。
バトルの正攻法を守ったベルくんが会場を掴んだ場合は、焦点を“いつもの”MCバトルイベントに合わせて観戦すればいい。
しかし、RYKEY DADDY DIRTYがそんなセオリーを守るなんておそらく誰も思っていない。
むしろ“いつもの”MCバトルじゃないものを観にきてるという感覚が強かったと思う。そんな期待感がRYKEY DADDY DIRTYに向けられていた。
DJのYANATAKEさんが1試合目のバトルビートを流す。
ICE BAHNの「LEGACY」だった。
認知度の高い定番ビートであるため、1試合目からこれがくるのは、居酒屋で1杯目にとりあえずビールを頼むような安心感があった。
ジャンケンに勝って先攻をとったベルくんの声でBATTLE SUMMITは始まった。
「(捕まってから)1年経って立ってる武道館」と自身の光と影を対比した表現に会場が湧く。
「なんでボディーガードつけてんすか?」という一言でベルくんのバースが終わる。
RYKEY DADDY DIRTYの声は想像よりもずっと重く、ずっしりと耳の奥に居座ってくるような感覚があった。
「俺がボディガードをつけてる理由、それは俺が有名になり過ぎた」
「俺が懲役出てきて1年で、オリコンのチャート1位を獲ってさ」
完全にベルくんなど眼中にないといった様子だった。
2バースでベルくんが「俺は有名になってもボディガードはつけねぇ」とアンサーをする。
ここまでは堅実にアンサーを返し合っている“いつもの”MCバトルだったように思える。
しかしRYKEY DADDY DIRTYの2本目からはほとんど自己紹介のようなラインが増え、ベルくんをそもそも敵とすら見なしていないようなパフォーマンスで観客を盛り上げる。
はっきり言ってRYKEY DADDY DIRTYの声の色気だけで勝てるような雰囲気だった。何を言っているか全てが聴き取れなくても、ラップとしての格好良さだけでベルくんに大きな差をつけていたように思える。
ベルくんは最後までアンサーに徹して、会話としてのMCバトルを成立させようとしていたが、RYKEY DADDY DIRTYの態度はそんな様式美に興味すらないといった感じで、その姿勢の違いが判定に影響したように思える。
勝者はRYKEY DADDY DIRTYだった。
ここで注目したいのはバトルビートだ。
2試合目で「Street Dreams」が使われるとはおそらく誰も予想していなかったし、それはDJ側からのメッセージと受け止めた。
「俺たちもMCたちと同じくらい本気だ。今日は出し惜しみしないから覚悟しとけよ」と訴えているように聞こえた、と言えば大袈裟だろうか。
「レゲエ対決だからこそヒップホップのビートでやりたい」とレゲエDeeJayの2人が記者会見で声を揃えていたため、何かしらのクラシックビートがくるとは思ってはいたが、それがZEEBRAのビートだとはさすがに思わなかった。
しかし、この日の武道館の観客は他の誰よりも欲張りだった。もしかしたらこのイベントの数時間においては世界で一番貪欲だったんじゃないかってくらいに。
この試合において言えば、レゲエ同士ということもありバチバチにネタを仕込んでもいいから、もっと盛り上がりたい、熱狂したいという意識が観客側にあったかもしれない。
2人は記者会見での宣言通り、フリースタイル(即興)を意識した殴り合いを披露してくれた。それはそれでとても貴重な試合なのだが、この日の武道館の貪欲さははっきり言って異常だった。
まだまだこの程度じゃ満足できないという様子で先の試合を楽しみにしていた。
バトルビートは定番中の定番「紫煙」だった。
第1試合、第2試合とラップそのものの格好良さが支持されている傾向にあった。CORN HEADが2バース目でやったような音源よりのフロウがもっと散りばめられていたら、第2試合の結果も変わっていたかもしれない。
僕のいた2階席からだと、勝敗判定のために観客に配布されていたアリーナ席のサイリウムの光がほとんど完璧に俯瞰できる。
それは歓声そのものが光っているようなもので、焦点が合わせづらい僕はそれを指標にして試合を見ていた。
今のところ、その指標はMU-TONの方に向いているように感じた。
そんな指標を抜きにしても、個人的にがーどまんがMU-TONに勝つビジョンが見えなかったってのが正直なところだ。
実際に試合が始まって先攻のMU-TONは、甲子園で仙台育英が優勝したことに触れて、この大会も東北が勝つと宣言するという、お手本みたいな導入から会場を盛り上げていた。
その瞬間は確かにこの上ない滑り出しだと思っていた。
その瞬間までは。
2バースまでMU-TONが優勢で試合を運んでいたように見えたが、言語化しがたいモヤモヤが少しずつ広がっていく感覚があった。
3バース目でのMU-TONは「こいつの友達が那須川天心だったら、俺は平本蓮。こんなクソみてぇなラップする奴、見たことねぇだろ?」とMCバトルのセオリーのような脚韻で危なげなく8小節を蹴り切る。
後攻のがーどまんはしばしば言われている「YouTuberと一緒にされちゃ困る」というディスに対し、アンサーを返しながら着実に韻を踏んでいく。すると面白いくらいにサイリウムが上がって、観客が盛り上がる。
MU-TONが韻を踏みながら対話的なバトル展開をつくったことによって、がーどまんの「相手の言葉を拾って韻を踏んで返す」という正攻法が逆に“映えて”見えるようになっていたのだ。
僕が感じていた言語化できないモヤモヤの正体はそこにあった。この会場の何割かのお客さんはMU-TONの言語化できないフロウによるグルーヴを少なからず求めていたのだ。観光地に来たからには名物を堪能したいという意識に似ているかもしれない。
何度も言うが、今日の武道館はとにかく欲張りなのだ。
勝敗を決めたのはがーどまんのラスト2小節。
「今日は優勝すんぞ、那須川天心。YouTuberがいただくキングオブステージ」
MU-TONに言われたことを最善の形で集約したラインだった。
僅差の判定だったが、勝者はがーどまんだった。
続きを読むにはメンバーシップ登録が必要です
今すぐ10日間無料お試しを始めて記事の続きを読もう
800本以上のオリジナルコンテンツを読み放題
KAI-YOUすべてのサービスを広告なしで楽しめる
KAI-YOU Discordコミュニティへの参加
メンバー限定オンラインイベントや先行特典も
ポップなトピックを大解剖! 限定ラジオ番組の視聴
※初回登録の方に限り、無料お試し期間中に解約した場合、料金は一切かかりません。