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  • 2024.03.02

短歌ブームと文学フリマ拡大が示す『不良債権としての「文学」』の答え

短歌ブームと文学フリマ拡大が示す『不良債権としての「文学」』の答え

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プロ・アマ、営利・非営利、ジャンルを問わず、つくり手が「自らが〈文学〉と信じるもの」を自分で販売する場として、規模を拡大し続けている「文学フリマ」。2002年にスタートしたこの展示即売会は、現在は九州〜北海道までの全国8箇所、年間合計9回にわたって開催されている。参加者たちは略して「文フリ」とよく呼ぶ。

出店者・来場者の増加を背景に、2024年5月19日(日)開催の「文学フリマ東京38」からは東京開催時の一般入場を有料化。12月1日(日)開催の「文学フリマ東京39」は東京ビッグサイトでの開催も発表され話題となった

今、文学フリマは文学を志す人々にとって、作品発表やビジネスにおいて、既存の商業出版だけではない「オルタナティブな場」として機能し始めているのかもしれない──この問いを掘り下げ、文学にまつわる人々にとっての思考の補助線をまとめようと、有料化される前の最後の「文学フリマ東京37」の現地へ足を運んだ。

前編では現地の様子を交えながら、「コロナ禍以降にノンフィクションジャンルが増えた背景」や「再び勢いを増す評論・批評ジャンル」といったテーマ、さらに「避けられない東京ビッグサイト開催と有料化」といった文学フリマを取り巻く現状についてまとめた。

記事後編では、拡大する文学フリマの中でも「短歌」ジャンルから掘り下げていく。

短歌は、ファンの高齢化や同人雑誌の休廃刊といったニュースも目にする一方で、近年ではテレビやWeb媒体でもにわかに「空前の短歌ブーム」と評される。文学フリマでは、単著を持つ歌人が自らブースに立ったり、新進作家が発表の場に選んだりするなど、歌人たちは商業シーンに頼らない活動の場として「文学フリマ」を選んでいるようにも見受けられる。

一般社団法人文学フリマ事務局の代表理事を務める望月倫彦さんを始め、文学フリマの短歌ブースに新しい客層を呼び込む「胎動短歌会」や「芸人短歌」の代表たち、そして歌人の木下龍也さんにもお話をうかがうことができた。

短歌と文学フリマの現状、そこから見えてくる商業出版と文学の関わり合いも考えていく。

目次

  1. 短歌は、商業での発表の場が少ない
  2. 派閥ができがちな短歌シーンと一線を画す、「文学フリマ」という中立の場
  3. 「胎動短歌会」の盛り上がり まるでヒップホップのよう
  4. みんなが言葉を求めている時代に、短歌が合致した
  5. 短歌の盛り上がりは、今に始まったことではない
  6. 歌集の商業出版は過渡期
  7. 『不良債権としての「文学」』が予見したもの

短歌は、商業での発表の場が少ない

短歌シーンは愛好者の高齢化や同人会員の減少なども背景に、数十年と続く結社が活動を終えたり、規模を縮小したりする動きが見られてきた。一方で、X(旧Twitter)といった文字数制限のあるSNSとの相性の良さから、2020年頃から若い世代を中心とした「短歌ブーム」を取り上げるメディアも散見されている。

「PRESIDENT WOMAN Online」の記事によれば、歌壇における新人の登竜門である「角川短歌賞(50首詠)」と「短歌研究新人賞(30首詠)」の応募作数は「右肩上がり」だ。角川短歌賞は2012年と比べ、2022年では768篇と約1.4倍に。「10代や20代の応募が増えている」という。

現在の文学フリマでも、短歌ブースからは明るい話題が聞こえてくる。たとえば、2023年5月の開催時には歌人や詩人、ミュージシャン、ラッパー、ライター、書店員などが寄稿した『胎動短歌Collective vol.3』が現地で700部を完売した。詳しくは後述するが、短歌で700部というのは、出版社から発売される歌人の第1歌集の部数に匹敵している。

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今回の「文学フリマ東京37」でも、歌集を精力的に刊行する出版社のナナロク社がブースを出店し、既刊だけでなく、詩人の谷川俊太郎と気鋭の木下龍也による書き下ろしの共著を先行販売。若い歌人の第1歌集を扱う「新鋭短歌シリーズ」でも知られる書肆侃侃房も、各地の文学フリマへ定期的に出店を続ける。商業出版社においても、文学フリマが一種のイベント化している様が見て取れる。

世界最大の同人誌即売会「コミックマーケット」(コミケ)などと異なるのは、サークルと企業との出店が区別されていないため、小さな出版社や近年増えている個人で立ち上げた「ひとり出版社」など、法人格であっても気軽に参加できる点にある。

文学フリマ事務局代表・望月倫彦さんは「特に短歌を新しく始めた人たちにとって、一つの発表の場として文学フリマは存在が大きいようです。文学フリマへの出店を目指して句をまとめた歌集をつくっているとなると、若手歌人による期待の新作が文学フリマ開催に合わせて発表されるわけですから、短歌界としても無視ができなくなってきたと聞いています」と話す。こういった流れは「10年ほど前から耳にしている」と望月さん。

メディアが報じる短歌ブームはここ数年の盛り上がりを取り上げることが多いが、実態としては、10年ほどをかけて徐々に顕在化し、若手歌人が文学フリマを活動の場の一つに据えてきた。だからこそ、前述の「胎動短歌会」などの好調な売れ行きにつながっていった、とも言えそうだ。

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そもそも、若手歌人が文学フリマに活動の場を移すことの裏側には、商業出版側への懐疑的な目線も影響している。日本短歌史のベストセラー本といえば俵万智サラダ記念日』に代表されるが、その刊行は1987年。

すでに35年以上前のことだが、いまだに売れた歌集と言えば『サラダ記念日』しか思い浮かばないほどに、それに匹敵する商業的成功を収めた例がないと言っても差し支えはないはずだ。

新人の第1歌集は、初版500部から1000部程度が一般的とも言われる。それを踏まえれば、商業出版側に短歌を出版して売るノウハウそのものが乏しく、『サラダ記念日』から引き継がれたナレッジがあるともおそらくは言えない。

さらに、書店の棚も限られる現状では、若手歌人は商業での機会を座して待つのではなく、自らが動いてインディーズという形ででもチャレンジするしかないのだろう。

派閥ができがちな短歌シーンと一線を画す、「文学フリマ」という中立の場

また、望月さんの目から見れば、短歌界における伝統性と、独立独歩で運営されてきた文学フリマとが切り離されていたこともプラスに働いていると言う。

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文学フリマ拡大が投げかけている出版業界への“問い”