大奥という因習村を今描く必然性 『モノノ怪』中村健治監督インタビュー
2024.11.16
本稿は、Webメディア「KAI-YOU」にて2025年3月に公開された記事を再構成したものです。
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シリーズ初の映画にして17年ぶりの新作となった『劇場版モノノ怪 唐傘』は、待ち望んでいたユーザーたちに喝采を持って迎えられ、新たなる伝説の幕開けとして大成功を収めた。
TVシリーズを経て、情念と策謀が入り乱れる大奥という新たな舞台で描かれた新生「モノノ怪」。劇場版にふさわしいダイナミックな音響と、特徴的なビジュアルをスケールアップさせた圧倒的な映像美で、アニメーションの新たな地平すら切り開いた。
しかし、第一章と銘打たれている通りまだ三部作の序章にすぎず、第一章の公開から1年と間を空けず、3月14日から『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』が公開されている。
前作で残されていた謎がさらなる事件の火種となり、大奥を焼き尽くす大火として燃え上がらんとする中、新たなモノノ怪が生み出す怪異に薬売り(CV.神谷浩史さん)が挑む。
前作で監督応援として参加した鈴木清崇さんが監督をつとめ、シリーズの生みの親である中村健治総監督とのダブルブレーン体制で制作。因習渦巻く現代とリンクする恐ろしいまでの時代性は第一章以上で、フキとボタンという2人の女性を中心に新たな物語が紡がれていく。
完結編へと弾みをつける快作に仕上がった第二章に込められた2人の思い、さらなる進化を遂げた「劇場版モノノ怪」でポイントとなった“救済”への執念とは──。
取材・文:オグマフミヤ 編集:恩田雄多
目次
- 愛憎がすごい──新生「モノノ怪」はいかに受け入れられたか
- 『劇場版モノノ怪 火鼠』は時田フキと大友ボタンの物語
- “共創”が生んだ声優の熱戦 アフレコへの強いこだわり
- 『劇場版モノノ怪 火鼠』が描く灰色という生き方
- 幸せの仕組みが皆を苦しめる──モノノ怪が生まれるメカニズム
- 旧態依然の体制が崩壊する現代で「モノノ怪」が意味するもの
- 自分自身を許すことの難しさ 「モノノ怪」が表現する因果応報と救済
※この記事には『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』の結末に関するネタバレがあります。
──前作『唐傘』は17年ぶりの新作にしてシリーズ初の劇場版として大きな反響を呼びましたが、手応えはいかがでしたか?
鈴木清崇 中村さんが17年ぶりに「モノノ怪」をつくるとこうなるのか!と素直に感動しました。とにかく様々な面でバージョンアップしていて、この情報量と映像美はまるでアトラクションのようでした。今までの「モノノ怪」のすごさに、新しい要素が加わったように思います。
鈴木清崇監督。中村健治監督のTVシリーズ『モ ノノ怪』で撮影を、『空中ブランコ』『C』『ガッチャマン クラウズ インサイト』では演出を担当してきた。
中村健治 「モノノ怪」ファンの方々はとにかく愛憎がすごくて、細かな部分までこだわって観てくださる熱量の高い人がたくさんいると思ってます。作品へのこだわりが強いからこそ、「初の劇場版でどんなものか確認してやろう」って意味合いで観てくれた方も多かったんじゃないでしょうか(笑)。
ただ、第一章の公開時期はもう外に出るのも危ないくらい暑い夏(2024年7月)。映画館に行くだけでもへとへとになっちゃうような季節だったのに、わざわざ劇場へ足を運んで作品を観てくださったのは、本当にありがたいことでした。
中村健治総監督。代表作に『ガッチャマン クラウズ インサイト』『モノノ怪』など。2024年7月公開の前作は時代性の高さでも評価を集めた。
中村健治 TVシリーズが放送された17年前と違って今はSNSが成熟していますから、感想や叱咤激励をダイレクトにいただくことができたんですが、どんな内容であれ反応をいただけるのはとても嬉しかったです。お褒めいただけたら嬉しいし、反省点として受け入れなくてはいけないものもあります。
中には「そうかな?」と思ってしまうようなものもありますが、貴重な時間を使って「モノノ怪」について考える瞬間をつくってくれたのが、めちゃめちゃ嬉しかったです。
──今作『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』はダブルブレーン体制で制作されたそうですが、具体的にはどのような役割分担があったのでしょうか?
鈴木清崇 今作では監督としてクレジットされていますが、具体的には脚本の決定稿が上がった段階の途中から参加しています。脚本からコンテをつくるにあたって、どのシーンを描いていくかの剪定作業があり、そこを中村さんと一緒にやっていきました。
コンテ自体は小嶋慶祐くんと2人で描いて、できたものを中村さんにチェックしてもらい、描き直してはまた見てもらうという作業を繰り返していき、内容を煮詰めていったんです。その後の実制作の部分は、だいぶ僕に任せてもらってました。
『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』メインビジュアル
──前作では、個人の利益と集団の利益が食い違うことを指す「合成の誤謬(ごうせいのごびゅう)」がテーマでした。第二章は同じく大奥が舞台ですが、テーマも共通しているのでしょうか?
中村健治 三部作を通じて「合成の誤謬」というテーマを描き切ろうと思っています。第一章では大奥に入ったばかりの若い人たち、第二章では中堅の人たちと視点が変わっていきましたが、そうやってひとつのテーマをいろんな視点から描くことで、お客さんから見える景色も変わっていくような構造になっている……予定です(笑)。
一本で描き切れるようなテーマではなかったので、三部作を通していろんな角度で描いてみようとしているわけですが、もちろん映画単体としての面白さにもこだわっています。
個人的には「第一章も面白かったけど、第二章はまただいぶ変わったね」と言われたい。それくらい第一章とは感触の違う映画にしつつも、一貫したベースラインを守ることは意識してました。
第一章と同じく大奥を舞台にしつつ『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』では、2人の女性を中心とした物語が描かれる
鈴木清崇 加えて、『第二章 火鼠』独自のテーマとしては、やはり時田フキ(CV.日笠陽子さん)と大友ボタン(CV.戸松遥さん)という2人の女性の物語があると思います。
今作で巻き起こる事件を通じての2人の成長というか、苦難を乗り越えて変化していく様子を描くのは、「合成の誤謬」を大テーマとしたときの小テーマのような位置付けでした。
──フキとボタンの舌戦は、日笠陽子さんと戸松遥さんの熱演が光る見ごたえのあるシーンでした。特に熱を入れて演出されたそうですが、改めてアフレコへのこだわりをうかがえますか?
中村健治 前作同様に声優さんたちには、事前に自分の担当する人物の過去や未来、誰が好きで誰が嫌いなのかといった相関図などを書いた資料を渡していました。
演じる役やシーンの背景などを理解してもらった上でアフレコに臨んでもらっていますが、さらにアフレコ当日にもものすごく説明を重ねてます。原作のないオリジナル作品ですから、自由につくることができる分、どういうシーンなのかについての説明が深くなってしまうんですよね。
アフレコには脚本の新八角さんにも来てもらって、ひとつのシークエンスごとにディスカッションしながら進めていきました。声優さん含め「スタッフ全員が何を言ってもいい」と伝えているので、フラットな関係性でみんなと共創するような雰囲気で収録できたと思います。
時田フキ(CV.日笠陽子さん):町人出身。天子に見初められて御中臈となり、寵愛を一身に受けている。規律を重んじるボタンとの間には深い溝がある。
大友ボタン(CV.戸松遥さん):老中大友の娘で気位が高い。大奥の最高職位・御年寄となり、規律と均衡を重んじて厳格な采配を振るう。
鈴木清崇 フキとボタンの舌戦は迫力のあるシーンになったものの、どちらかが勝っているように見えると作品のバランスが崩れてしまうので、そこの調整は丁寧にやりました。
自分の演出は細かい骨組みでシーンをつくっていくスタイルなのですが、基本的には日笠さんと戸松さんが作品を深く理解した上で臨んでくださったので、ほとんどお任せで済みました。
アニメーションのアフレコは命を吹き込む作業と言われることもあります。中村さんの作品は、事前準備からアフレコ当日までの力の入れ方を含めて、本当にそれくらい大事な作業なんだと実感させられます。
──特にフキとボタンは、『第二章 火鼠』における中心人物です。序盤と終盤で印象が大きく変わった2人ですが、どのような人物として描かれたのでしょうか?
鈴木清崇 フキは町人の出身で、お家を背負って自分が頑張らないといけないと思っています。物語序盤は、天子様の子どもを妊娠したことすらも武器にして戦う、必死に生きる女性として描かれています。
しかし、権力争いの中で西条スズ(CV.杉山里穂さん)の想いとリンクしていき、本当に自分が守りたいものに気づいていく。そうした変化を経ても、強くしなやかに大奥の中で生きていくことを選んだ彼女の結末は、素晴らしいものにできたと思います。
西条スズ(CV.杉山里穂さん):20年前に大奥に在籍していた御中臈。懐妊した直後に火事で死亡した。
鈴木清崇 一方のボタンは、個人的にすごく共感できる人物でした。権力者である老中の父親の元に生まれ、御年寄(おとしより/大奥の最高職位)として大奥を守るノブレスオブリージュ的な考え方を持った、気位の高い女性として描いています。
最終的には本当に守るべきものに気づき、大きな決断をしますが、考え方や姿勢が変わっても芯の強さは変わらない素敵な女性だと思いますね。
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