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  • 2024.03.28

原子力少年の憂鬱──『呪術廻戦』虎杖悠仁の末路を、東京都民の私は見届ける義務がある

原子力少年の憂鬱──『呪術廻戦』虎杖悠仁の末路を、東京都民の私は見届ける義務がある

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呪術廻戦』(2018–)の主人公・虎杖悠仁はあまり主人公らしくないな、と感じることがある。

あくまで個人的な印象にすぎないと思っていたのだが、試しにインターネットで検索してみると、似たような感想がいくつかヒットする。一部の読者のあいだではある程度共有されている感覚なのだろうか。

もしそうだとしたら、虎杖に“主人公らしさ”が感じられないのはなぜだろうか。いろいろと理由は挙げられるものの、ここでは1980年代以降の少年漫画の主人公類型という観点から考えてみたい。

結論から言うと、虎杖があまり主人公らしく感じられないのは、彼がこれまでの少年漫画のパラダイムから逸脱する“第三世代の原子力少年”だからではないか

目次

  1. “自分では制御しきれない力を秘めた少年”という主人公類型からの逸脱
  2. 「原子力少年」第一世代の命題と、第二世代が切り拓いた可能性
  3. 『呪術廻戦』が徹底的に否定する“原子力の平和利用”という成長物語
  4. 処理に10万年かかる「核のごみ」と、特級呪物としての宿儺の指
  5. 虎杖悠仁という“犠牲のシステム”の末路について

“自分では制御しきれない力を秘めた少年”という主人公類型からの逸脱

わたしが『呪術廻戦』を読み始めたのは、たしか2020年の秋、ある気がかりな報道とともにテレビアニメ第1期の放送がスタートした頃だった。

当時は単行本の13巻が発売されたばかりで、謀略により封印された五条悟を救出すべく、虎杖をはじめ仲間の呪術師たちが特級呪霊や呪詛師と死闘を繰り広げる「渋谷事変」編のまっただなかだった。少なくともこの頃までは、虎杖に対して「主人公らしくない」なんて感じたことはない。それどころか、良くも悪くも典型的な少年漫画の主人公というイメージを抱いていた。

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最新刊『呪術廻戦 25』Via Amazon

『週刊少年ジャンプ』に代表される日本の少年漫画誌には、遅くとも1980年代の前半くらいから、およそ40年にわたって繰り返し描かれてきた男性主人公の類型がある。その類型とは、一言でいえば“自分では制御しきれないほど強大な力を秘めた少年”というものだ。

たとえば『ドラゴンボール』(1984–95)の主人公・孫悟空には猿のような尻尾が生えており、満月を見ると凶暴な大猿に変身して見境なく暴れまわる。また『ダイの大冒険』(1989–96)の主人公・ダイは「竜の騎士」と呼ばれる伝説の戦士の末裔で、人類をはるかに凌駕する恐るべき力を秘めている。直接的な影響関係はわからないが、ほぼ同時期に活躍した大友克洋の『童夢』(1980–81)や『AKIRA』(1982–90)に登場する超能力者を少年漫画向けにアレンジし、主人公にコンバートしたような存在と言えるかもしれない。

『ドラゴンボール』作者・鳥山明はのちに大猿の設定を事実上放棄するものの、少年漫画には1990年代以降、似たような宿命を背負った少年たちが続々と現れる。

『ジャンプ』に関連する作品だけでも、たとえば『NARUTO-ナルト-』(1999–2014)のうずまきナルト、『BLEACH』(2001–16)の黒崎一護、『青の祓魔師』(2009–)の奥村燐、『SHAMAN KING FLOWERS』(2012–14)の朝倉花、『僕のヒーローアカデミア』(2014–)の緑谷出久、さらに少年ではないが『ルリドラゴン』(2022–)の青木瑠璃などが思い浮かぶ。

なかでも『NARUTO』は、この種の主人公類型をもっとも深く掘り下げた作品のひとつだ。主人公・ナルトの体内には「九尾」と呼ばれる凶暴な魔獣が封印されており、そのせいで周囲から恐れられ、忌み嫌われている。同作ではそんな孤独な少年が、自身の内にある強大な力に振り回されながらも、同年代のライバルと切磋琢磨し、理解のある指導者や亡き両親の愛に支えられて、ついには九尾の力をコントロールできるまでに成長していく。

すでに何度も指摘されていることだが、芥見下々の『呪術廻戦』は、『NARUTO』の設定をほとんどそのまま引き継いでいるように見える。主要キャラクターの配置や呪力などの設定が似ているのはもちろん、虎杖の体内には九尾の代わりに「呪いの王」こと、史上最強の呪術師・両面宿儺が封じられているからだ。渋谷事変では宿儺に身体を乗っ取られ、多数の一般市民を虐殺するという陰惨な展開を見せるものの、いずれは虎杖が宿儺の力を使いこなすと信じていた読者も多かっただろう。

この頃までは虎杖もナルトと同様、典型的な少年漫画の主人公として成長していく可能性もないわけではなかったのだ。彼のメンターである五条は実際に「そのうち(中略)宿儺の術式が刻まれる」※1と語っていたし、特級呪霊の真人との攻防では、体内に宿儺が封印されていることが逆に大きな強みとなってもいた。

ところが17巻以降の「死滅回游」編に入ると、にわかに雲行きがあやしくなってくる。死滅回游の仕組みはよくわからないので省略するが、この頃から主人公としての虎杖の存在感が急速に低下していくように思われるのだ。渋谷事変を生き延びた伏黒恵や禪院真希といった仲間たちがレベルアップしていくのに対し、虎杖はいまだに術式のひとつも使えず、徒手空拳で殴る蹴るしかできない。

『呪術廻戦』続編「死滅回游」

さらに日本各地に設置された「コロニー」に分散して物語が進行するため、新キャラクターが多数登場して群像劇としての性格が強まり、虎杖の活躍はますます目立たなくなっていく。なかでも決定的だったのは、『呪術廻戦』の前日譚にあたる、作者による初の連載作品『東京都立呪術高等専門学校』(2017)の主人公・乙骨憂太が参戦したことだろう。

前日譚での乙骨もまた、当初の虎杖やナルトと同様に“自分では制御しきれないほど強大な力を秘めた少年”のひとりだ。

乙骨の場合は亡き婚約者の少女・祈本里香が「特級過呪怨霊」として取り憑いており、彼に近づく人々に凶悪な呪いを振りまいていた。乙骨は里香の奪取をもくろむ呪詛師・夏油傑に狙われるが、呪術高専でのさまざまな試練を通じて成長し、彼女の強大な力を使いこなして見事に勝利する。『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)のあからさまな影響を差し引けば、彼が『NARUTO』タイプの少年漫画の主人公であることは明らかだ。

死滅回游では真希と並び、乙骨が実質的な主人公として大車輪の活躍を見せる。これに対して虎杖は、あろうことか死滅回游の終盤、再び宿儺に主導権を奪われ、しかも伏黒の身体へと乗り換えられてしまう。

完成された前作主人公として乙骨が華々しく登場する一方で、今作の主人公であるはずの虎杖は制御すべき力の源泉を失い、典型的な少年漫画の主人公としてのアイデンティティを奪われてしまうのだ。ただでさえ揺らいでいた虎杖の“主人公らしさ”はこれによって決定的に損なわれ、彼の活躍に期待していた読者の多くが肩すかしを食うはめになった※2。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

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『東京都立呪術高等専門学校』Via Amazon

ただの一読者にすぎないわたしには、作者である芥見の思惑はわからない。それでも好意的に考えるなら、死滅回游以降の虎杖があまり主人公らしく感じられないのは、たんに彼が冷遇されているためではなく、むしろ従来とはまったく異なるタイプの主人公像を託されているためではないだろうか。

そもそも『東京都立呪術高等専門学校』ですでに典型的な少年漫画の主人公が描かれている以上、続編の『呪術廻戦』で似たような展開がそのまま反復されるとは考えにくい。虎杖には、乙骨とは全然ちがう運命が待ち受けていると考えるほうが自然だろう。仮にそうだとしたら、虎杖が体現する新しい主人公像とはどのようなものなのか。

※1 芥見下々『呪術廻戦』第2巻、集英社、2018年、100頁

※2 死滅回游の終盤で宿儺を取り逃したあと、虎杖が手をこまねいていたわけではない。本稿執筆時点では『ジャンプ』本誌のネタバレになるが、宿儺との決戦に向けて反転術式という高度な呪力操作を習得し、またおそらくは特級呪物の「九相図」を取り込むことで血液を操る術式を使えるようになってもいる。とはいえレベルアップしているのは虎杖だけではなく、主戦力の乙骨や真希、さらに死滅回游から加わった弁護士やお笑い芸人と比べても、あまり主人公らしくない存在なのは否めない

「原子力少年」第一世代の命題と、第二世代が切り拓いた可能性

虎杖に託されている新しい主人公像を読み解くにあたって、これまで見てきた1980年代以降の少年漫画の主人公類型に名前をつけておこう。わたしはこの種の男性主人公を“原子力少年(アトミック・ボーイ)”と呼ぶことにしたい。

唐突に「原子力」などと言われて面食らったかもしれないが、これにはもちろん理由がある。“自分では制御できないほど強大な力を秘めた少年”という設定が、人類史における原子力エネルギーの位置づけと正確に対応しているように思われるからだ。

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たとえば先に触れた『AKIRA』では、冒頭から核兵器を思わせる「新型爆弾」が投下されて関東一円が更地になり、第三次世界大戦が勃発する。ところが、のちにその大破壊は「アキラ」と呼ばれる超能力者の暴走によるものだったことが明かされる。太平洋戦争末期に広島と長崎に投下された原子爆弾の惨禍、そして戦後すぐに始まる米ソ冷戦と度重なる核実験による全面核戦争の脅威が、『AKIRA』では大都市を消し飛ばすほどの破壊力を秘めた超能力少年へと翻案されているわけだ。

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