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  • 2023.10.25

「FSLトライアウト出場者には帰るという選択肢もあった」MCバトルが辿る、2つの道

10月14日に開催されたトークイベント「激論!MCバトルを真面目に考える」。そこで提示されたビジョンについて、ハハノシキュウがその舞台裏を解説する異色のイベントレポート。

「FSLトライアウト出場者には帰るという選択肢もあった」MCバトルが辿る、2つの道

クリエイター

この記事の制作者たち

岡田斗司夫に聞いてもわかんないこと話そうよpikomaruko「age」

トークイベントの後に記事が掲載される場合、“基本的にその場で話された内容をかいつまんで文字にしていて、大まかなあらすじを把握できるもの”を想定して読み始めると思う。

そういうものを期待している人には、この記事が例外であることを断っておく必要がある。

ざっくり言ってしまえばこれは僕のエッセイのようなものだ

目次

  1. ハハノシキュウが提示した、2つのビジョン(あるいは2本のバナナ)
  2. 「戦極11周年記念 BATTLE ROYAL」で学ばされたこと
  3. 「THE罵倒2023」という舞台の特殊性
  4. タレント性の向こう側にいた漢 a.k.a. GAMI
  5. 2人のラッパーに叩きのめされた「MCバトルは甘くない」
  6. MCバトルを、『人志松本のすべらない話』に例える
  7. ヒップホップからMCバトルを知るという順番は、とっくに反転している
  8. 「出てるのが同じ人ばかり」問題
  9. FSLには「帰るという選択肢があった」
  10. ハハノシキュウが描いた、MCバトル(へ)のビジョン
  11. KZくんとの会話──2つを同時にやっていく、ということ

ハハノシキュウが提示した、2つのビジョン(あるいは2本のバナナ)

10月14日開催の「激論!MCバトルを真面目に考える」

10月14日開催の「激論!MCバトルを真面目に考える」。10月28日(土)まで配信アーカイブを販売中

テーマは「MCバトルの今後について」という手垢のついたもので、人によってはこの手の話に飽き飽きしているかもしれない。

実際、不特定多数の人間がSNSや居酒屋で交わしている言葉の渦に、僕の言葉が飲まれて消えてしまうのではないかと臆病になっている。

自分なりに答えを出そうにも、MCバトルで踏まれがちな韻のように新鮮味のないものばかりが頭に浮かんでいた。MCバトルに限った話じゃないけど、僕が言わなくても誰かが言ってるような意見なら発する必要がない。

結局、答えが見つかったのは9月の半ばだった。

だから10月14日のトークライブで話した内容は採れたてのバナナのように青く、熟成にはまだ時間のかかりそうな理想だったと言える。

バトルにおいて僕が思い描いたビジョンは2つあった。

一つはシーン全体に対して描いたもの

もう一つは僕が個人的に自分に向けて描いたものだ。

ハハノシキュウ

ハハノシキュウ

少しでもそのバナナが収穫される過程を知ってもらうために、まずは7月まで話を遡らせてもらう。

僕は戦極の30章を経て、MCバトルにおける自分の(主に心の)最良な置きどころを発見した。

前回のレポートで長々と書いているが、要約するとそれは“バトルでカロリーを消費しないようにできそう!”というものだ。

バトルに対する心構えを可能な限りゼロに近付け、バトルの瞬間だけに完全即興でエネルギーを使うのだ。つまり逆に言うと、バトル以外の時間は違うことに労力を割くことができる。

これが僕のバトルにおける最も効率のいい向き合い方だ。

この先、これが実現できれば仕事効率が上がるし、コストパフォーマンスも高くなる。こんな楽な仕事はない。バトルの待ち時間ほど持て余し方の難しい時間はない。でもこれからはその時間すら有効に活用できそうだ。

そんな風に思おうとしていた。

薄々わかってはいたが、現実というか人間の心はそんなに甘くない

僕はそれを2人のラッパーから全く異なる角度で学ばされることになった

「戦極11周年記念 BATTLE ROYAL」で学ばされたこと

9月16日から17日、僕は立て続けに2本のバトルに出た。

土曜日が「戦極11周年記念 BATTLE ROYAL」で、日曜日が「THE罵倒2023 本戦」だった。

今のバトルシーンにおいて対極に位置する2つかもしれない。

戦極は11周年のお祭りということもあって、大して気負う必要のないイベントだと思い込むことが可能だった。入場料無料ということで外には整理券を求めて長蛇の列ができていた。僕は消極的な人間であるため「チケット代返せ」と文句を言われることがなさそうな状況に少しだけ安堵していた。

ラッパー4人が一度にステージに上がり、8小節2ターンずつパフォーマンスをするという特殊なルールであるため、負けた時のダメージも4分の1くらいで済むだろうと思っていた。

僕が対戦したのはDOTAMAさんとJAMLU7Aさんと瀧澤彩夏さんだった。

DOTAMAさんさえいなせば勝てる可能性はゼロじゃない、そんな風に思っていた。

3人を相手に拾える限りの言葉を拾ってアンサーを返す。自分の仕事はそれくらいだと思っていた。戦極30章を経て、瞬間の閃きに全てを捧げることを、僕は自分の信条にしようとしていた。

結果から言うとこの試合は、DOTAMAさんの1人勝ちだった。

そして、僕は想定外のダメージを受けることになった。

DOTAMAvsハハノシキュウvs瀧澤彩夏vsJAMLU7A|戦極11周年記念 BATTLE ROYAL(2023.09.16)

プロのラッパーとして当然とされる能力値の面積の差を痛感させられたのだ。声量、リズムキープ、韻、パンチライン、そしてプロップス。どこを取っても大きな差があった。

元々僕はそういうステータスの差を気にしないタイプの人間で、むしろ誰も想定していないステータスの外側にある何かでその差をひっくり返すことを密かな美徳にしていた。この流れで言うなら閃きだったり頭の回転に言い換えられる。でも、それはウサギとカメで言うなら昼寝ばかりしているカメの考えであって、そうそう奇跡なんて起きやしない

DOTAMAさんが途方もないくらい努力に狂った人間なのは知っているため、その積み重ねがDOTAMAさんの生まれ持ったタレント性とは別に背中についてきているのが痛いほどよくわかった。これは画面越しじゃ意外と気付けないことで、隣にあの人が立ってようやく理解できた痛みだ。

そんな正しさに僕は押しつぶされそうになっていた。

努力なんか一生してやるものかと思いながら続けてきた宝物の価値が、胸の奥で揺らがなかったと言えば嘘になる。

翌日、両国で「THE罵倒2023 本戦」である。

「THE罵倒2023」という舞台の特殊性

これで優勝すればKOKの決勝大会に進出できる。

僕はグランドチャンピオンシップなるものに昔から大して興味がない。UMBにせよ、KOKにせよ、決勝大会の命を賭けたあの重さは視聴者としては大好物であるが、自分が彼らのように血反吐を吐きたいとは思わない。地元を背負ってとか仲間を背負ってとか、そういうのは僕の仕事ではない。

それでも、生まれ持った負けず嫌いはそれなりに機能しているため、やる気は十分にあった。

昨日の敗北で自分を疑い始めていたのもあり、新しい経験で上書きして忘れてしまいたい。頭の中にあった感情はそれだけだった。

対戦相手は精力的に音源で活躍している018だった。あまりバトルに出ないタイプのMCだが、KOK vs 真ADRENALINEでがーどまんに延長に次ぐ延長で勝利したことが記憶に新しい。バトルのお客さんにはその時のプロップスが上乗せされていたと思う。

がーどまん vs 018 / KING OF KINGS vs 真ADRENALINE 2023.07.14

ステージに立ってみると018の人気が相当なものだったことが肌感でわかった。

罵倒は昨今のバトルのエンタメ的多様性を重視したものとは相反する、昔ながらの男気や気合いが好まれる泥臭い大会だ。

任侠とか根性なるものに興味がない僕だが、意外と罵倒の空気感は嫌いではない。というか、全然そんな柄でもないのに僕は罵倒を担うベテランラッパーの1人として台頭しようとしていた。

下町のヒップホップ舐めんじゃねぇぞ

明らかに僕の口にはミスマッチのセリフだが、無意識がそんな風に口走っていた。少なくとも僕は罵倒という大会の歴史において、1ページか2ページくらいは足跡を残したって自負があったのだと思う。同時に罵倒の独特の血生臭い空気感が、僕を動物的に熱くさせていたとも言える。

MC BATTLE THE罵倒 VOL.4

結果から言うとまた一回戦負けだった。

敗因があるとすれば、7月までそこそこ物事が上手く進んでいたことも手伝って、前述のようにデカい口を叩いたことが「増長している」ように見えたせいだと思う。

018の先攻の第一声で、その声量とバイブスの大きさに慄きはしたが、手堅くアンサーは返したし、バイブスもそれなりに出したつもりだ。ただ、その中で僕は自分が大した結果を残してきたわけではないのに、酒に酔って気が大きくなったサラリーマンのように自分の器を測り間違えた感覚があった。しかもシラフで。

018 vs ハハノシキュウ【THE罵倒2023 本戦】

そんな僕の落ち込みとは反比例するように、この日の罵倒という大会はここ数年のバトルシーンにはなかった深みのある盛り上がり方を見せた

全ての出場者がシュラスコのように身を削って臨んでいた。その全体の熱気が罵倒という他の大会には見られない輪郭を象っていた。お客さんもその熱気に呼応していたし、何よりヒップホップが好きって気持ちが随所から溢れていた。

すでにご存知の方も多いとは思うが、そんな神がかった大会の中心にはMC漢がいた

タレント性の向こう側にいた漢 a.k.a. GAMI

この日の漢さんを言語化するのは難しい。

先日、DOTAMAさんを前にして感じた表現者として積み重ねた技術、努力の結晶とは真逆のものだったと思う。

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