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  • 2024.10.13

「戦極35章」レポートに代わって──ハハノシキュウのスランプと、アイドルに“MCバトル”を教える難しさ

「戦極35章」レポートに代わって──ハハノシキュウのスランプと、アイドルに“MCバトル”を教える難しさ

「戦極MCBATTLE 第35章 2on2 TAG Tournament Japan」でのハハノシキュウ Photo by KK @kohkikanai

クリエイター

この記事の制作者たち

「強く望む事を 書いた紙があればそれがそのまま 乗車券として 使えるらしい」BUMP OF CHICKEN「乗車権」

「スランプかもしれない」ラッパーが綴る心象

20年の人生を8小節におさめる。
30年の人生を8小節におさめる。

どっちが難しいだろう?

正式に年齢を世の中に公開していない僕が言うのもおかしな話だけど、年齢を感じざるを得ないことが多々ある。

まだ僕が若者というカテゴリーに肩まで浸かっていた頃は「年長者の話はとにかく長い」なんて思ったりしていた。「話が長い」と思われる側の立場に自分が身を置いてみると、短い言葉で何かを人に伝えるのが年々難しくなっていることに気付かされる。

例えば、勧善懲悪を信じていた頃は物事が正義と悪に二分できると勘違いしていたし、そこにグラデーションがあると理解すると自分の意見をはっきりさせるのが簡単じゃないことがわかる。

大人になってからの方が他人と関係が拗れた時に修復しにくいのはなんでだろうと思っていたが、お互いがお互いのグラデーションを同じ深さで理解し合うには労力がかかり過ぎるからだってことが最近になってようやくわかった。おそらく同じ正義を信じていたら、こんなことにはならないだろう。

もう少しざっくり言うと、お互いにお互いが一人称の長編小説を読ませ合わないとわからないことが多過ぎるって感じだ。

そして、そんな長編小説を書く労力も、読む労力も、拗れた人間相手に割く気にはなれないのは当然と言える。

そう考えると、ラッパーに平等に割り当てられたはずの8小節とか16小節とかも実は平等じゃないのかもしれないと思わされたりする。

「そういう縛りの中で物事を伝えるのが技術でありセンスだろう」という意見は最もだけど、やっぱり年齢を重ねるにつれて断定した言い方ができる物事は減っていくのだ。

それでも不特定多数を前に断定した言い方を続けられる人は、良くも悪くも大きな注目を集め続けていることが多い。

「面白くない話」を集めている伊藤竣泰という詩人が最近書籍デビューして数字を集めているが、「面白くない」と断定できる心構えには敬服する。

物事を二分して世の中に提示できる人間に理由があるとすれば「自分の思想に覚悟を持って割り切っている」「注目を浴びるためのサービスとしてやっている」「自分の感情を疑っていないだけ」など色々想像できるが、これもやはり僕には断定はできない。

世に出すか出さないか、それすら断定できない気持ちで僕はこの文章を書いている。

言い方を変えるなら、一種のスランプなのかもしれない。

その「スランプかもしれない」という心象を、とりあえず僕はMCバトルを材料にして可視化してみようと思う

目次

  1. 「スランプかもしれない」ラッパーが綴る心象
  2. ハハノシキュウが、MCバトルを始めた4つの理由
  3. ハハノシキュウが、今でもMCバトルに出る3つの理由
  4. 怒りは、それが子供騙しでも人を惹きつける
  5. 『極悪女王』は、MCバトルに置き換えるならハハノシキュウの物語だ
  6. 「SATORU × SIMON JAP」戦の不甲斐なさ
  7. 強い飢餓感と、満たされた平穏の間で
  8. アイドルが「MCバトル」を教わりたいシンプルな理由と、そのために応えるべきシンプルなニーズ
  9. 未来を掴むための強い欲望、欲望を喚起するためのMCバトルへの期待値について
  10. そもそもMCバトルに出るという行為は「どうしようもなく辛い」ものだ
  11. この小節を締めくくる、完璧な一行を模索する

ハハノシキュウが、MCバトルを始めた4つの理由

MCバトルに出続ける人間の気持ちについて、僕という一例が誰の参考になるのか、誰の興味を惹くのか。はっきり言って全く客観視できないが、それはそれで仕方ないと諦めて主観的に自分の話をしたいと思う。

まず、ラップを始めた当初、MCバトルに出た理由を思い返してみる。

1.MCバトルに心から食らったことによって、自分も同じ土俵に立ってみたいという憧れ

2.根拠はないが、自分でもできそうな気がした(まだ足跡のついていない雪原が広がってるように見えた)

3.今風の言い方をするなら「何者」かになりたかった。なんでもいいから褒められたかった

4.因果関係があるのかわからないが、最終的には文章を書く事でお金を稼げるようになりたい

おそらく上記の4点が僕を動かしたと言える。

ラッパーとして金を稼ぎたいとか生業にしたいとかは、正直考えていなかった。当時のヒップホップシーンは今より狭く深い世界だったし、バトルに関して言えば土壌すらできていなかった。

そもそも僕は「ヒップホップ」というのは不良の格好良さを体現するものであって、自分のような人間はリスナーであるべきだと思っていた。

その上で自分がプレイヤーになれるならやりたいと思っていた表現はあくまで「サブカル」だった。「ヒップホップ」を含んだ上での広義の「サブカルチャー」だ。

そんな自分の理想像を諦観している時に出会ったのがMCバトルだった。環ROYというラッパーのフリースタイルを観て「サブカルの姿勢でラップしてもいいんだ」と思ったのがきっかけだった。

鎮座DOPENESS × 環ROY vs オロカモノポテチ × RHYME BOYA

ただ、現実が見えてない20歳そこそこの僕でも、ラップがビッグドリームになる(正確には、大衆路線ではないサブカルチャーで大金を稼げる)とは信じていなかった。それは今も変わっていないが、そもそも僕は大衆ウケのするものが得意な人間ではなく、そういう点でも“売れる”のは難しいと感じていた。

それでもMCバトルには「人生が変わるかもしれない」という予感が少なからずあった

ハハノシキュウが、今でもMCバトルに出る3つの理由

では、今の自分がMCバトルに出る理由はなんだろうか。

1.お金。グッズがたくさん売れる

2.ラッパーとして“消えない”ことへの足掻き

3.バトルイベント全体を俯瞰した時に自分がするべき仕事を全うする。仕事としてのやりがい

優勝したら人生が変わるかもしれないとか、そういった幻想は消えてしまっている。それが断定的に悪いこととは思わないが、やはり虚しさはある。

正直僕は世代が変わっていく中で、自分という存在が去年の雪のように消えていくものだと思っていた。特にコロナ禍の頃は、大箱のステージにはもう立てないと察していた。

「消える」というのは毎年入ってくる新規のバトルファンに「認知されない」という意味で、それが一年二年と積み重なっていくことが「最初からいない」みたいになることだと僕は解釈している。

実際、僕が尊敬している先輩ラッパーを下の世代の子らが全く知らないことは当然のようにある。それでも色褪せずに残り続けるものを世の中は“クラシック”と定義しているが、それがいかにすごいことなのか知らしめられるばかりである。

「とりあえず」という言い方も不本意だけど、年に1、2本でも大きなバトルに顔を出すと、地上波に顔を出す芸人さんのように「消えてない」感じを出すことができる。

実際、マジョリティの前に顔を出さなくても大箱をワンマンで埋めてるアーティストはたくさんいるし、そっちの方が格好いいと思う。それができないことの情けなさも含めて、表舞台で俗っぽく残り続けないといけないことを僕は割と素直に受け入れている。

その素直さは、自分のグッズが売れ続けていることに起因する。10年以上も同じデザインのグッズが売れているのは明らかに普通ではない。だから、そこは従順に売り続けようという心持ちである。

だけど、そんな状況でもMCバトルを主とした表層部分で、ある程度の露出を続けないとそのグッズさえも最初からなかったかのように消えてしまう。僕が一番危惧しているのは、そこだと言える

内情をよく知らない人が表層部分を見て「すごいですね」と言ってくれる。そんなちっぽけなプライドのための話だ。僕の両親ですらその表層が見えているのだから、MCバトルの普遍性はバカにできたものではない。

そして、大人になってしまった僕はお金をもらうことで折り合いをつけ、それに見合った仕事をすることでやりがいを手に入れたような気分になっている。

だから、バトルに出ることへの強いパワーが維持できなくなっていることから目を逸らし続けるのも難しい頃合いだと言える。

怒りは、それが子供騙しでも人を惹きつける

戦極33章で僕は大阪の3on3に出場し、自分の仕事を完遂したつもりだ。

僕に与えられた仕事はシンプルな言い方をするなら、ナード枠として不良のチームと戦うことだった。

そして、不良のチームに一矢報いたり、予想できない展開をつくったりすることで、SNSなどを賑わせられたら言うことはない。

ハハノシキュウ vs MOL53×SILENT KILLA JOINT×CIMA|戦極MCBATTLE 第33章 西の3on3 Special(2024.6.1)

それによって関係が拗れたり、気分を害する出来事に見舞われたのは事実だが、そこに執着するほど暇でもない。というか、僕は怒りの感情というものをそこまで信用していない。怒ってる人間の言葉には「嘘がない」ような気がするというのも一種の手品だとすら思っている。

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