Interview

Series

  • 2026.07.25

どこから“わいせつ”なの? Fantia騒動から考える、性的表現と法規制の実情

どこから“わいせつ”なの? Fantia騒動から考える、性的表現と法規制の実情

芸術活動を支援する「骨董通り法律事務所」所属弁護士・寺内康介さん協力のもと連載中の「クリエイターのための法律Q&A」。

3月19日(木)に本連載をまとめた書籍『ポップカルチャーを愛し続けるための法律入門 どこから盗作?どこから中傷?』(ウェッジ)も刊行されたが、カルチャーを取り巻く世の中は常に課題を提示し続けている。

今回取り上げるのは、成人向けコンテンツ、特に「同人」と頭につくようなクリエイター主導のマーケットにおける問題だ。

『ポップカルチャーを愛し続けるための法律入門 どこから盗作?どこから中傷?』書影

『ポップカルチャーを愛し続けるための法律入門 どこから盗作?どこから中傷?』書影/画像はAmazonより

2026年5月19日、同人ショップ大手として知られる「とらのあな」のグループ企業で、クリエイター支援プラットフォームを展開する「Fantia(ファンティア)」が、成人向けコンテンツの修正・モザイク基準に関するガイドラインの改定を発表した。

新基準では「対象の原型が視認不可な状態でのモザイクであること」が求められ、薄いぼかしや透過モザイク、棒線・格子状のベタ塗りなどが一律「不備」として扱われることになった。

さらに今回の改定は新規投稿だけでなく、過去に投稿されたすべての作品にも遡及して適用されると通告。告知から施行予定日まで6日間しか猶予がなかったこともあり、数千〜数万点規模の作品を抱えるクリエイターからは「対応が間に合わない」「移行を検討せざるを得ない」といった声がSNSに溢れ、一気に大きな話題となった。

Fantia運営は今回の改定について「関係諸機関より『一部のコンテンツにおける修正・モザイクの基準』について、法的な観点から極めて厳格な指導・指摘を受けている状況」があるとして、「厳格な法的指導を受けた重要かつ緊急性の高いもの」だと説明。しかし、その「法的指導」の出どころは当初明言されなかった。

そもそも法律上、成人向けコンテンツの「わいせつ」とはどう定義され、何が許され、何が許されないのか。多くのクリエイターにとって、あるいはコンテンツ購入者にとっても境界線は曖昧なままだろう。

この連載では過去に「表現の自由」をテーマにした回でも、わいせつ表現の法的な位置づけに触れたことがある。

だが今回は、Fantiaの一件を入り口に、より実務的な角度から「わいせつ」と法の関係を掘り下げてみる。併せて、Fantiaなどのプラットフォームが伸長している背景を鑑み、2022年に成立した「AV出演被害防止・救済法(AV新法)」とアングラ化する「同人アダルトコンテンツ」の関係についても考慮した。

成人向け表現を扱うクリエイターはもちろん、直接的に関わりがないと思っている人にとっても、「わいせつ」をめぐる法律と運用のギャップは、表現活動全般を考えるうえで示唆があるはずだ。

目次

  1. Q. そもそも「わいせつ物」とは何か? NGとOKの境界線は?
  2. Q. 芸術とわいせつは両立する? せめぎ合いの歴史
  3. Q. Fantiaが受けたという「法的指導」とは何か?
  4. Q. 「アングラ化」するアダルトコンテンツ、何が起きている?

Q. そもそも「わいせつ物」とは何か? NGとOKの境界線は?

──まず基本的なところからお伺いします。法律上、「わいせつ物」とはどのように定義されているのでしょうか。

刑法第175条は「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者」を処罰すると定めていますが、何が「わいせつ」に当たるかは条文上では明記されていません

この点について判断を示したのが、1957年(昭和32年)の最高裁判決、いわゆる「チャタレイ事件(*)」です。最高裁は「わいせつ」を「いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」と定義しました。これがいわゆる「わいせつ三要件」とも呼ばれるもので、現在の裁判でも基準として用いられています。

『チャタレー夫人の恋人』 (光文社古典新訳文庫)

『チャタレー夫人の恋人』 (光文社古典新訳文庫)/画像はAmazonより

*チャタレイ事件:イギリスの作家D・H・ロレンスの小説『チャタレイ夫人の恋人』の翻訳・出版をめぐり、訳者と出版社代表が刑法175条のわいせつ物頒布罪に問われた事件。1957年の最高裁判決でわいせつ性が認められ、有罪が確定した。

ただし、この定義だけでは何がわいせつに当たるのか、判然としないと感じる方も多いでしょう。

実際、私たちの身の回りでは、アダルトビデオ(AV)はインターネット上で当たり前のように販売されていますし、同人誌即売会・コミックマーケットでは性的な表現を含む同人誌が大量に頒布されていますから。

──まさにそこが疑問です。AVが普通に販売されている以上、AVは「わいせつ物」には当たらないと解釈していいのでしょうか?

現状、モザイク処理が施されたAVについては、警察は検挙していないでしょう。

警察庁が運用する、インターネット上の違法・有害情報の通報を受理するインターネット・ホットラインセンター(IHC)の運用ガイドラインでも、わいせつ性が認められるものとして、(ア) 性器が明確に確認できる画像又は映像、(イ) 性器部分にマスク処理が施されているが、当該マスクを容易に除去できる画像等が挙げられています外部リンク)。

このことからも、警察は性器の露出を重視しているように伺えますが、さきほどのわいせつ3要素の定義に照らして、モザイク処理をすればなぜ「わいせつ物」でないといえるのか──これについて明確に説明されているかというと、微妙なところです。これまでの裁判例を見ていると、裁判所は「モザイク処理されればわいせつではない」とまで明確に判断したわけではないように思われます。

刑事事件として裁判所がわいせつ性を判断するのは、検察が起訴した場合に限られます。裁判所はこれまで、検察が起訴してきた事案のわいせつ物該当性を判断してきましたが、検察がモザイク処理をしたAVを起訴してこなければ、裁判所はこのわいせつ性を判断する機会はありません。

そのため、モザイク処理がされたAVは「法的にわいせつでない」という裁判所によるお墨付きを得ているわけではないといえます。

ただし、先ほど述べたように、警察が「わいせつ物」として検挙するかは、モザイク処理の有無が重要な基準になっていますし、少なくとも裁判所はモザイク処理がされていない映像・動画の販売・頒布をわいせつ物として認定しています。

残り 10110文字 / 画像5枚

  • 800本以上のオリジナルコンテンツを読み放題

  • KAI-YOU Discordコミュニティへの参加

  • メンバー限定イベントやラジオ配信、先行特典も

※初回登録の方に限り、無料お試し期間中に解約した場合、料金は一切かかりません。

10日間無料で続きを見る