「趣味の様なイラストで楽してお金を稼ぐなんてとんでもない」という時代を越えて
2024.04.13
クリエイター
この記事の制作者たち
芸術活動を支援する「骨董通り法律事務所」に所属する寺内康介弁護士の協力のもと、連載中の「ポップカルチャー×法律 Q&A」シリーズ。
第4回は、音楽、とりわけヒップホップでよく耳にする(そして争点のもとにもなりがちな)制作手法である「サンプリング」をテーマに取り上げる。
サンプリングは、他者の音源やメロディを借用して新たな楽曲を生み出す手法として、ヒップホップ文化に欠かせない。だが、法的には複雑な問題を孕んでいるのも実情だ。「サンプリング」「オマージュ」「パクリ」……ラッパー同士の衝突、あるいはファン同士の感想戦でも、各人が己の定義のもとに語り合っている。
日本のヒップホップシーンにおいては、近年では「パクリ」疑惑に端を発するディスからビーフ(互いに曲で批判すること)に発展したBAD HOPと舐達麻の騒動も記憶に新しい(参考)。あるいは、ロックバンド・Novelbrightのボーカルをつとめる竹中雄大さんが、自身の楽曲がラッパーに「盗作」されたと自身のXに投稿した一件では、指摘した楽曲がヒップホップ業界で利用シーンが広がっている「フリービート/タイプビート」に基づくものだったことも注目を集めた。
そこで今回の記事では、もともと個人的にヒップホップもよく聴いているという寺内康介弁護士に話を聞きながら、これら音楽著作権を巡る論点について今一度、具体例について掘り下げながら整理していく。
ヒップホップにおけるサンプリング手法を皮切りに、クリエイターが現時点で適正な制作をするための心構えをまとめていこう。
目次
- Q1. そもそも「サンプリング」って法律違反なの?
- Q2. サンプリング、オマージュ、パクリの違いは? BAD HOPと舐達麻、法的に危ないのはどっち?
- Q3. サンプリングを「これは引用です」と言い張ることはできる?
- Q4. 使ったタイプビートが著作権侵害してた! ラッパーに賠償責任はある?
Q1. まずは「サンプリング」という手法について、法的な観点からの是非について教えてください。法的にはどのように解釈され、何かしらの問題点がある場合には、どういった権利を侵害する可能性がありますか?
寺内弁護士 サンプリングは、ヒップホップ文化の発展において切っても切れない関係にあると言えるでしょう。ヒップホップが生まれた当初から、様々なレコード、音源を利用して楽曲づくりが行われてきた。それによって多くの楽曲が生まれ、発展に寄与したことは意義深いと感じます。
ただ法的な視点で見ると、やはり難しい問題が浮上します。アメリカでは30年以上前からサンプリングに関する訴訟は起きており、音楽にまつわる著作権をクリアにしないとサンプリングができない、少なくとも商業的にヒットさせるのは「危険だ」という認識があります。一方で、日本ではまだ権利をクリアすることへの意識が希薄である印象を受けます。
特に最近サンプリングが話題になるようになった要因として、「配信(ストリーミングやサブスクリプション)」という音楽流通が普及し、それによって問題が明るみに出やすくなったとも考えられます。ヒップホップ、DJプレイが街中で、あるいは小規模に楽しまれている限りは、楽曲権利者の耳にまで届くことはなかった。レコードをつくるにしても、100枚・1000枚単位の小規模制作であれば大きく取り沙汰されることもなかったのでしょう。
ところが、現在は配信が整備され、権利者を含む多くの人が楽曲を聴くことができるようになりました。配信によって権利問題が明るみに出るのは、ヒップホップというジャンルやシーンに限ったことではありません。
さて、法律的に言うと、サンプリングという言葉は法律用語ではなく、それ自体に明確な定義はありません。ただ、一般的には「録音された音源を使って、別の楽曲をつくること」を指すと言えます。
最近では、音源を使う場合に限らず、ラップバトルで歌詞や先人のパンチラインを引用した際も「サンプリングあつい!」などと使われますが、これは派生的な使われ方で、狭義では音源の利用を意味するでしょう。この場合、音源の権利を侵害するかどうかが問題の核心です。
なお、ここで注意が必要なのは、「音楽における楽曲の権利」と「音源の権利」は別物だということです。
前者の楽曲の権利は「作詞家や作曲家が持つ歌詞やメロディーの著作権」で「音楽著作権」と呼ばれたりもします。この楽曲をレコーディングしてCDなどの音源にした場合、別途「原盤権」という音源の権利が発生します。
ややこしいのですが、音楽の権利問題を考える際にはこの2つの権利があるということは念頭に置く必要があります。ちなみに、原盤権と音楽著作権では扱いが違います。音楽著作権はJASRACなどの包括管理団体に預けられていることも多く権利処理が容易な場合は多いのですが、原盤権の包括管理団体は現在ないため、個別にレコード会社から許諾をもらう必要があるなど、権利処理にハードルがあります。
サンプリングも両方の権利に照らして考える必要があるのですが、主には原盤権の方が論点となってきます。
サンプリングの具体例を一つ挙げると、2003年にリリースされたBeyonce(ビヨンセ)とJay-Z(ジェイ・ジー)の『Crazy In Love』は、アメリカのシカゴを代表するソウルグループであるChi-Lites(シャイ・ライツ)による1970年の楽曲『Are You My Woman』をサンプリングしたと言われます。特に冒頭のホーンを聞くとわかりやすいでしょう。
この場合、『Are You My Woman』の音源をそのまま使うには、原盤権者の許諾が必要です。原盤権者は、自分の音源を無断で録音したり、配信したりしないように、と言える権利を持っているためです。
他方、もし『Are You My Woman』の音源をそのまま使うのではなく、この特徴的なホーンサウンドも含めて誰かが再度レコーディングし直していたとしたら、音源を使っていないので原盤権者の許諾は不要です。原盤権については、あくまで既存音源を使う場合に問題になるということです。
これは音楽著作権とは考え方が異なるところです。音楽著作権では、ある楽曲のメロディーラインをそのまま使っていなくとも、これと類似した楽曲をつくれば著作権侵害になり得ます。
他方、類似する対象がごく短かかったり、ありふれたメロディラインであれば、それは著作物性がなく、たとえ類似していても著作権侵害にならないということがあります。
これに対して、原盤権は、他の人の音源をもとにトラックメイカーが全て打ち込み直していれば、それが元の音源に似ていたとしても、音源そのものを使用しているわけでないので、原盤権の問題はクリアです。
他方、他の人の音源を使用した以上は、その部分が短くても、あるいは一般的なフレーズであっても、原盤権の侵害になる可能性があるのです。ただし、1秒でも使えば侵害かという論点はあり、この点は後に話します。
Q2. サンプリングにまつわる議論では、相手の楽曲を「パクリだ」という批判もよく聞かれます。サンプリング、オマージュ、パクリといった言葉に対しての法的な観点から整理をお願いできますか。
寺内弁護士 サンプリングと同じく、オマージュやパクリも法律用語ではありません。
サンプリングは、先ほど言ったように「他の人の音源を使って別の楽曲を生み出す」という一般的な意味合いが一応ありますが、オマージュに関してはより曖昧です。あえて言えば、既存作品から着想を得ているものの、既存作品の具体的表現は借用しておらず、法的には権利侵害にならない程度の利用にとどまる場合をオマージュと呼ぶことがあるように思います。ただ、世間での使われ方はかなりまちまちです。
また、「これはオマージュです」と表明すれば侵害にならないわけでは当然ないですね。いずれにせよ法的には、個々の曲ごとに原曲の使われ方を、具体的に見ていく必要があります。
それでは、サンプリングをもう少し掘り下げてみたいと思います。と言いたいところですが、私が知る限り、日本では、サンプリングに関する裁判の事例が過去に遡っても一件もないのです。
そこで、検討する際には海外の先行判例を参考にすることがあります。よく問題になるのは、ほんの一部分だけ使っている、例えば「ドラムのある部分だけ」を使っているような場合に、それが日本で言う原盤権の侵害になるのかどうかです。「日本で言う」と断ったのは、アメリカでは「原盤権」という権利はなく、その場合は「サウンドレコーディングに関する権利の侵害」に当たるためです。ただし、ここではわかりやすさのため、「原盤権」として話を進めます。
サンプリングについて、海外の議論では、大きく二つの捉え方があります。一つは「わずかでも元の音源を使えば侵害になる」という考え方。もう一つは「一般的な聴き手にとって、元の音源を使っていることがわかる程度に使っていれば侵害になる」という考え方です。これらの説は対立関係にあり、まだはっきりとした結論が出ているわけではありません。
ただ、どちらの立場に立っても、少なくとも聴き手が原曲を認識できる程度に他人の音源を使うのであれば許諾は必要、つまり許諾を得なければ権利侵害になる、ということは言えるでしょう。
ここで興味深いのは、法的な危険度と世間的な評価はズレがあることです。ヒップホップ界ではサンプリングをしてきた歴史があるからか、他人の音源をビートなどに使い、オリジナルのリリック(歌詞)を載せて新たな楽曲をつくることへの世間的な評価は寛容、むしろ他ジャンルの音源まで詳しくてすごい、といったもので、原盤権者の許諾の有無はあまり話題とならないように思われます。これに対し、オリジナリティを出さずに他人のスタイルを真似る、既存曲と似たメロディラインのイントロやサビを使う、といったことには厳しい目が向けられる場合があるように思われます。
しかし、上記で述べたように、法的には、少なくとも聴き手が原曲をわかる程度に他人の音源を許諾なく利用している場合、原盤権の侵害となることは割と明確です。
これに対し、スタイル、イントロ、サビが似てるなどと批判されるものでも、既存音源の使用がなければ、原盤権侵害は問題になりません。メロディラインの類似については、楽曲(歌詞やメロディーなど)の音楽著作権侵害があるかの問題となりますが、これはメロディ、リズム、ハーモニーなど楽曲を構成する要素の一致度合い次第です。「何かを連想させる程度」や「スタイルが似ている」くらいであれば、通常は法的なリスクはそこまで高くない場合が多いでしょう。
なお、ちまたでは「4小節以内の類似なら著作権侵害に該当しない」といったことも聞きますが、そういうことはありません。明確な基準はなく、ケースバイケースの判断になります。
BAD HOPと舐達麻のビーフを例に取って考えてみます。
続きを読むにはメンバーシップ登録が必要です
今すぐ10日間無料お試しを始めて記事の続きを読もう
800本以上のオリジナルコンテンツを読み放題
KAI-YOUすべてのサービスを広告なしで楽しめる
KAI-YOU Discordコミュニティへの参加
メンバー限定オンラインイベントや先行特典も
ポップなトピックを大解剖! 限定ラジオ番組の視聴
※初回登録の方に限り、無料お試し期間中に解約した場合、料金は一切かかりません。