Interview

  • 2026.07.17

ホラー映画『遺愛』酒井善三×大森時生 対談 “良かれと思ったこと“が呪いを生み、恐怖を生む

本稿は、Webメディア「KAI-YOU」にて2026年6月23日に公開された記事を再構成したものです。

ホラー映画『遺愛』酒井善三×大森時生 対談 “良かれと思ったこと“が呪いを生み、恐怖を生む

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父の死をきっかけに、母の介護をはじめた藤井佳奈(演:山下リオさん)の周囲で、やがて説明のつかない異変が次々と巻き起こる。

ホラー映画『遺愛』が6月19日から全国で公開中。監督は短編映画『カウンセラー』や配信ドラマ『フィクショナル』で知られる酒井善三さん。プロデュースは「行方不明展」「恐怖心展」などの展覧会を手がけるテレビ東京の大森時生さんだ。

これまでにも「このテープもってないですか?」「SIX HACK」などのモキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)でタッグを組んできた両者。

次に表現するのは、家族への慈愛に満ちた介護が、次第に不穏さと違和感をまとい、やがて恐怖へと変貌していく姿だ。

映画『遺愛』予告

母の抜け殻に入り込んだ“ナニカ”による呪いか、それとも介護に追い詰められた娘の狂気が生み出した虚構なのか──純粋なホラーとも異なる印象の『遺愛』。海外の映画祭では観客から「ホラーの定義を変える」と称賛されている。

酒井善三監督と大森時生プロデューサーは、親子や介護を題材にした本作で、どんな恐怖を描こうとしたのか。二人の対談を通じて、映画が放つ不思議な感触に迫っていく。

取材/文:フガクラ 編集:恩田雄多(KAI-YOU)

目次

  1. 呪われる側より、自分が呪う側だと思い込んでいる人が怖い
  2. 介護を取り巻く“誰も責められない”構造とその恐怖
  3. 慈愛にも悪意にも満ちた表情、ホラーだから描ける不安な世界
  4. ホラーは加害的なのか? 『遺愛』にも誰かにとって不愉快な表現はある
  5. フィクションで人の価値観は揺らがない──それでもホラーが求められる理由
  6. ホラーはジャンルとして定着「みんなで健康にやっていきたい」
  7. 『遺愛』は10人が観て全員が良いと言う作品ではないけど……

呪われる側より、自分が呪う側だと思い込んでいる人が怖い

──最初に、映画『遺愛』の制作に至るまでの背景をうかがえればと思います。

大森時生 企画の立ち上げ自体は2024年の3月末あたりですね。以前から酒井さんとは「このテープ持ってないですか?」や「SIX HACK」、Aマッソのライブ「滑稽」の制作でお世話になっていました。今回、映画作品のプロデューサーをつとめるにあたって、酒井さんにお声がけして企画が動いた、という形です。

酒井善三 大森さんがプロデューサー、自分が監督をつとめた『フィクショナル』というドラマがあって、その制作と『遺愛』の企画がほとんど並行して進行していきました。

映画『遺愛』ポスタービジュアル

映画『遺愛』ポスタービジュアル

大森時生 もともと僕は、酒井監督の短編映画『カウンセラー』という作品を観て、とても面白いと思ったんです。そもそもの出会いも、『カウンセラー』の舞台挨拶付き上映で、その時にお話したのがきっかけでした。

そのため僕個人としては、酒井さんは“映画の人”という意識があって。いわゆるフェイクドキュメンタリー的な手法ではない、ストレートなフィクションの映画作品を一緒につくるチャンスをずっとうかがっていたんです。だから、今回はようやくその願いが叶った気持ちです。

──本作『遺愛』は、父の死を機に実家に戻り、認知症の母の介護をはじめた佳奈という女性が主人公のホラー作品です。ホラー映画をつくるにあたって、“介護”という一見すると遠いテーマを選んだのはなぜだったのでしょうか?

大森時生 自分がプロデューサー、酒井さんが監督という座組みで企画が決まった後、僕と酒井さんでブレストしながらテーマを決めていきました。その頃、僕が興味を持っていたのが親子というテーマだったんです。

ちょうど酒井さんから、「呪われる側より、自分が呪う側だと思い込んでいる人のほうが怖いのではないか」という話をいただきまして。そこから介護というテーマ設定が固まっていきました。

山下リオさん演じる藤井佳奈。父の死をきっかけに母の介護をはじめたが、次第に周囲で起こる異変によって追い詰められていく

山下リオさん演じる藤井佳奈。父の死をきっかけに母の介護をはじめたが、次第に周囲で起こる異変によって追い詰められていく

酒井善三 ホラー作品は被害者を中心に描かれることが多いですよね。だからこそ、そうじゃない展開の映画をつくりたかったんです。つまり、加害者側の恐怖というか……インターネットの炎上騒動などを見ていると、自分が被害者になるよりも、加害者になる恐怖のほうが、実はリアルなことが多いと思うんです

ただ、主人公が能動的に他人を呪うような映画ではなく、「良かれと思ったことが、実は相手に加害を及ぼしているのかもしれない」というバランスを大事にしたかった。そうした中で、大森さんが興味を持っていた親子というテーマとの相性の良さもあって、介護というモチーフを提案しました。

酒井善三監督

酒井善三監督

──大森さんが親子という題材に興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか?

大森時生 過去に読んだ『母という呪縛 娘という牢獄』という教育虐待のルポルタージュの影響が強いと思います。医学部受験を強要させられた娘が、最終的には母親を殺すところまで追い詰められてしまうという実際の事件を追ったノンフィクションです。

母という呪縛 娘という牢獄

『母という呪縛 娘という牢獄』Via Amazon

大森時生 母親が受験を頑張ってほしいと思うのは、本来、娘に不自由のない人生を送ってほしいと思ったことがきっかけのはずなのに、それがかえって不幸な結末を引き起こしてしまう。

愛なのか呪いなのかわからない状況が生まれるのは、親子だからこそ起こるものだと思うんです。『遺愛』の企画会議の際も、その本が念頭にあった気がしますね。

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