インディーゲーム、VTuber、TRPG…新世紀を切り開く「同人」という魔法
2021.01.27
ミームが、変異を起こす瞬間。
日本のアニメが、なぜシンセウェイヴなどの音楽と合流していったのか。
亡霊がインターネットを徘徊している。ミームという亡霊が。
ミーム。進化生物学者リチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』(1976)のなかで提唱した概念。人から人へと情報や概念を伝達していく自己複製子。ただし現在では、ミームという概念自体が変異を重ね、ネット上に遍在するインターネット・ミームのような概念を生み出すに至っている。
すなわち、さながらウィルスの如く(はたまた呪いの如く)模倣と変異を繰り返しながらネットの海を回遊=伝染していくミームの存在。それは、姿が消えたと思えば、まったく別の場所に幽霊の如く回帰したり、伝達の過程で情報に誤配が生じ、元とはまったく別様の形で受容されたりもする。遺伝子と同様、ミームも変異し、そして進化を遂げていく。
この記事では、ミームそれ自体ではなく、ミームが変容するプロセスに注目する。ミームはある閾値を越えると変異を引き起こすが、それがもっとも顕著に現れるのがミームが異なる文化圏や言語圏に移植されたときだ。そこでは、ミームの受容のあり方に根本的な変化が起こるケースが往々にして見られる。
目次
- 「クマー」はいかにして言語の境界を越えたか
- VTuberの派生キャラが、野球帽で踊るアヒルに転生していった過程
- 声と映像を切り離すことで花開いたAMV文化
- 作品から切り離される視覚的要素──脱文脈化を伴った消費
- シンセウェイヴ、フューチャーファンクにも波及したAMVのサンプリング手法
- 海外作画ファンにおける文脈の解体と再構築を伴うデータベース消費
- 日本語圏のMAD文化と英語圏のYTPMVとの相互干渉
- 箱庭のような空間世界「私的オールスター」
- ミームは言語やプラットフォームの壁を越えて
一例を挙げよう。かつて匿名掲示板2ちゃんねる(現5ちゃんねる)でお馴染みだった「クマー」のAAをご存知だろうか。スレッド内の釣りレスに対して、「そんな餌に俺様が釣られクマー」と言いながら釣られている、二本足で歩く愛くるしい(?)クマのAAのことである。
一方で、「クマー」は英語圏の匿名掲示板では「小児性愛者」のイコンとして悪名を馳せている。元の「クマー」とはまったく関係のないように思われる文脈が新たに付け加えられているのだ。
なぜこのようなことが起こったのか。変異のきっかけとなったのは「言語」である。
一説によれば、二本足歩行を意味する'bipedal'(pedo)とクマを意味する'bear'を組み合わせた表記'pedobear'(ペドベアー)が小児性愛を意味する'pedophilia'(ペドフィリア)と語感が似ていることに因るという(もっとも、この説は奇妙なことに日本語圏のインターネットでしか見受けられず、また英語圏のTwitterでは、この説は「日本人による不可解な誤解の産物」という指摘もある※1。もしかしたら、ここでもまた「誤配」が生じているのかもしれない)。
ともあれ、「クマー」は言語の境界を越えることで、文脈に突然変異が発生した興味深い実例のひとつである。
※1:https://twitter.com/DistantValhalla/status/1361817140387528709
最近の例でいえば、スバルドダックのケースもある。スバルドダックとは、ホロライブ所属のVTuber・大空スバルの派生キャラクターである。これは、大空スバルのASMRのささやき声が、どうしてもドナルドダックのような声になってしまう※2、というネタから生み出されたアヒルのファンアート/マスコットキャラクターだった。
だが、2021年3月13日、ツイッターユーザーの@KS_wktkが、大空スバルとスバルドダックが踊っている手描きGIFアニメのファンアートを投稿したところ、これがバズり、海外圏にまで広く知れ渡るようになる(ホロライブはもともと海外のファン層が厚い、という事情も下地にあったのだろう)。
#プロテインザスバル pic.twitter.com/PmReke4QB7
— 鈴木 健太 / Suzuki Kenta (@KS_wktk) March 13, 2021
これが転機だった。4月になると、Outkastの「Hey Ya!」に合わせてスバルドダックが踊る動画がYouTubeに投稿され、現在までに440万回以上再生されるほどのヒットを記録する。
この頃になるとスバルドダックは'Shuba Duck'、 'Dancing Duck'として独り歩きをはじめ、Redditで多数のイメージマクロ(画像とテキストを組み合わせたミーム)や派生ミームがつくられるに至っていた※3。やがてスバルドダックは大空スバルから切り離されて、それ単体として受容されるようになる。
つまり、大空スバルもVTuberも知らない層が、野球帽を被って踊るアヒルのキャラクターとして'Shuba Duck'のミームを受容/消費するという光景が立ち現れたのだった※4。そして遂に、2021年5月21日、ケンタッキーフライドチキンのTwitter公式アカウント(スペイン)がスバルドダックのアニメーション動画を投稿するにまで至る。この動画は、この記事の執筆時点で280万回も再生されている。
hoy se come kfc 😎 pic.twitter.com/BrQ9JQj9GL
— KFC (@KFC_ES) May 21, 2021
スバルドダックのミームは、海外圏に伝播していく過程で、元ネタであるVTuberや大空スバルといった文脈から離脱していき、変容を繰り返しながらそれ独自の文脈を獲得していった。ことほど左様に、ミームは異なる文化圏や言語圏に移植されると、「脱文脈化」という現象が起こるのである。
この「脱文脈化」という現象について、もう少し広いパースペクティブから考えてみたい。次に取り上げるのは、ミームではなくアニメーション、とりわけ日本アニメの海外受容である。
※2:https://www.youtube.com/watch?v=Xf5NVgE-fpg
※3:https://knowyourmeme.com/memes/shuba-duck-dancing-duck-oozora-subaru
※4:この点については桐生ココもREDDIT SHITPOST REVIEWの中で解説している。https://www.youtube.com/watch?v=jw35vumOTm0
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