VTuber文化がタイで花開いた──黎明期から関わる日本人が語ったタイの文化事情
2023.12.16
極彩色の仮想空間を、ピエロの衣装を着た少女が必死に逃走を続ける。彼女の眼前には出口へと続く扉が現れるが、その先にあるものは「デジャヴ」、あるいは広大無辺な「空虚」の世界だ。
2023年10月にYouTube上にて公開された、ゲームソフト空間に閉じ込められてしまった記憶喪失の少女、ポムニの脱出劇を描いたホラーコメディ3DCGアニメーション『The Amazing Digital Circus』(アメイジング・デジタル・サーカス)のパイロットムービーは、公開からわずか数ヶ月で2.5億回再生を記録した。
制作を手掛けたのは『Murder Drones』などで有名な3Dアニメーション会社グリッチ・プロダクションズと、YouTubeで活躍するマルチクリエイターGooseworxのタッグ。横スクロールアクションゲームに隠された闇の裏側を描く『Little Runmo』や、THALASINという謎の精神薬を題材にした『BLUE_CHANNEL: THALASIN』などのバイラルヒットを世に送り出してきたGooseworxだが、今作は彼女にとっても代表作となったことは間違いない。
本稿の前半では制作に携わったYouTubeアニメーションの旗手であるグリッチ・プロダクションズとGooseworxの概要に触れた後、後半ではGooseworxの『BLUE_CHANNEL: THALASIN』が属するYouTube時代のホラージャンルである“アナログ・ホラー”について解説していく。
『アメイジング・デジタル・サーカス』の物語にも共鳴する要素の多いアナログ・ホラーとは一体どのようなジャンルなのか、そこではどのような異形の恐怖が語られているのか。
あるいは、1990年代末に『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』のヒットにより流行した、発掘された映像を題材にした“ファウンド・フッテージ”ものの流れを汲むスタイルとしてもアナログ・ホラーは注目されている。しかし一方で、動画プラットフォームが日常のあらゆる時間に深く根付いた昨今、その表現方法は明確な変容を遂げていると言ってもいいだろう。
それを紐解いていくことで見えてくるのは、改竄される記憶、デジャヴと空虚、そして絶対的な出口が存在しないという永遠に続く不安症状とある種の希望だ。
目次
- マリオの二次創作アニメを出自に持つグリッチ・プロダクションズ
- YouTube時代の放送事故ホラー“アナログ・ホラー”
- 公共性+電波ジャック的なGooseworxのアナログ・ホラー『BLUE_CHANNEL』
- 国内のアナログ・ホラー的作品──『日本国尊厳維持局』から『祓除』まで
- テレビのザッピング、幼少期の曖昧な記憶──差し込まれるデジャヴ
- 完全な外部 クトゥルフ神話との類似性
- “アナログ・ホラー”とも異なるゲーム空間をモチーフにした『アメイジング・デジタル・サーカス』
- デジャヴと完全な外部の包摂──『アメイジング・デジタル・サーカス』が示す、アナログ・ホラーのその先
- おわりに 絶望に似たシニカルな希望の出口扉
アニメーション制作を担当したグリッチ・プロダクションズは設立からわずか7年にも満たない新興の会社だが、そもそもなぜ『アメイジング・デジタル・サーカス』はYouTubeという場を舞台に、これほどまでに大掛かりな3Dアニメーションを上映することができたのだろうか?
そこには本作のアニメーション制作スタジオであるグリッチ・プロダクションズの出自が関係している。
この会社の原型となったのは、とある一人の少年が開設したYouTubeチャンネルだった。2011年、当時13歳だったアジア系オーストラリア人のルーク・ラードウィチャグルはYouTubeチャンネル『SMG4』を立ち上げる。当初は「スーパーマリオ64」のゲーム映像をキャプチャし、キャラクター同士の会話シーンにシュールかつ過激な字幕をつけた二次創作アニメーション映像を多数投稿する、いわゆる「子供が趣味の映像をアップするだけのチャンネル」といった域を出ないものだった。
こうしたゲーム素材を用いて映像作品を制作するスタイルは『SMG4』特有のものというわけではない。日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、『HALO』シリーズや『Battlefield』シリーズといった人気FPSゲームや『Minecraft』などのプレイ画面を編集し、別の映像作品をつくり出す“マシニマ”と呼ばれる映像ジャンルは、海外のゲーマーを中心に根強い支持がある。
こうした3DCGゲームはゲームプレイ中のカメラ視点をスクリプトで操作出来るため、キャラクターの動きに合わせてカメラを切り替え、自分なりの演出を加えながら録画ができる。撮影した一連の素材をBGMや音声と共に編集すれば、さながら一本の映画のような作品をつくり出すことが可能だ。初期『SMG4』は、マシニマが産んだ映像手法のバリエーションとも考えられるだろう。
さらに2010年代前半は英語圏の手書きインディーアニメシーンにおいても、ゲームキャラクターのパロディアニメを数多く投稿し人気を得た『TerminalMontage』や『Egoraptor』、ネットミームを交えたシュールなアニメーションチャンネルの『Sr Pelo』といったインターネットカルチャーとの親和性が高いチャンネルが次々と登場し、活動の勢いを増していく時期でもあった。
ルークは徐々に編集技術を向上させ、さらに独自の世界観やキャラクター設定を増やしていくと、映像は単なる悪ふざけから物語性を携えた大掛かりな長編シリーズへと展開し人気チャンネルへと成長していく。
『SMG4』は登録者数の拡大に伴い、チャンネルの本格的なビジネス化へと方向へ舵を切ると、2017年5月には現在のグリッチ・プロダクションズの原型であるオリジナル3DCGアニメ制作を主軸とするアニメスタジオ「Glitchy Boy」の設立を発表する。
同社はe-Sportsが爆発的に普及した未来世界を描く『META RUNNER』やSMG4シリーズに登場したメギー・スプレッツァーのスピンオフシリーズ『Sunset Paradise』といった作品を相次いでヒットさせる。そして次なるステージとして、グリッチ・プロダクションズは他のYouTubeインディーアニメーターたちとのコラボレーション活動を進めていくこととなる。
最初に白羽の矢が立ったのが、カルト的人気を誇るインディーYouTubeアニメ『CliffSide』の作者であるLiam Vickersだ。彼とグリッチ・プロダクションズはタッグを組み、人類滅亡後の世界を生きる作業用ドローンたちのポストアポカリプスストーリー『MURDER DRONES』を発表。
そして次なるコラボ相手として選ばれたのが、2019年に『Little Runmo』をバイラルヒットさせたマルチクリエイターのGooseworxだった。
『Little Runmo』はスーパーマリオブラザーズを思わせる横スクロールアクションゲームの主人公・Runmoがフィールドの地下世界へと降りていくと、ゲーム世界の恐ろしい真実を知ってしまうというホラー風アニメーションだ。
元々マリオの二次創作チャンネルから開始したグリッチ・プロダクションズは、Gooseworxのシニカルなゲーム的世界観に共鳴するところが多かったのだろう。こうした両者のゲームのメタ性に着目する作風は『アメイジング・デジタル・サーカス』の根幹に引き継がれている。
また、英語圏のYouTube発信のアニメ作品は近年特に影響力を増している。例えば2019年にGooseworxが音楽で参加していた大人向けホラーカートゥーン作品『Hazbin Hotel』(ハズビン・ホテル)は9200万回もの再生数を記録し、2024年には『ミッドサマー』などを手がけるA24制作によるテレビシリーズの配信も決定するなど、市場が十分に成熟してきていることもヒットにつながった大きな点として挙げられるだろう。
アナログ・ホラーは2000年代後半から2010年代前半にかけてネット上で流行し始めたホラーのサブジャンルだ。映像の特徴として70〜90年代近くにテレビで放送されていたかのような不気味な放送事故映像というものだ。
こうしたモキュメンタリーの手法とビデオテープ映像の質感を絡めたホラー作品というと『ブレアウィッチ・プロジェクト』や『REC/レック』シリーズといったいわゆる“ファウンド・フッテージ”ものとの類似性が挙げられるが、それらの先行作品に対してアナログ・ホラーは「公共性」と「電波ジャック」という点においてスタイルを異にする。
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