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  • 2024.01.16

MCバトルは物語なのか? MOL53 vs だーひー戦で「KOK2023」が選んだヒップホップの姿

1月8日に行われた、日本一のMCを決めるフリースタイルMCバトル「KOK」の2023年度 FINAL。

ラッパー・小説家のハハノシキュウが目撃したその全容とは? 全試合を振り返って解説・レポートする。

MCバトルは物語なのか? MOL53 vs だーひー戦で「KOK2023」が選んだヒップホップの姿

クリエイター

この記事の制作者たち

レースじゃないからゴールはないさISSUGI & DJ SHOE『Both Banks』

終わらせてもらえない連載漫画の中に閉じ込められたような気分になることがある

作者が自意識を失い、編集の意見に従う。

編集は編集で売り上げを第一に考えていて、これが誰の物語なのか見失いそうになる。

売れた漫画はなかなか終わらせてもらえない。そうなると物語は作者の意図や作家性を飛び越えて、数え切れない関係者とつくり上げていく共同作品のようなものにすり替わっていく。そうなると複合的な責任が生まれ、より一層終われなくなる。

MCバトルという文化ははっきり言って「漫画の世界を現実に落とし込んだものだ」と僕は思う

そして、今はストーリーのマンネリを読者に指摘されながら、それでも試行錯誤を繰り返しながら続きが描かれている。

MCバトルには「観客が一番面白いと思うストーリーを選択していく」という趣きがある。スポーツのように明確な数値で測れないものであるからこそ、漫画の展開に読者が口出しをするような不確かなパワーが宿っている。

僕は『名探偵コナン』や『金田一少年の事件簿』なんかを読んでいると、事件の論理性よりも「この人が犯人だったら一番驚くだろうな」という視点で推理してしまったりする。ロジック派の人はこの読み方が気に入らないと思う。

MCバトルを観戦していると「この人が優勝したら一番面白い」という観点で声を上げてしまう人は少なくないだろう。だけど、この見方は誤審を生みやすいし、それを指摘するのはやはりミスリードに騙されないロジック派の人間だと言える。

MCバトルというのは受け手がこれまでに読んできた物語経験によって左右されている。それだけ僕らは日常的に様々な物語のコード進行を体感して生きている。だからこそ、物語の展開にうるさい人間が多いし、逆に強すぎる主人公補正に辟易している人もいる。

完全に僕の「好み」に乗っ取った意見だが「MCバトルは日本のサブカルチャーのおさらいみたいな側面もある」なんて思ったりする。

16人全員主人公 ハハノシキュウが目撃した「KOK2023」FINAL

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ハハノシキュウ

さて、今回は「KOK2023」(KING OF KINGS 2023 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL)というMCバトルの日本一を決める大会について書かせてもらう。

最初に総評を言ってしまえば「豊洲PITでできることのMAXはやり切ったんじゃないだろうか」というくらいに盛り上がった大会だった。

つらつらと前置きをさせてもらったが、実のところKOK2023においてその前置きはほとんど意味を持たない。

その理由は出場MC16人を見てもらえればわかると思う。

要するに全員主人公なのだ。

「KOK2023」(KING OF KINGS 2023 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL)出場MC

「KOK2023」(KING OF KINGS 2023 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL)出場MC

トーナメントを組んだ時に「何人かは100%優勝できない人がいる」なんて思うことが正直に言うと多い。

しかしながら今回はそれがない。

それどころか誰か一人を主人公に置いて、3000人で一つのカーソルを追うような見方も試合前から決められない。

例えば、2020年の鎮座DOPENESS

例えば、2021年のFORK

密着『KOK2021』MCバトルの舞台裏 優勝のFORK「震える、何回やっても」

僕らは否応なくカーソルの共有を受け入れ、同じストーリーを見てきた。

ところが、今回に関してはその視点がバラけるのだ。

だからこそトーナメントが進むにつれて、そのバラけた視点が徐々に収束していく群像劇のストーリーをページをめくるたびに共有するしかない。そういう意味では戦極の15章を彷彿させるものもある。(後から数えてみて驚いたが16人中10人が「戦極15章」に出ていた)

MCバトルという文化ははっきり言って「漫画の世界を現実に落とし込んだものだ」と僕は思う。

ここまで明言しておきながらも、僕は全くもって正反対の結論を出すことになった。

MCバトルは漫画ではない

1回戦第1試合 SAM vs 裂固(NAOtheLAIZA STAGE)

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SAM(戦極MC BATTLE 代表) vs 裂固(2022年度 KOK王者)

初戦からSAM裂固の組み合わせ。

俗っぽい表現になってしまうが主人公対決である。俗っぽいと言いつつ、最初にその俗説を唱えたのは2016年の僕自身だ。今では誰も知らないことだけど。
 
SAMくんのバトルの強さには賛否両論がある。それは本人もよくわかっている。

この記事を読んでいる人の中には、UMB2023の本戦を観ていない人も多いと思うが、SAMくんはUMBで自分の背負っている十字架と100%向き合っている

再延長の末、GOTITさんに負けてしまったが、あの日のSAMくんを否定する人はほとんどいないと思う。

そういう意味でこの日のSAMくんがUMBの時以上の自己批評と気合いを持っていたなら優勝の望みは手に余るほどあると僕は思っていた。しかも、SAMくんが優勝したとして誰も文句を言わないような優勝だ。

対して裂固くんは言わずもがなの前回王者だ。

去年の決勝戦のビートを使ったHIKIGANE SOUND feat 伝説建設の楽曲「サンクチュアリ」が文字通りバトルを建設的なものにしていた。

HIKIGANE SOUND feat 伝説建設「サンクチュアリ」

耳の早いヘッズなら「サンクチュアリ」を聴いてこう思ったはずだ。

裂固のラップがここにきて化け始めている

バトルの延長線上にあるようなラップではなく、楽曲としてのラップの可能性が見える発声とフロウに着手していたのだ。

この日の観客がそこに着眼していたとはさすがに言えないが、KOKを2連覇した後に新しい裂固が活躍するような期待感が幾分か上乗せされていたように僕は感じた。

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2人の試合の前半はオーソドックスな韻の踏み合いだった。

そんな中で試合に変化を与えたのがSAMの「短いワードで韻は硬いけど、高ラの時から進化がない」というラインだった。

対する裂固は即座に16分音符をビートにはめ込んで韻だけじゃないことを提示する。

シーソーゲームになるようにSAMも16分音符を交えてアンサーを返すが、この時にほぼ全て“a”の母音を使用するという一段階上の技法でマウントを取る。

この攻防によって甲乙がつけがたいまま、後攻の裂固が綺麗に脚韻で試合を締める。

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いち観客として「延長だな」という感想が最初に浮かんだ。

予想通り観客の判定は綺麗に割れた。

後攻の方がアドバンテージを持っているという部分でわずかに裂固の勝利になりそうな空気感があったが、それは逆説的に先攻でも大差をつけさせなかったSAMのポイントとも言える。

審査員の票が割れるだろうと思いながらステージを観ると、意外にも判定は一発で裂固の勝利を告げた。

裂固 vs SAM:KING OF KINGS 2023 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL

結果から逆算して言語化するなら、明暗を分けた理由は、裂固が韻だけじゃないことに説得力があったのと、SAMがUMBの時の自分を越えられなかったことにあると言える。と言っても審査員はおそらくUMBを観ていないから、各々が一番強い時のSAMと比べてしまったのかもしれない。

1回戦第2試合 CHICO CARLITO vs 句潤(MatildA STAGE)

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CHICO CARLITO(KING OF KINGS vs 真ADRENALINE 代表) vs 句潤(ENTA DA STAGE 代表)

人にはそれぞれ「勝ち印象」「負け印象」のようなものがあるが、句潤さんに関しては「あの時、負けてたな」って印象が全くない。

勝ってる姿しか想像できないMCの一人だと思う。

対してCHICOは惜しいところで優勝を逃しているイメージが去年から続いている。SASUKEで言うならファイナルステージのゴールまで小指一本分届かない場面が多い。

特に「KING OF KINGS vs 真ADRENALINE #5」での晋平太戦は優勝でも全然おかしくなかったのを覚えている。だから、晋平さんに代わっての出場というのは僕の中では全く異論がない。

【決勝戦】晋平太 vs CHICO CARLITO / KING OF KINGS vs 真ADRENALINE 2023.07.14

試合が始まってみれば、CHICO CARLITOの緊張が伝わってくる滑り出しだった。言葉一つ一つのチョイス、リリックの精度に関しては全く申し分ないと言えた。しかしながら、ビートに対して少し粗い印象があった。

どうしてそう感じたかと言うと、後攻の句潤さんが相変わらずの安定感でブレのないパフォーマンスをしていたからだ。

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緊張による心身の堅さがハンデになってしまった時の打開策は大きく分けて2つある。

一つ目は緊張を克服して覚醒すること

もう一つはアンサーに徹すること

即興でしかあり得ないアンサーに重きを置いたバトル展開なら、多少のラップの精度など気にならなくなるからだ。

この試合において、CHICO CARLITOは後者の戦い方が上手くハマったと思う。

中指のその向こう側に行く、でもクソな政治家にファックサイン、プラス一本してピースサイン」というCHICO CARLITOのラインに対して句潤さんが「俺、薬指にゴールド光るぜリング」と返す。

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これに上乗せするようにCHICOは「やっぱ句潤さんいいね立てる親指、でこのビート取った方が俺たちでリリースするって約束の小指」と綺麗に締める。

句潤さんは指の話が終わったからなのか、頭の話に移行して王冠を被るとアンサーを返しつつ持ち前の安定感を維持していた。

観客の判定はCHICO CARLITOだったが、審査員の票が割れたため延長に突入。

プレイヤー目線だとCHICO CARLITOの緊張感からくる荒さが気になったのかもしれない。

そもそも、句潤さんの一番の強さは基本的に減点するところがないという点に尽きる。

延長では、ビートの静けさもあいまって見守るようなバトルになった。

試合が動いたのはCHICOの「セッションしたいって言ったりバトルって言ったり空回ってるのはどっちだよ」という指摘からだろう。

同時にこれが決定打になったと言ってもいい。

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なぜ決定打になったかというと句潤さんの4バース目が詩的過ぎて、脊髄反射的に盛り上がれる内容ではなかったからだ。

音楽は十人十色、ビート一つ一つに心がある」「だからビートの顔があり、喜怒哀楽、言葉があり

個人的にこの8小節は非常に「好み」だったが、いわゆるバトルとして「俺はお前より優れてる」「お前の言ったことより俺の方が正しい」みたいな優劣を見せるものではなかった。そのため勝負事としての加点を得られなかったことがこの試合の雲行きを暗示したと言える。

延長前を含めて勝負を決めたのはCHICO CARLITOの言葉遊びが光っていたところだろう。

ラストバースの「噛み合わせが悪いなら歯医者に行けよ、勝者は俺になる」というラインでその言葉通りの結果となった。

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