ハハノシキュウが看破した「戦極MCBATTLE」違和感の正体 革命は成っていた
2019.09.25
母親が「水素水」にどハマりしていた。
頭の良くなるCDとか送ってくる人だから「まあ、平常運転だな」と油断していたら「お風呂のお湯も水素水にしたのよ」と聞いてそれはさすがに少し引いた。
さらには墓参りで墓を洗う水まで「水素水」だったりして、息子としてはもう笑うしかない。
実家に帰省したタイミングでたまたま慢性鼻炎が悪化した。ポララミンとかタリオンじゃどうにもならなくて母親にオススメの病院を聞いたらこんな返事が返ってきた。
「病院行ったこどねぇはんでわがりません」
結局、僕はネットで適当に調べた耳鼻科に行ってナゾネックスを処方してもらった。昔からどうもナゾネックスが好きじゃないのだけど、仕方なく点鼻する。
点鼻する時に空を仰ぐと、そこには何故か母親の顔が浮かんだ。
「病院行く必要がないくらい健康なのか……」
もしかして、水素水のおかげでは?
いやいや、それはない。
僕は信じられないものを「水素水」と呼んでいた。
「MCバトルの激励会しましょう!」
学生時代の僕に言っても絶対に信じてもらえないと思うが、敬愛する小説家・佐藤友哉先生からこんなメールが届いた。
9月15日に戦極MC BATTLE 20章の本戦があり、僕はユヤタン先生を招待していたのだ。
「皇居と平将門の首塚に行きましょう!」
ユヤタン先生は僕のためにパワースポットを巡る段取りをしてくれた。
皇居周辺で一通りの祈りを終えた僕は、ユヤタン先生と一緒に軽くお酒を呑み交わした。こんな一介のラッパー兼新人小説家に優しくしてくれるなんて神様のような人だ!と思いながらも僕はこの大先生を前に「MCバトルはクソなんすよ」とか大言壮語を吐いていた。
マジであの日に戻って自分を殴りたい。
「優勝とか意味ないんすよ、あんなの」
僕はハライチの岩井勇気の如く腐っていた。
「優勝」なんて信じていなかった。
すると、ユヤタン先生は「いや、優勝しなさいよ!」とガチのトーンで言った後、創作の先輩として非常にためになるお説教をしてくれた。(ためになりすぎて、言語化出来ない)
業界は違えど、周りを出し抜く残酷さにおいてキャリアの長い人は思惟が深いんだと思った。
だから、僕はガチのトーンでこう言った。
「わかりました。絶対に優勝します」
僕の中の「水」は熱くなっていた。
僕は朝八時だと言うのに八王子駅にいた。
戦極MC BATTLEの前日だと言うのに富士急行の河口湖行きに乗ろうとしていた。
先週、ユヤタン先生にはこう言われた。
「絶対、樹海やめた方がいいよー。皇居と平将門からもらったパワーがオジャンになっちゃうって」
「いやぁ、そうなんすけど、この日しかスケジュールがとれなくて」
僕はMizarry Psycho FreaxxxのDamien Collaonaに客演で呼ばれ「樹海」という曲を作った。
その「樹海」のMVを撮影するため、実際に富士の樹海に行くという運びになっていたのだ。
八王子駅で、Damien Collaonaと合流し、狩谷赤人とM1NAZUK1の二人を待つ。
この「樹海」は4MCの曲なのだ。
思ったよりも樹海が遠いため、もやしっ子の僕は体力的に大丈夫か心配になった。
「ウチ、昨日から寝てないんすわ」
しかし、M1NAZUK1がそう言うもんだからきっちり寝てきた僕に文句を言う筋合いなどなかった。
結果として、朝八時集合で、解散したのは夜の十時だった。
撮影の合間、作業着を着たオジサン数人が気怠そうに雑木林に入っていくのを見た。死体の回収か何かだろうと空気感で察した。
もの哀しさと、億劫さと、慣れ。この三つが共存しているような態度だった。
風穴や氷穴を普通の観光客のように巡って、僕らは雑巾のように疲れていた。
疲れすぎてDamien Collaonaと軽く喧嘩してしまったくらいだ。(和解済み)
撮影はなんとか無事に終わり、僕は始めたばかりのインスタに写真を投稿しまくって翌日の戦極へのモチベーションを上げていた。
帰り際、駅のホームで僕は三人に手を振りながらこう言った。
「絶対、明日の戦極で優勝するわ」
僕の中の「水」は一層熱くなっていた。
戦極MC BATTLE 20章の本戦当日である。
僕は東北・北海道予選で優勝したため、シードをもらっていた。
僕は「優勝」を信じていた。
もしかしたら、信じすぎていたのかもしれない。
しかし、シード下から上がってきたAmaterasに呆気なく負けてしまった。
やけに背中が痛い。
39℃の高熱が出て、ナメック星に向かう途中の悟空のように身体が重い。
ロープで軽トラを引っ張るような足取りで病院に行くも「高熱の原因がわかりませんね」と言われる。どうやら風邪ではないらしい。
軽トラを引っ張って帰宅した僕は解熱剤を飲んで丸一日寝ていた。僕の中の「水」は熱を浴び続け、汗だくのTシャツを着替えた回数は5回を超えた。
夜になってようやく熱が下がり始める。
しかし、背中はずっと痛い。
背筋を使って軽トラを引っ張ってきたみたいに。
「お祓い行けば?」
妻の一言で、僕は事態を察した。
神社に出向き“障除け”を体験する。
僕の想像に反して当日予約無しでも快く引き受けてくれるものらしい。
予約してない神社の方が、予約した病院よりも早く名前を呼ばれた。
5千円を払って、神主の前に座る。
「先週、富士の樹海に行って」
と事情を説明すると神主は「なるほど」と慣れたように受け取った。こういう案件は割と多いのだろう。
障除けはヒップホップイベントの三部ショーケースみたいに二十分くらいで終わった。異国の言葉でラップを聴かされ続けたような感じだ。
僕には霊感というやつが全くない。
心霊写真とか呪いのビデオとかあの手のものは何処がおかしいのか発見できず、スロー再生や赤マルで囲まれた拡大図を何度観せられてもピンとこない。
多分、霊感がないというよりは洞察力が低いのだと思う。
サイゼリヤの間違い探しも苦手だ。
もしかしたら、障除けをしてもらっている間もスカイフィッシュの如く、見えない何かが右往左往して蠢いていたのかもしれない。
しかしながら、この障除けには5千円の価値があった。
身体から何か熱を帯びたものが流れ出たような感覚があった。
そして、背中の痛みが消えた。
またバスケができる。スラムダンクの如く、僕はそう思った。
しかし「優勝」はもう目の前にはなかった。
水素水を温めたものの呼び名について考えている。
19世紀初頭まで「熱素(カロリック)」という目に見えず重さのない熱の流体があり、流れ込んだ物体は温度が上がり、流れ出して減れば冷える、とするカロリック説なるものが信じられていたらしい。
つまり僕に取り憑いた悪霊の正体は「熱素(カロリック)」なのでは?という可能性が浮上したのだ。
ユヤタン先生に喝を入れられた時、僕の身体に「熱素(カロリック)」が入り込んだとする。それが樹海で温度を上げ、戦極が終わっても身体から流れ出てくれず、最終的に発熱を起こしたのではないだろうか?
僕は「優勝」を信じてなかった。
僕は信じられないものを「水素水」と呼んでいた。
しかし、「優勝」を信じたことで「水素水」が温まった。
「優勝」が熱を帯びたのだ。
これが僕の身体に変化をもたらしたわけだ。
「水素水」を温めたものの呼び名、それが僕の病名だったのだ。
「熱素(カロリック)」による発熱。
すなわち「熱素熱」だ。
「熱素熱」に倒れるまでは(今年の)MCバトルの勝率がそこそこ高かった。
優勝(自分が優勝すると信じていないメンタリティーでの優勝だったが)もしたし、ベスト4も数回あった。
ところが「熱素熱」以降、Amaterasとの試合を筆頭にほぼ全ての試合で負けている。
「戦極BATTLE TOWERⅡ」を筆頭に今年の下半期は散々だった。
むしろ、今年の上半期は今までで一番バトルが勝ちやすかった。天国だった。
対して、今年の下半期は今までで一番バトルが勝てなかった。地獄だった。
この真ん中に位置する三途が「熱素熱」なのはどうやら間違いなさそうだ。
この日はCORE FESTIVAL ×凱旋MC BATTLEというイベントがあった。
さすがにギアを切り替えないと不味いと思い、自分を乗り越えるために発起したつもりだった。
結果から言うと、ここでも勝てなかった。
僕自身、別に調子が悪かったわけでもない。
凡戦をしてしまったのは認めるが、そんな簡単に負けにさせられる筋合いはないと思っていた。
単純に“何か”が足りないのだ。
勝敗の問題ではない。ステージに上に立った時、感覚的に“何か”が不足しているのがわかる。
僕はその“何か”について二つの可能性を考えている。
一つ目は“人気”だ。
これは現実的で、なおかつ残酷な答えだ。
新規のお客さんの心に僕のリリックは届かないらしい。
人気さえあれば周波数を合わせてもらえるのに。
お客さんがどんどん入れ替わっていく新陳代謝。
僕には関係のない話だと思っていたのに、遂に“関係ある”ところまで来てしまった。
きっと、人気のせいで勝てないのだ。
そして、二つ目が“水素水”だ。
「熱素熱」によって僕の中の「信じられないもの」が外へ流れ出てしまったのだ。
例えば「優勝」とか。
僕は“一度は強く信じたもの”を「水素水」と呼んでいる。
僕にとって今年最後のMCバトル。
それがこの日の『MRJ ALLSTAR EPISODE-1-』だった。
MC派遣社員くん初の大箱イベントだ。
呼ばれたからには“お仕事”としてちゃんとやる。しかしながら、僕の心はお湯を抜いた湯船のように冷たかった。
「優勝」なんか求めていない。
もっと踏み込めば「勝利」すら求めていない。
それでも僕には明確な目的があった。
「熱素熱」の後遺症を治すこと。即ち、乗り越えること。その一択だった。
要するに僕は僕の中の「何」を信じたらいいのか、それをはっきりさせないといけなかった。
発表されたトーナメント表を見る。
僕はどうやらシードらしい。
37歳の戦極MC BATTLE主催者と未だ13歳の変声期を前にした少年の戦いだ。
勝った方が僕の対戦相手だ。
みんなネタにしてるけど、僕は皮肉抜きでどちらが上がってきても負けると思っていた。それくらい自分が必要とされてない自覚があった。
正社員さんは数年に一度「正社員ブースト」がかかる時がある。例えば、UMBの予選でNAIKA MCに勝った時がそうだった。
しうたくんは長い韻で一撃必殺的なパンチラインを吐く可能性がある。人気のない僕にはそれを返す術がない。会場の空気は彼の味方のように思えて仕方がなかった。
だから、引退試合でもいいかなとすら思っていた。
正社員さんとしうたくんの試合が始まると、ようやく自分が出演者の一人だという現実味が遅れてレイドバックしてくる。
正社員さんがしうたくんに「ライム20点、フロウ15点、カリスマ性5点」と上から目線で採点するところからバトルが始まった。
後攻のしうたくんは「こいつラップ0点だろ!」の一言で正社員を軽く沈める。
ここから正社員さんが何を言っても盛り上がらない空気になる。
「次の試合でハハノシキュウさん殺すんだ!」としうたくんが意気込む。
試合はしうたくんの圧勝。
二回戦のカードは「ハハノシキュウvsしうた」に決定した。
僕の頭の中では彼が1verse目に吐いたパンチラインが反芻していた。
「公開処刑だ!!手ぇ叩け!!」
僕は手を叩けなかった。
執筆:ハハノシキュウ 編集:新見直
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