いつかスターになる可能性たちへ ハハノシキュウ「第17回高校生RAP選手権」レポート
2022.07.13
ラッパー・小説家であるハハノシキュウの、計算より“15足りない”日常を綴る日記。
禁煙のコツ、知ってますか?
クリエイター
この記事の制作者たち
『漢 a.k.a. GAMI 監修 MCバトル全書』が刊行された。
巻末の「MCバトル参戦ラッパー紹介」に僭越ながらハハノシキュウを載せていただいている。
漢さんが指名してくれたのか、その辺は正直わからないが悪い気分ではない。
僕はこの頃“市民権”みたいなものに強烈に飢えていたからだ。
「特技はありますか?」
生まれてこの方、特技なんて一つもないと思って生きてきた。
ところが最近、自分の特技と呼べる技能を偶然発見した。
「禁煙です」
学生時代、僕は一日一箱ペースでタール12mgのマルボロメンソールを吸っていた。
「俺、今日から禁煙するわ」
大学でこのセリフを何度耳にしただろうか。
どいつもこいつも「禁煙する」「禁煙する」と言って三日を待たずに挫折する。
そんな光景を横目に僕は「禁煙なんかしてやるもんか」と煙を吐いていた。
「禁煙するする言って出来ない奴」=「マジョリティー」という偏見に満ちた公式が煙と一緒に浮かんでいた。
当時「僕は君たちとは違うんだ症候群」の真っ最中だった僕は非常に悪い拗らせ方をしていた。
誰も知らないUMBやMCバトルを我が物顔で布教したりした。
しかし、誰もこのカルチャーに興味を持ってくれなかった。
こんな風に他人を見下して悦に浸ることが、のちにMCバトルで勝てなくなる原因になるとは夢にも思わなかった。(こんな僕をハブらないでくれた大学時代の友人たちに盛大なリスペクトを送りたい)
僕の人生は「なるべく頑張らない」によって形成されている。
宇多田ヒカルの歌詞で言うなら「無理はしない主義」だ。
だから、禁煙を頑張るつもりなんてさらさらなかったわけだ。
何がきっかけだったか正確に思い出せないが、とにかく僕は二十歳を過ぎてから煙草をやめた。
確か、やめられるかどうか試したくなっただけでそこまで深い理由はなかったと思う。
ただ、やめられる自信は大いにあった。
大学で禁煙に成功した奴が一人もいなかったからだ。
禁煙に失敗した側に属するくらいなら退学した方がまだマシに思えた。当時の僕はこのような角度で無駄に捻くれていた。
何も削ってないくせに尖っていた。
その年、禁煙したままライターも持たずに実家に帰ったら、なんと全く同じタイミングで父が禁煙を始めていた。
「ああ、煙草、吸いてぇじゃ」
父はそこそこヘビースモーカーだった。
確かセブンスターのカスタムライトを愛煙していた。
「おめぇも禁煙したんずな、んだば尚更、吸うわけにはいがねぇな!」
僕はこの時「これは男同士の絆だぞ!」と言われたのだと解釈していた。津軽の男児は気恥ずかしいセリフを表立って言わない人種なのだ。
もちろん、禁煙期間に煙草が吸いたくなることは多々あった。
僕は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかったと思う。
父と煙草をめぐる思い出として一番最初に思い浮かぶのは、高校に入学したばかりの四月の出来事だ。
その日、学校から自分の部屋に帰ってくると勉強机の上に灰皿が置かれていた。
テレビドラマで人を殴り殺すようなクリスタル形状の立派な灰皿だった。
灰皿の中には珈琲豆が入っていた。確か煙草の温度に珈琲豆が反応して香りが良くなるなんて父が言っていたのを思い出す。
高校一年生の僕はまだ煙草を吸っていなかった。それなのに、灰皿が置いてある。不自然だ。そもそも煙草を吸ったら怒られるんじゃないかとすら思っていた。
「あの灰皿ってさ、何?」
父にはなんとなく聞きづらくて、先に母親に質問した。
「わがんね、殿様に聞いて!」
ウチは典型的な亭主関白家庭であるため、これ以上母親から手がかりを聞き出すのは厳しそうだった。
結局、夜遅く父が仕事から帰ってきたタイミングで質問をする。
「わー、煙草吸わねぇよ?」
僕はわざと「灰皿」というワードを出さずに聞いた。
すると、父はMCバトルのような速さでこんな風に切り返した。
「おめぇが吸わねくても、けやぐ(友達)が吸うべや?おめぇ、人様の家で隠れて煙草吸って火事にしたら責任とれんのか?あ?とれねぇべよ?ウチで隠れて煙草吸われて火事にされるぐれぇなら、堂々と吸ってくれた方がまだマシだわ!だはんで、おめぇもけやぐ(友達)の家で煙草吸うんだば、絶対に灰皿使え。ジュースの空き缶とか使ったらまいはんでな?わがったか?」
僕はエミネムの対戦相手のように絶句した。
父の予言通り、僕よりも先に友人らが僕の部屋の灰皿を使い始めた。
そして、気付いた頃には僕も吸っていた。
友達ん家でオロナミンCの瓶を灰皿にしようとしている奴がいれば、全力でそれを阻止したし、火消しが甘い奴のシケモクは代わりに消してやったりした。
そんな父が煙草をやめるなんて、夢にも思わなかったため、僕は軽い気持ちで禁煙したことを少しだけ後悔した。
「男同士の絆だぞ!」と翻訳された津軽弁が頭の中を駆け巡る。
とても煙草なんて吸える感じではなかった。
のちに母親から聞いた話によると父は、個人の独断で会社の灰皿を全て撤去したらしい。
高校一年生の息子の部屋に灰皿を置いた男が数年後、こんなことをするなんて誰が予想出来ただろうか。
結局、僕はそのまま禁煙に成功し、十年近くほとんど煙を吸わずに過ごした。
「禁煙のコツは?」
僕はこう答える。
「最後の一本を吸わないことです」
前置きが長くなってしまったが、本題はここからになる。
というのも、僕は現在、煙草を吸っている。
「禁煙出来てないじゃん」
とあなたは揚げ足をとるだろう。
もう一度言おう。
「僕の特技は禁煙です」
カクニケンスケというラッパーと数年ぶりにメシを食いに行った時のことだ。
「煙草持ってない?」
僕はもらい煙草をする機会が多い。
「2年前にやめたっす」
「マジかぁ」
「ってか、シキュウさん吸ってましたっけ?」
「いや、特技が禁煙だって気付いてさ」
「どういう意味すか?」
「ストレスに耐え切れなくて、先月試しに1箱買ってみたんよ。んで、そのままずるずる4箱吸ったのね」
ストレスに耐えかねた時に煙草を吸うと、頭の側頭部のガルウィングが開いて、そこから煙が出ていくような感覚がある。
「もう、完全にニコチン依存になってるんじゃないですか?」
「それがさ、全然辛くないんだわ。好きな時に喫煙して、好きな時に禁煙できる」
「それすごいっすね」
「具体的に言うとさ、自分がどれくらいストレス溜まってるか自覚的にわかるんだわ。だから、それを沈める時に吸うって感じ」
「シキュウさん、それマジで特技っすよ、ほんと凄いっすよ」
「でしょでしょ」
「いや、禁煙じゃなくて、そのストレス溜まってる量が自分でわかる方っす」
この後カクニケンスケに言われた言葉は僕にとって青天の霹靂だった。
「ストレスって普通の人は結構我慢できるから、ストレス溜まってるって気づかなくなるんすよ。だから、身体に異常が出てからストレス溜まってたってわかるんすよ」
「え?そうなの?」
カクニケンスケの思っている「普通」と僕の「普通」のどっちが世間に近いかは知らないが、彼の言い分は僕に無い発想だった。
僕は辛いことがあればすぐに逃げ出すし、そもそもストレスが嫌だから「頑張らない」を座右の銘にしている。
努力なんか一切しない。
自分の能力で処理できることしかない。
なるべく他人を迷惑をかけないように気を付けながら自分の守備範囲は広げないで生きてきた。
睡眠を削ると一発でダメになるタイプだから、睡眠時間も死守している。
だから、3時間睡眠とかで活動している人が単純に凄いんだと思っていた。
人間、無理をしようと思えば出来てしまうものだって知らなかったのだ。無理をしたことがあんまりなかったから。
多分、一番無理をしたのが就職活動の時で「猫背を治して毎日スーツを着るのは無理」と自覚出来てからかなり人生が楽になったようにすら思える。
カクニケンスケのせいで、周りの人間が全員無理して生きてるんじゃないかとすら思えてくる。
自分のストレスに素直に付き合える諦めの早さは我ながら重宝していこうと思う。
一応、そんな僕でも「男同士の絆」みたいなものは大事にしていた。
だから、実家に帰る度にこの長髪も含めて、どことなく父親に気を遣っていた。
長髪に関しては完全に開き直って、諦めてもらったけれど「こんな息子ですみません」的な気持ちは払拭出来ない。
「小説出したんでしょ」
実家に帰省したタイミングで親戚の一人に言われた。
僕はその事実を誰にも言っていないのだが、田舎のコミュニティを侮ってはいけない。誰もが「小説家デビュー」のことを知っていて「ラッパー」という腫れ物が一瞬で引いたのが肌で分かった。
やはり「本を出す」という行為は形や内容を抜きにしても誇れることらしかった。
父には特に何も言われなかったが、僕が軽くチヤホヤされているのが満更でもない様子だった。
この飲み会の最中、僕のポケットには煙草が入っていた。
吸いたい時は吸う。
吸いたくない時は吸わない。
10年前、僕は父と共に禁煙をした。
この絆を大事にしてきた。
だから、父の前で煙草を吸うなんて有り得ない話だった。
飲み会の話題が禁煙になったため、僕は父親にこの絆の話をして分かち合おうじゃないかと思った。
「10年前に同じタイミングで禁煙したよね?」
すると父親は間髪入れずにこう言った。
「そうだっけ?」
この後、僕が外へ出て喫煙所で煙草を吸ったのは言うまでもない。
あっ、ちなみにハハノシキュウBの正体が誰かって言うと。
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