Vol.3 距離/場の革命 -拡張する現代の恋愛・仕事
2019.07.16
たとえばサーバー検索サイト・DISBOARDで「サイファー」と検索すれば、ボイスチャットを通じてフリースタイルラップを行うコミュニティがいくつも見つかるはずだ(外部リンク)。それらは主にラップスキルの研鑽を目的としていて、ラッパー志望者コミュニティというミニマムな領域に露出を留めることに、Discordサーバーを用いることの必然性があるといえるだろう。
先述のdigicoreも、Discordの気密性が築き上げたシーンだといえる。オンラインゲームを通じて知り合った音楽好きのインターネットキッズ同士が、ミームのGIF画像を送るような感覚で「悪ふざけの楽曲」を作っていくことで、これまでにないエッジーなサウンドを伴うシーンが誕生した(詳しくはfnmnlに寄稿した記事を参照していただきたい)。
筆者もフィールドワーカーとしてROM専に徹しているだけでなく、音楽批評家の集う国内外のサーバーで質問を投げるなど、その擬似的な距離の近さの恩恵を受けることは少なくない。カフェで偶然隣り合ったかのようにして親密さを醸すことができるのは(その実、何度もテキストを推敲しているのだが)、TwitterのDM機能や社会的な目に晒されるフォーラムでは難しいように感じている。
ここまで“密室”というレトリックを用いることで、Discordサーバーのもつフィジカルな側面を説明してきた。しかし当然のことではあるのだが、いくら身体的な要素を強調しようとも現実世界と異なる点がある。
社会学者の宮台真司の言葉を引くと、「インターネットにはコアーシブ(coercive=強制的)なコミュニケーションがない」(外部リンク)。すなわち、ROM専という選択が可能であるように、コミュニケーションの参与が一方的に決定できる。
改めて説明すると、サーバーとはDiscordを構成する最小単位であって、ユーザーは最大100個のサーバーに参加することができる。筆者の例でいうと50個程度のサーバーに入っているが、実は一度でも発言したことがあるのは片手に収まる程度だ。
さらに各サーバーが独自に管理するチャンネルを足すと、その密室の数は膨大なものとなる。少ないところでも10個前後、多いところでは100個以上のチャンネルが用意されている。一日中ディスプレイとにらめっこしていたとしても、全てのメッセージに目を通すことは難しい。
しかしながら、その情報の洪水はTwitterやInstagramの無限に更新されるフィードとは異なる響きをもっている。Discordに垂れ流される“とある個人の声”は、より集合的なアイデンティティをもった“とあるコミュニティの声”として響いてくる。
音楽に限らず、スニーカーについて、キャンプについて、メンタルヘルスについて……。ユーザーは嗜好の一部を切り出すようにして、その一部と合致するサーバーを選択している。特定多数の分割された自己の集合体がサーバーであり、それにより各々の声の記名性が低まった、均質性の高いコミュニティが生まれているのだ。
いうなれば、Discordは全人格的なアカウントの存在を拒んでいる。アカウントにフォロー・フォロワーの概念がなく、サーバーごとにユーザーニックネームを変更でき、Nitroに課金すればプロフィール画像も差し替えることができる。いずれのサーバーにおいても「#rules」といったチャンネルに約束事が記述され、ロール(役割)を自ら選択することができるようになっている。
Discordが他に類を見ないほど摩擦係数の低いオンライン・コミュニティを実現しているのは、その設計の上で、ユーザーの“分人的なコミット”を前提としているからであろう。
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