TV番組のスクショや切り抜きを「引用」と主張するのは難しい 弁護士が徹底解説
2024.09.22
ひとつの寓話から始めたい。『サルたちの狂宴』という、シリコンバレーのスタートアップ企業を運営していた人間が自らの経験を記した本がある。FacebookやAppleで活躍した著者は、当のスタートアップについて自嘲的にこう語る。
スタートアップとは、新しいアイディアによって華やかな未来を提案する夢のある新興企業のように思える。しかし著者にとってそれは、本の原題である“カオスモンキー”に近いものだ、と。
カオスモンキーとは、自社のシステムが障害に耐えられるかどうかを試すために、意図してシステム障害を起こすプログラムのことだ。『サルたちの狂宴』では、スタートアップの台頭とはある種、「社会にとってのカオスモンキーのようなものだ」と喩えてみせる。
たとえばUberの登場によって既存のタクシー業界が影響を受けたように、新興サービスが台頭するということは、既存の社会が無傷でいられるか、どんな犠牲を払うことになるのかを試されるというわけだ。
では、ゲーム業界で自由な場所からサルが登場し、大企業の近くで暴れ出したらどうなるのだろうか? しかも表向き「インディー」と名付けられた自由な場所から。
目次
- 任天堂からの訴訟。“インディーゲームの代表”然としたパルワールドの声明への反発
- 『パルワールド』がインディーを名乗るのは正しい。ただし一面的には
- インディーゲームはなぜ複雑な状況に陥ったのか?
- 市場破滅後の「インディー・アポカリプス」──インディーゲームが陥った倒錯的状況
- ゲーム産業の巨大化と陰りの影響──奇妙な逆転現象
- 日本におけるインディーゲームと、同人ゲーム・フリーゲームとは、似て非なるものである
- こうしてインディーゲームは「自由市場」になり、サルが暴れるようになった
9月19日、任天堂がポケットぺアの開発した『パルワールド』(Palworld)に対して、特許権侵害訴訟の提起を発表した。同日、ポケットペアは、任天堂の発表に対して声明を出した。ところが、声明のある一節が大きな反発を呼んでいる。
当社は東京を拠点とする小規模なインディーゲーム開発会社です。
(中略)
今回の訴訟により、ゲーム開発以外の問題に多くの時間を割かざるを得ない可能性がある状況は非常に残念ですが、ファンの皆様のため、そしてインディーゲーム開発者が自由な発想を妨げられ萎縮することがないよう、最善を尽くしてまいります。株式会社ポケットペア「当社に対する訴訟の提起について」より
ポケットペアは「大企業によってインディーゲームが抑圧を受けている。訴訟に対応することで、ジャンルを守りたい」というナラティブ(物語)で本件を捉えていることが露わになった。しかし当のインディーゲームクリエイターやゲーマーにとって、その声明は違和感が拭えないものだった。
違和感の多くは「なぜポケットペアがインディーゲームの代表を名乗っているのか?」に由来している。インディーゲームというジャンルは簡単に言えば“既存の企業からではなく、個人が自由につくりたいゲームをつくって売る”ものだが、『パルワールド』は数々の要素からインディーゲームのイメージと逸脱していた。
任天堂による『パルワールド』の特許訴訟の背景には、ある意味で「既存のゲーム産業が壊れた場所で拡大するインディーゲーム」という、今の状況を端的に示している。
なぜ、「自分のつくりたいゲームをつくって売る」というシンプルな話が、これほど複雑な状況に陥ったのか。今のインディーゲームとは何なのか? あらためて振り返ることで、複雑化した現状を確認しなおしてみよう。
先に、「『パルワールド』はインディーなのか?」という疑問への結論を述べれば、「インディーゲームではある」と言わざるを得ない。ただし、ゲーム産業において、誰もが参加可能な新興の自由市場としてのインディーゲームに参加しているゲームである、という意味で。
ポケットペアの声明はあくまで自由市場として参入できるフィールドとしてのインディーを守りたいだけであって、個人のクリエイティブを真剣に守る意図で先述の発言をしていないようには映る。
そもそも『パルワールド』は発表された当初から「いつ、任天堂や株式会社ポケモンと著作権の問題で何かあってもおかしくない」とゲーマーに思われていた。
『パルワールド』はあまりに『ポケットモンスター』にキャラが似ていたことで、発売直後から株式会社ポケモンに問い合わせられ、公式に声明が発表が行われるほどのことまで起きた。世界で莫大なゲーマーがプレイする一方で、当初から訴訟がいつ行われるかも見られていたと言っていい。
今回、任天堂が特許訴訟に踏み切った背景は、シンプルに「ゲームではさまざまな面で著作権の侵害で訴訟が勝つことが難しいため、保有している特許権を行使した」というものだけではない。平たく言えば『パルワールド』がソニーやマイクロソフトといった競合他社と強く関係し、ビジネスを拡張させていることが大きいと思われる。
『パルワールド』は当初からマイクロソフトの強いバックアップを受けており、発売直後から同社のサブスクリプションサービスである「Xbox Game Pass」に登場していた。本作のヒットは大きく、Xbox日本公式Xアカウントも「Xbox Game Passに加入すれば『パルワールド』が遊べる」ことを取り上げ、サービスの顔役としてプロモーションするほどだった。
そしてポケットペアが、『パルワールド』のヒットによりアニプレックスとソニー・ミュージックエンターテインメント(SME)との合弁会社設立を7月に発表している点も見逃せないだろう。
つい先日の9月25日には、なんとソニー・インタラクティブエンタテインメント (SIE)の公式情報番組「State of Play」にて『パルワールド』がPS5に登場することも明らかになった。
<PS5版『Palworld / パルワールド』について>
PlayStation公式『State of Play』にて発表があった通り、PS5版『Palworld / パルワールド』が本日、全世界68の国と地域で発売されました。… https://t.co/BNzS18XBYK— パルワールド/Palworld 公式 (@Palworld_JP) September 24, 2024
競合の大企業と組んでのビッグビジネス化もまた「なぜインディーゲームを名乗るのか」の違和感に繋がっているのは間違いない。
こうした背景を見るに、任天堂は単に自社タイトルに酷似したインディーゲームに圧力をかけるというより、新興企業による(ハックのような)ビッグビジネスに対する牽制の意味が強いと推察できる。ゆえに、ポケットペアが自称する「大企業によって抑圧されるインディー」というナラティブとズレがある。
だがここで重要なことは、キャラデザインがいわくつきであるゲームをIPとして拡大させようとすることがどういうことか、である。
“インディーゲーム”というジャンル名の中に“独立”という言葉が入っているのに対して、『パルワールド』が『ポケットモンスター』などに酷似したビジュアルを採用し、人気サバイバルゲームの『Ark: Survival Evolved』に酷似したゲームデザインを採用するなど、あからさまに市場を意識したゲーム開発や大企業との提携など、産業に迎合した所作があまりにも目立つ。
もちろんインディーゲームの中には複数の元ネタがあるゲームを、まるで音楽のサンプリングみたいに掛け合わせてつくったものはいくつもある。クリエイターが慣れ親しんだ過去のゲームタイトルの記憶を繋ぎ合わせるみたいにつくる、ということは当たり前にある。
『パルワールド』もそうした側面は強い。ただし開発会社であるポケットペアに関しては代表の溝部拓郎氏が「最初からマーケティングと製品開発が一体となってゲーム制作をする必要があると強く思っています」と語っており、他タイトルからサンプリングする意図が“現行の市場でユーザーに受けるため”なのは明白である。
事実、今のインディーゲームにおいて、こうした勝ち筋のゲームジャンルを選択してマーケティングするように開発することは少なくない。
しかし映画や音楽などで “インディペンデント”の作品を好む人からすれば、インディーゲームで「マーケティング的発想を主軸に作品をつくる」というスタンスが倒錯しているように映るのはよくわかる。しかし、ゲームもかつてはそうではなかった。
インディーゲームも「既存のゲーム産業とは別に、個人や少数のチームで自分のゲームを自由に開発して、自分で販売していくもの」というジャンルだった。
特にインディーという言葉の “独立”とは、このように企業が主導する産業の領域から独立することを意味していた。このあたりは音楽でも映画でも文芸であってもわかりやすいはずだ。
しかし、膨大なクリエイターの参加や、ゲーム産業のさまざまな環境変化によって、シンプルな話は崩れてゆく。
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