「弱者男性」としてのバトーは、いかにしてその生をまっとうするのか──押井守『イノセンス』再考
2024.12.07
クリエイター
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2024年10月25日、公正取引委員会(以下、公取委)は、VTuber事務所「ホロライブプロダクション」を運営するカバー株式会社の下請法違反について、勧告等を行った事実について発表した。
この発表によると、カバーはイラストや2Dモデル・3Dモデルの作成を依頼していた下請事業者23名に対し、不当なやり直しを合計243回行ったという。この数字は決して“たまたま”“例外的に”と言えるものではなく、発注先のクリエイターにとって不利な取引が横行していたことを示唆している。
VTuber事業は、演者の姿そのものとなるアバターのデザインから始まり、追加衣装、歌ってみたやオリジナル曲のMV、音楽ライブ、グッズデザインなど、さまざまな制作物が必要になる。「クリエイターなしには成立しない」といっても過言ではないビジネスだ。
当然、カバーは非難の的となった。中には「下請けいじめ」と銘打っての報道、またXでは「(クリエイターの)奴隷化」と強い言葉で非難する声も。カバー叩きが加速する中、一部、筆者がつい目を留めた投稿があった。
正直カバーさん以外の方もLive2D界隈はみんなしてるよ。
なんでかわかりますか?知識がみんなねーからだよ!!!!!!!!!!!!! https://t.co/72SWsQgm2X
— こうましろ🐈ホロクルG01 コミティア あ58a (@itsuwa0815) October 25, 2024
ホロライブ所属タレントのデザインを担当したイラストレーター・こうましろ氏のポストである。同氏は連投で本件について発信し、「カバーさんを庇っているわけではなく」としつつ「でもカバーさんはそこらへんちゃんとしてるので正直なんだかなとは思う」「企業の指示書とかちゃんとしてないとこも多い」と複雑な心境を綴った。
下請法に違反したカバーには当然、再発防止義務がある。しかしこうましろ氏の言う通り、界隈に関わる人々に知識がないことも遠因だとしたら、今後第二・第三の「下請けいじめ」が起きてしまうのではないか。
VTuber業界におけるクリエイティブ発注の実態、そして改善の余地を探るため、今回はカバーと実際に取引をした経験があるイラストレーターやモデラー、VTuber事務所の元社員、演者含めほか複数の業界関係者に取材を行い、匿名を条件に証言を得た。
「カバーは本当に仕事がしやすかったから驚いた」「他社の方がひどい」「こんなに大げさなことになると思わなかった」──。取材を重ねる中で見えてきたのは、急成長中のVTuber業界が抱える問題、そしてVTuber業界にとどまらず、クリエイターへの発注業務にかかわる人間であれば、誰もが一度は頭を悩ませたことがあるだろう問題だった。
本調査およびそれをまとめた本稿の目的は、カバーを庇うためではないのはもちろん、誰かを悪者にしたり、糾弾したりすることではない。クリエイターと運営それぞれの立場からの切実でリアルな声を届け、「なぜこうしたことが起きてしまったのか?」「どうすれば今後防ぐことができるのか?」を可能な限りクリアにすることだ。
奇しくも、この11月にはフリーランス新法が施行されたばかりだが、それらに各々が向き合わない限り、結局何らかの形で同じことがどこかで繰り返されるだろう。
前編では実際に行われていたクリエイティブ制作や、日々の対応に追われる発注現場に関する証言を参考に、業界全体の実態を掘り下げていく。後編ではVTuber業界ならではとも言える、Live2D発注の難しさや演者のハンドリングなどにフォーカスした上で、法律家の見解をうかがう。
目次
- 「無償で修正はよくあること」7年で300倍の組織成長、その裏で
- 複数窓口、目まぐるしく入れ替える担当…クリエイターが明かす、業界の課題
- 「カバーと他社で、価格が数倍違う」
- 「企業にとって、クリエイターは替えが利く存在」「やりがい搾取」
- 「報道のされ方が大げさ」元VTuber事務所スタッフの率直な胸の内
- 「しっかりした上場企業」像と、「ベンチャー数年目」という実感とのズレ
- 演者にも大きく左右されるVTuber案件
下請法違反について、当のカバーは「公正取引委員会からの下請代金支払遅延等防止法に基づく勧告について」という声明を発表。事態の原因を「当社の事業が急拡大し取引件数が増大したのに対し、お取引先様の方々とのやり取りに抜け漏れや遅延が生じてしまっていたこと、及び社内体制の構築や社内研修が不十分であったこと」と説明した。
「イラスト依頼でもLive2D依頼でも、無償で修正を繰り返させるのはよくあること。ただ、カバーの規模になってもやっているのかという驚きがありました」。そう語ったのは、企業・個人VTuber関連のクリエイティブを制作する立場を長年経験しているT氏だ。
カバーはVTuber黎明期だった2017年のときのそらデビュー以降、業界のトップランナーとして成長拡大を続けている。2023年3月には、東証グロース市場に上場。2017年に2名しかいなかった従業員は、今や600名を超えた。さらに2025年3月期第2四半期決算発表では、所属タレント一人あたりの年間収益が初めて4億円を突破したことが明かされ、大きな話題に。
代表の谷郷元昭氏はグローバルビジネス誌『Forbes JAPAN』が発表する「日本の起業家ランキング2023」にて第3位にランクイン。2024年には初のアメリカ支社設立を発表、クールジャパンの取り組みとも相性の良いホロライブブランドは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで世界への影響力を増している。
一方で、たった7年でこれだけの目まぐるしい躍進を続ける中、そのスピード感についていけていない部分が存在するであろうことも、想像に難くない。
参考までに、令和5年度(2023年4月から2024年3月)の下請法違反の勧告件数は13件、指導件数は8,268件(一社で複数の取引が対象となるケースもあるため、件数は実際の社数よりも多い)にのぼった。勧告件数は、ここ10年で過去最多だった。なお下請法の勧告、指導を受けた事業者は、いずれの場合も改善報告書の提出が必要となる。
体制改善後、本件に関してカバーから続報が発表されるのかはわからない。現時点では、「従業員の採用をはじめ、取引フローの見直しや研修による周知、社内体制の刷新等、適切な再発防止策及び改善策を構築のうえ対策を講じております」といった、具体性に欠ける説明にとどまっている。
ここからは証言をもとに、本件の問題点を紐解いていきたい。
実際、取引を行うクリエイター視点では、今回のカバーの下請法違反の話をどう捉えているのか? クリエイター陣からは、「カバーはそこまでひどくない。他社の方が問題」という率直な意見も複数挙がった。
「カバーは今まで取引してきた会社の中で、仕様書も一番見やすいし、追加の修正が発生したときは向こうから増額を提案してくれました。『発注書をお送りするまで、できれば作業を開始せずお待ちください』と言われたこともあって、下請法に気を配っている印象です」
そう語るのは、VTuber企業と継続的に仕事をする動画クリエイターのU氏。VTuber業界の他に音楽業界からもMV制作を請け負っているが、その音楽業界の方で、あまりにもリスペクトに欠ける対応を受けてきた。カバーからは相場の1.5倍の価格で発注されていることや、進行管理における担当者の対応の細やかさに感謝しているといい、だからこそ今回の摘発は衝撃的だったという。
カバーと気持ちよく取引ができているクリエイターもいる一方で、本件のように、不当な扱いを受けるクリエイターもいる。別のクリエイターO氏からは、支払いなどの書類手続きにおいてカバーの対応が後手になっているエピソードが明かされた。
「大手は人の入れ替わりが激しすぎて、チェックの引継ぎがうまくいっていない印象。その頻度が高いカバーさんが、つつかれちゃったんだろうなと思います。事務まわりはカバーの方が杜撰。支払調書を送ってほしいと連絡をしたのに、確定申告の期限が過ぎた後に送られてきました」
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