Column

  • 2019.03.15

印象派とInstagramを結ぶ〈イメージ〉あるいは〈真実〉の生成サイクルについて

Instagramが人気を誇り、「インスタ映え」なる言葉までも誕生した現代。それでは、日々アップロードされる「インスタ映え」する写真とは一体どういったものなのだろうか?

なぜ、私たちは「インスタ映え」する写真を求めるのだろうか? 現代美術作家のHouxo Queが印象派や写真文化史、はては人工知能まで…美術史と進化するテクノロジーを引きながら、考察する。

印象派とInstagramを結ぶ〈イメージ〉あるいは〈真実〉の生成サイクルについて

クリエイター

この記事の制作者たち

私はHouxoQue(ホウコォキュウ)という名で、現代美術の分野にて活動をしている作家である。

主な代表作は液晶ディスプレイに直接ペイントをした「16,777,216view」というシリーズであり、現代の人々にとってのイメージとメディアの関係を主題とし、それに関する調査などを行いながら活動をしている。

この度、執筆の機会をいただき、Instagramを中心としたヴィジュアル・コミュニケーションが主となるSNSに関する考察をすることとなった。

※本稿は、2017年9月「KAI-YOU.net」で配信した特集「インターネット・ジェニック」内の記事を再構成したもの

目次

  1. 〈イメージ〉
  2. 再生産され続ける写真達
  3. 〈イメージ〉を介して私たちは現実を認識する
  4. 現代の〈イメージ〉が繋ぐもの
  5. 人〈イメージ〉/人ではない〈イメージ〉
  6. 〈イメージ〉の遊戯
  7. 謝辞

〈イメージ〉

さて、私の住まう日本でも、SNSは3.11以降のスマートフォンの爆発的な普及を伴ってもはや誰しもが利用しているといってもよい状況である。これには震災時における既存インフラへの打撃と比較して、SNSやメールなどパケット通信によるテキストなどの送受信の有効性が確認されたことなども一つの理由としてあるだろう。

また、ここにスマートフォンの普及が同期していった。このようなIoTの活用は、総務省の情報通信白書からも政策的に後押しされていることがうかがい知れる。SNSの普及は官民一体となって進められたのだ。

特に近年では、20代を中心にInstagramへの支持は強く、本稿をお読みの皆様もアカウントをお持ちのことかと思う。この原稿を綴っている2017年においては「インスタ映え」といった言葉まで現れ、どれほどまでに浸透しているかをうかがい知れるものである。

市井の人々が自らの日常を、私的な時間を費やし、写真や画像、そして動画を〈イメージ〉として発信していること、そのことに私は大きく揺さぶられるような想いを抱いてきた。

今や人々は〈イメージ〉を欲望していて、私の知る限り、このように〈イメージ〉を欲する時代を私は知らない。同時代に生きる一人の芸術家として、これほど興味をそそられることはない。

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なぜ、〈イメージ〉の再生産が欲望されるのか