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  • 2022.03.29

「トレパク」を誘発する業界構造 イラストレーター中村佑介が語る「トレパク」の本質

「トレパク」を誘発する業界構造 イラストレーター中村佑介が語る「トレパク」の本質

他者の著作物を無断でトレース(なぞり描き)し、盗作する行為を意味する言葉「トレパク」。

この語は10年以上前から存在し、イラストレーターやクリエイターのコミュニティではかねてより知られ、禁忌として扱われ続けてきた。

しかし、2022年2月に音楽ユニット・YOASOBIのクリエイティブ等で知られる有名イラストレーター・古塔つみさんが、他者の写真を無断でトレースしていたという疑惑が大きく報じられ、広く世間にも知られる言葉となった。古塔つみさんは謝罪を行ったものの「トレパク」ではなく「オマージュ」だとして説明。批判は続いている。

続いて、3月にはホロライブ所属のVTuber・桃鈴ねねさんが自作するイラスト等に他者著作物のトレースが発覚。「好きな作家さんや作品を思い浮かべることがあった」と弁明したものの、一部トレースがあったことを謝罪した。

ポップカルチャー全盛の現在、コミックテイストのイラスト作品は様々な媒体やプロダクト、広告を彩っている。SNSを通じてイラストレーターという職業自体への憧れや注目度も上がり、今やある種のタレントのような影響力を持つまでになった。

しかし、様々な作品に触れる機会が増える中で、我々はイラストの正しい知識や見識、あるいは「トレパク」のリスクの大きさを理解しているだろうか。誰もが著作物をインターネット上にアップすることが当たり前になった今、次の盗作騒動に巻き込まれるのは自分かもしれない。

なぜ「トレパク」は発生してしまうのか? ”模写”や”オマージュ”や”二次創作”との違いは何か? そもそも問題の本質は何なのか。

今回、長年第一線で活躍するイラストレーター・中村佑介さんへ取材を行った。若手クリエイターとの交流も積極的に行い、森見登美彦さんの書籍やASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケットをはじめとする作品の数々は、多くのクリエイターに影響を与え続けている。その視座から見据えてきた、クリエイティブの倫理とは。

「陰キャのSNS」とイラストの密接な関係

──「トレパク」という言葉は昔から認知されていて、それが禁忌というのは絵を描く人の間では共通見解になってます。しかし、その前提があるにも関わらず、ネット上では度々「トレパク」が発生し問題となってしまう。プロのイラストレーターの方がその状況をどう見ているのか、知りたいと思っています。

中村佑介 そうですね。「著作権侵害」という罪は、もともとは親告罪(※)で、TPP協定を結んだことで、2018年から一部非親告罪化されました。

しかし実際には、写真やイラストを盗用された著作者が気に止めなければ告訴されることはまずありません。現在も二次創作が見逃されているのと理屈としては同じです。

※被害者による告訴がなければ公訴を提起(起訴)することができないと定められた犯罪

──「トレパク」の場合、法律違反とは別の部分での問題が発生してしまう理由があるということですね。

中村佑介 そうです。大前提として「トレパク」問題がここまで過剰に盛り上がる背景は、日本特有のSNSユーザーの性質があると考えています。

具体的にはTwitterがそうですが、言葉を選ばずに言ったら「陰キャ向けのSNS」ですよね。TikTokやInstagramが陽キャのSNSなら、Twitterは間違いなく陰キャのSNSになる。だから僕も使っています(笑)。

Twitterは他のプラットフォームよりも、声優やコスプレイヤー、歌い手などのフォロワー数が比較的高く、TVで影響力のあるタレントやミュージシャンであっても、フォロワー数でみると彼らより下になってしまう場合がある。そういう特殊な価値観で周っているのがTwitterの特徴だと思うんです。

Twitterを利用するいわばマジョリティーは、中高生のころにも少なからず「何かを作る仕事」に憧れた経験があるという見立てです。僕も仕事にはなりましたが、そもそも陰キャだったから絵を描いたのか、絵を描いたから陰キャになったのか、卵が先か鶏が先か、もはやよくわからない。

プロではないけど作る仕事に憧れを持っている人、あるいは作家になることを諦めた人というのはたくさんいた。「仕事にするのは無理かもだけど、アップしてみようかな?」くらいの感覚の人が、Twitterとpixivが登場して以降に視覚化されたのかなと。

──たしかにプラットフォームの影響は見逃せません。「トレパク」が発覚し、騒動と化していく背景には、Twitterや5chでの集合知的な検証作業があります。逆に言うとTwitterや5chくらいでしかそれは行われていません。

中村佑介 絵を描いたり、何かを作ってみた経験がある人ほど「ズルしやがって」という感情が生まれてしまう。なぜなら「トレパク」は、技術の”ドーピング”ですから、真面目に筋トレしてた方はたまったもんじゃない。

当然、著作権侵害の可能性があるから法的にも良くないという前提以外にも、「トレパク」を続けて作品を発表しても本質的には絵が上手くならない。絵を志す者としては、絶対にやらない方がいいのになと僕は思います。

しかし、著作権の問題がありながらも、最もリスクがあるのは、そういう5chやTwitterの人たちに見つけられることです。「自分は真面目に一生懸命頑張って、それでもこんなに認められてないのに、あいつはズルして認められてる」という嫉妬や怨嗟もあることでしょう。「トレパク」が炎上にまで発展するのは、このエネルギーも補助していると考えています。

軽視され続けている、インターネット上のコンテンツ

──pixivやTwitterができてからイラストシーンは常に「トレパク」の検証が行われ、規模の大小を問わずに問題が顕在化していました。炎上をきっかけに筆を折ってしまうイラストレーターの方も何人も見てきました。でもそれってもう10年以上前から続いている話です。しかし、未だに世間の著作権的な知識やクリエイティブの倫理、さらに言うと「トレパク観」みたいなものが、クリエイター側も閲覧者側も、ほとんど更新されていないんじゃないかと思ってしまったんです。

中村佑介 KAI-YOUでは、例えば古塔つみさんの画集が出るとか、そういう記事をアップしたことはありますか?

──あります。個展開催や画集刊行などをニュースにさせてもらっています。

中村佑介 その時は「トレパク」に気づいてました?

──正直、編集部の誰一人として気づいていませんでした。というより疑いもしていなかったと言いますか。

中村佑介 そうですよね。長年イラストシーンを追っているKAI-YOUの人ですら気づけない。だからこそ「トレパク」や著作権、クリエイティブの倫理的な感覚というのは……僕はどうやっても更新できないんじゃないかなと思うんです。

そもそも、僕からすると例えば海賊版利用で炎上するケースにしても「みんな『漫画村』を読んでたんでしょ?」って感じなんですよ。ネット上にあるデータに対して、よく「落ちてた」「拾った」って表現するじゃないですか。「いやいや、保存ボタンを押したんでしょ?」って思うんですよ。

僕も自分のイラストを「ネット上で拾いました」とか「このイラスト壁紙にしてます」みたいなことを言われることがあって。「いや、うれしいけど、落とした覚えはないんだけどな」と(笑)。

どこまでいっても、ネット上のコンテンツはバーチャルであって、お金を正規で払うと損した気分になる人たちがいる。

それにほとんどの人は、僕らのようにインターネットをそこまで真剣にやってないというか──会社の行き帰りに「Yahoo!ニュース」だけ見る人、Twitterは懸賞のリツイートしてるだけみたいな人って、山ほどいると思うんですよ。

──そうですね。その感覚は忘れがちですが、山ほどいます。

中村佑介 本当はそういう人たちにも作品や文化が届かないと仕方ない。でも、届かないんですよ。届くわけない。この記事も読まないんですよ(笑)。

──いやいや、ぜひそういう人たちにも読んでもらいたいというのがこの企画の意図です!

中村佑介 もちろん、僕も読んでもらいたいんですけどね。

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