MCバトルという料理は、ヒップホップという器を超えた──「BATTLE SUMMIT」レポート後編
2022.09.17
MCバトルの大会には、ブレイクポイントが必ず存在する。その日の空気をガラっと変えてしまう1戦が。
※本稿は、2016年に「KAI-YOU.net」で掲載された連載を再構成している
クリエイター
この記事の制作者たち
何時 何処に居ても君だと分かる様にしておけよ E.H.H project/Bad Boyz Be Ambitious(2007年)
ラッパー・ハハノシキュウによるMCバトルコラム連載の第2回である。ルールは先攻後攻2回ずつ。ハハノシキュウ本人とそれを1歩引いて俯瞰している立場の母野宮子という2人が交互にコラムを執筆していく。
目次
- 先攻1本目 母野宮子「フリースタイルダンジョン」のブレイクポイント
- 後攻1本目 ハハノシキュウ「R-指定の握る鍵」
- 先攻2本目 母野宮子「ハハノシキュウは、ヒップホップのそういうところが好き」
- 後攻2本目 ハハノシキュウ「MCバトルにおける、自分という存在の必要性」
ラッパーというのは、いつも自分のことで精一杯で、自分というラッパーが世界の基準だと思いたかったりする。これから始める話はそんな基準の話だ。
MCバトルをテーマにしたコラムを連載していくうえで、なるべく他のラッパーについて具体的な言及をするのは色々と面倒だから避けたいと思っていた。
だが、この手の話をするにあたって義務教育のように避けられないラッパーがいる。(本当にサグなラッパーなら義務教育なんて受けないけど)
それがR-指定だ。
彼とハハノシキュウは、ライブの会場で挨拶程度にしゃべったことがあるだけで、お互いにお互いのことをそんなに深くは知らない。
かなりの人見知りだとは聞いていたし、一方のハハノシキュウもペットショップの犬や猫の目を見れないくらい人見知りだ。だから、仲のいいDOTAMAに「どうやって彼に話しかけたらいいんでしょう?」と相談していた。
DOTAMAは「ロン毛同士仲良くなれるよ!」とKOHHよりも適当なことを言ってきたため全くあてにならなかった。その後、ハハノシキュウが勇気を出してR-指定に話しかけた話は別に面白くないため割愛する。
ハハノシキュウは『フリースタイルダンジョン』に呼ばれていないため、感じたことをテレビ視聴者の一人としてフラットに言える(※編注:本稿は2016年に「KAI-YOU.net」で掲載された連載を再構成している。その後、ハハノシキュウは2017年に同番組に出場。後日記事でも振り返っている)。
これまでの放送を振り返り、『フリースタイルダンジョン』には、2カ所のブレイクポイントがあるとハハノシキュウは考えた。
CHICO CARLITOが登場したREC2。そしてDOTAMAが登場したREC4である。
MCバトルの大会にはブレイクポイントが必ず存在する。1回戦の第1試合から順番に試合が進められていき、その日の空気をガラっと変えてしまう1戦がどこかでやってくる。
フリースタイルダンジョンにおいては、そのブレイクポイントの鍵をR-指定が握っていると言っても過言ではない。
フリースタイルダンジョンはトーナメント制の1日で終わる大会とは毛色が違う。もちろん収録現場にその空気があるのは間違いない。だが視聴者にとっては、テレビで毎週観るという行為がそこに加算されるため、見え方が変わってくる。
そんなテレビの世界、『フリースタイルダンジョン』においてブレイクポイントを産み出すためにはどうしたらいいのか?
安い言葉で答えれば、それは衝撃だ。野球で言うところの投手/打者の2刀流選手・大谷翔平が登場した時のような衝撃。
じゃあ、その衝撃ってなんなのか?
フリースタイルダンジョンという番組を第1回から観ていくと、まず、いろんなラッパーが世の中にいるってことが女子高生にもわかるはずだ。
※このコラムではヒップホップやラップに詳しくない人のことを「女子高生」と呼んでいます。
あそこはラッパーがたくさんいる料理店だ。ただし、メニューがない。まるで注文を注文で返してくる料理店だ。
最初のチャレンジャー・Dragon Oneから始まったフリースタイルダンジョンを順に追っていくと、徐々に番組のメニューを把握していくことができる。
ただ、楽器をやらない人間が普通にギターを弾いているバンドマンにそこまで凄味を感じないように、もはやフリースタイルでラップしてること自体への衝撃は次第になくなっていく。
チャレンジャーもそれを迎え撃つモンスターも、そういう意味では料理店における想像の範囲内のメニューが揃えられてるなっていう印象になる。
だから、素人目に観てもヤバイとわかるギターテクの魅せ方みたいなものをラップで体現する人間が出てくるところから沸騰は現れ始めるのである。
CHICO CARLITOの登場により、番組の空気に変化が見え始めた。
テレビでの見映えもあるが、やはりフロウとリズム感がそれまでのチャレンジャーとは明らかに違ったし、必ず1ラウンド目は先攻を選ぶという姿勢も人気に一役買っていた。
元々CHICO CARLITOを知らない女子高生でも、彼は他のラッパーとは何かが違うと感じ取れたと思う。
そしてCHICO CARLITOがあっという間にモンスター相手に3連勝し、初めて4人目のR-指定が登場する場面がやってきた。ファミレスで想像のできる範囲の外側にあるメニューが、ようやく見えてくるのである。
そしてR-指定が登場すると、あまりに呆気なくCHICO CARLITOをクリティカルで薙ぎ倒す。
その即興とは思えない完成度に、『フリースタイルダンジョン』で初めてMCバトルを観たって素人目でも「これはヤバイ」と思えたはずだ。
「で、その後に般若さんを引きずり出した焚巻、R-指定と因縁のあるDOTAMAと続くんですよ」と僕は柄にもなく女子高生に、中華鍋のように熱弁を振るっていた。
「確かに焚巻さんや、DOTAMAさんの登場回で、一気に番組の存在が世間に認知されたってイメージですね」
まさか女子高生とMCバトルについて長電話をすることになるなんて、ラップを始めた当初は想像すらできなかった。
「テレビでフリースタイルバトルをする時代がくるとは想像してたんですけどね、まさか今年だとは思わなかったですよ」と僕は、競馬のレースが終わった後の負け惜しみのように言った。
「で、本題なんですけど、そのR-指定さんが握ってる鍵ってのはなんなんですか?」
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