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  • 2022.08.10

ハハノシキュウのMCバトルコラム Vol.5 コードボールを制する者がMCバトルを制す

どっちのコートにボールが落ちるのかわからない、神のみぞ知るコードボールの行方──

※本稿は、2016年に「KAI-YOU.net」で掲載された連載を再構成している

ハハノシキュウのMCバトルコラム Vol.5 コードボールを制する者がMCバトルを制す

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「バトル出場、一回戦敗退も会場半分の支持を確保」(AXIS/Story Ⅰ: The MC (噺家)2012年) AXIS/Story Ⅰ: The MC(噺家)2012年

ラッパー・ハハノシキュウによるMCバトルコラム連載の第5回である。

ルールは先攻後攻2回ずつ。ハハノシキュウ本人とそれを1歩引いて俯瞰している立場の母野宮子という2人が交互にコラムを執筆していく。

目次

  1. 先攻1本目・ハハノシキュウ「MCバトルはコードボールを制した者が勝つ」
  2. 後攻1本目・母野宮子「泥仕合をすればいい」状況ではなくなった
  3. 先攻2本目・ハハノシキュウ「ラップが丁寧な人には字の上手い人が多い」
  4. 後攻2本目・母野宮子「勝ちたいだけなら」

先攻1本目・ハハノシキュウ「MCバトルはコードボールを制した者が勝つ」

ハハノシキュウ1

時々、文章を書く際にどうしても非論理的に振る舞いたくなることがある。例えば、その例えばが、読者に伝わりやすいように親切に用意されていないみたいに。

人間、無意味なことをしたくなるし、時には無意味なことをしてほしくもなる(実際、無意味なことをずらずら書いて、この原稿を編集に送ったら、十中八九、赤ペンで削除されてしまった)たまには減点がほしくなる日だってあるのだ。

MCバトルでもそうだ。ただし、のちにほとんどの試合がコードボールになるだろう。これが今回のテーマ。

その前に“コードボール”という表現について解説しておく。一般的にテニスの試合でネットの上部にボールが当たり、勢いを失ったまま相手のコートに入ることである。別名「ネットイン」とも言う。

相手のコートまで行けずに弾かれ、自分の側に水滴のように虚しく落下する場合もある。だが、僕が言いたいのはMCバトルの判定において、このコードボールのように、どっちのコートにボールが落ちるのか神のみぞ知るような状況が増えるだろうということだ。

コードボールは、同じくネット際に落ちるドロップボレー等とは違って、走って追いつくことが難しく、相手のコートに返すのはほとんど不可能とされている。

つまり、テニスの実力とは別次元での勝負になるのだ。

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MCバトルの判定は日を追う毎に難しくなり、判定結果に不平不満を垂れ流す人も少なくない。

ラッパーのフリースタイルにおける精度は増していくばかり。そして、この先、MCバトルにおける審査は加点の多い者ではなく減点の少ない者が勝つようになっていくだろう。

どちらかがミスをするまで続いていく延長戦。判定を決定づける僅差のポイントは、まさにコードボールの如く、神のみぞ知るものとなる。

そう、コードボールの二者択一に勝つためには、コンマ1ポイントでも減点が少ない方がいいのだ。パンチラインの数ではなく、バトルにおける文法を正確にクリアしているかが問われる。減点を気にすることなく走る、この手放し運転の快感とは到底無縁の距離感。

だからこそ、僕は文法を無視した非論理性に憧れを抱くのだ。

後攻1本目・母野宮子「泥仕合をすればいい」状況ではなくなった

勝敗では測れないものが当然ある。「それがMCバトルだ」と、まるで慰めのようにハハノシキュウは文房具屋で立ち尽くしたりする。

結局、そんなものを測る定規は売っていない。リリックを書くためのペンや、それを推敲するための赤ペンなら売っているが。

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「泥仕合をすればいい」時代ではなくなった