MCバトルという料理は、ヒップホップという器を超えた──「BATTLE SUMMIT」レポート後編
2022.09.17
「60秒 × 2Round」という特殊なルールは、MCたちに何をもたらすのか──「Red Bull 韻 DA HOUSE 2022」で紡がれたストーリーを、ハハノシキュウが紐解く。
クリエイター
この記事の制作者たち
『カッコつけんじゃねーカッコついてろ!』「鎮座DOPENESS prod. by YamieZimmer | Red Bull 64 Bars」より
一人がこう言った。
「俺は日本人に向けてラップしてるぜ、言葉がわかんねえ奴らは音乗り、それだけで楽しみゃいい。俺は外人のラップ悪いけど興味ないねん、日本語のラップでも意味わからん奴、興味ないねん」
対してもう一人がこう言った。
「日本のラップを聴いてもない。USラップも聴いてもない。全然知らないアンタにステージ立ってる資格ない」
最後にもう一人がやってきてこう言った──。
目次
- “お題なしの大喜利” Red Bull 韻 DA HOUSEというルールの特殊性
- 誰が一番、“カッコいい”まま1分間い続けられるか
- ビートの上の1分間は孤独
- 鍵は、パンチラインとパンチラインの間にある
- “ラップのフィジカル”の強さという基準
- フィジカルから、ワードゲームとしてのバトルへ
- MCバトル界随一のエンターテイナー
- 衰えないフロアの熱量 ここ一番盛り上げたMOL53
- フィジカルに裏打ちされた、ブレなれとグルーヴ
- “Red Bull 韻 DA HOUSEの壇上に上がる”という意味
- 準決勝1本目 地に足ついた優勝候補が相見える
- この日の主人公が決まった瞬間
- 最後にもう一人がやってきてこう言った──
- こんなバトルイベント、他にない。
Red Bull 韻 DA HOUSEという大会は今年で2年目になる。
昨年日本で初開催され、大盛況となったフリースタイル・ラップバトルイベント。MCの持ち時間は「60秒 × 2Round」となっており、いわゆるラップバトルでのノーマルな形式「8小節 × 3Round」とは比べ物にならないほど長尺な1バースの披露が大会フォーマットとして採用されている。Red Bull 韻 DA HOUSEとは?
公式の文章から抜粋した通り、特殊なルールによってこの大会は運営されている。
ラップをしたことがない人にこのルールの特殊さを伝えるのは容易ではない。
少しでもフリースタイルやバトルを齧ったことのある人ならわかると思うが、即興でラップすることに慣れてくると一人きりでフリースタイルするより、対人でフリースタイルする方がずっとやりやすい。言葉を拾う、フロウを重ねるなどの反射物がイマジネーションを与えてくれるからだ。
フリースタイルバトルはしばしば大喜利に例えられることがあるが、それは“お題”というイマジネーションの泉があるからだ。
対して、この「60秒 × 2Round」のルールは“お題なしで大喜利”をするようなものだ、とでも言えば少しはその過酷さが理解してもらえるだろうか。
一人きりで反射物(お題)のない状態でフリースタイルを続けるには自身の内側を日頃から見つめ続ける必要がある。
それは言葉だったり、フロウだったり、リズムだったり、メロディだったり、人によって向き合うものは異なるが己の哲学のようなものを補完し続けることがラップの根元を支えると言ってもいい。
鎮座DOPENESSがRed Bull 64 Barsで言っていたように『カッコつけんじゃねーカッコついてろ!』の精神である。
恵比寿ザ・ガーデンホールの入り口でドリンクチケットをもらう。
ドリンクチケットと言っても、それはレッドブルとの引き換え券である。
見慣れない色のレッドブルを片手にステージを眺める。
会場のど真ん中にバトルステージが鎮座していて、それをお客さんが囲む形式だった。
判定は審査員制で名だたる面々──漢 a.k.a. GAMI、輪入道、KEN THE 390、SEEDA、FORK(ICE BAHN)──がステージに上がる。
去年の優勝者、輪入道は審査員側として登壇していた。
僕は去年の決勝大会も現場で見ていたが、この「60秒 × 2Round」のバトルは判定が非常に難しい。ラップそのもののスキル(フィジカルという呼び方の方がしっくりくるかもしれない)が拮抗している試合だと、どちらかがダレるまで勝負がつかない。そんな印象だった。
8小節交代の通常のバトルのようにパンチラインで一発逆転といった現象は起きにくく、逆に1分間常に“カッコいい”ことが勝利の条件とも言える。
ゲストライブ:Awich、YZERR
ホストMC:怨念JAP、ACE
審査員:漢 a.k.a. GAMI、輪入道、KEN THE 390、SEEDA、FORK(ICE BAHN)
オープニングDJ:U-LEE
バトルDJ:DJ YANATAKE、DJ TIG・CHEHON
「Red Bull 韻 DA HOUSE 2022」
・Donatello
・DOTAMA
・GOMESS
・ID
・KIKUMARU
・MAKA
・MOL53
・Fuma no KTR
・PONEY
・RAY
・REDWING
・Rude-α
・S-kaine
・呂布カルマ
・梵頭
歓声ありということでお客さんのテンションは始まる前から上がりっぱなしだった。
先攻はジャンケンで勝ったID。
「ロンリーロンリー、一人のようにぼっちで書いたリリックがひとっ飛び」というIDのラインがラッパーの“カッコつけ方”の真理を語っていたように思える。
対戦相手が目の前にいようとも、ビートの上の1分間は孤独なのだ。
Rude-αのメロディアスなフロウにお客さんはライブショーケースのように手を上げる。
両者ともにダレることなく1分間常にカッコついていた。お互いにディスに重きを置いた攻防はほとんどなく、ダンスバトルをフロウに置き換えたようなパフォーマンスで会場を盛り上げていた。
バトルと言っても一番の敵は自分自身のように見えた。
これを判定するのは難しい。
誰もがそう感じたと思う。
おそらく審査員側も明確な基準を定めているわけではなく、むしろ審査基準がはっきりしないところにこの大会の意義を見出しているように見えた。
判定は割れ、延長戦に突入する。
お客さんを含め、ゼロからこの日の“カッコよさ”を深く掘っているような空気感があった。
延長の末、勝者はIDだった。
試合後の審査員のコメントも、あえて明確な勝利の決定打を言葉にしていなかったように思える。明確にそれが言語化されてしまえば、ルールに縛られたスポーツになってしまうからだ。
この大会において大事なのは言葉では括れない“カッコよさ”なのだと痛感する。
その証拠に、引き続き行われた第2試合のRAYとMOL53、さらに第3試合のREDWINGとCHEHONの試合も延長戦にまでもつれることとなった。
第2試合を制したのはMOL53だが、RAYの声量やパフォーマンスは非の打ち所のないものだった。
強いて言えば、RAYの方が爆発力があったがそのインパクトは試合前半がピークで、そこからいかにテンションやバイブスが落ちないかの勝負になっていた。
対するMOL53は淡々と常に“カッコついていた”ことにより、試合後半になってもそのクオリティを難なく維持し続けられていたように見えた。
第3試合は、CHEHONのディスやセルフボーストが際立って見える滑り出しだった。
CHEHONの「お前じゃ出れないファーストテイク」という説得力に満ちたパンチラインに会場は大きく盛り上がる。
「お前、母ちゃんにパンツ洗ってもらっとるんやろ」と大人から子どもに向けた年季の違いを示すディスも綺麗に決まっていた。
普通の8小節交代のバトルだったらこの辺りにアンサーを返していくことが定石なのだと思う。
僕の個人的な見解だが、REDWINGが児童養護施設で育ったというバックボーンを活かして「母ちゃんにパンツ洗ってもらえるなら洗ってもらいたかった」みたいなアンサーの返し方も全然有り得たと思う。
しかし、彼はこの1分間交代のルールに準じてかCHEHONの言った「スーパーサイヤ人」というワードを拾う程度で、ラップそのもののグルーヴがダレない方を選択したように見えた。
それが勝敗の決め手になったかどうかは一概に言えないが、この大会においてパンチラインの羅列は勝敗においてはあまり意味を持たない。
むしろ、そのパンチラインとパンチラインの間の部分が要だと僕は思う。
山場をつくりすぎると山場以外の場所が下がって聴こえてしまう。小節を数えながら起承転結をつくるのもこのルールでは難しい。そのため山場以外の部分も含めて“カッコついてる”必要があるのだ。
カッコつき続けるためには強靭な集中力と体力が試される。これは集中力の戦いだった。
延長を制したのはREDWINGだった。
予選優勝者のMAKAがフロウを変えたりしながら山場をつくりつつ、全くダレないパフォーマンスでお手本のように会場を盛り上げる。
しかし、S-kaineの内容の濃さがそのお手本を一歩上回る結果となった。ここから少しずつこの日の審査基準のようなものが見え始めてくる。
第5試合にきてようやく勝者と敗者の差が可視化される。
DonatelloとMU-TONというカードだったが、体調不良のMU-TONのリザーバーとしてFuma no KTRが登場する。
実際に試合を観た人ならわかると思うが“ラップのフィジカル”の強さが明確に見えたのがこの試合だった。
声、フロウ、リズムキープとFuma no KTRが圧倒的な差を見せつける形で完勝をおさめる。
この試合によって、観客側の焦点が定まりつつあった。
「ラップ上手いは正義」なんてよく言われるが、Fuma no KTRのパフォーマンスが一つの模範解答になっていたように感じた試合だった。
Donatelloの言っていた「続きはWebじゃなく現場で」というラインが印象的だった。
同時に次の第6試合からそんな空気がガラッと変わる予感もあった。
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