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2024.05.03
ヒップホップシーンを揺るがし、全世界が固唾を飲んで見守るビーフ。Drake、Kendrick Lamar、J.Coleのヒップホップ観をラッパー・RAq氏が深掘り。
本稿は、「KAI-YOU.net」で先行公開されたもの。
メイン画像(左から)Drake/Kendrick Lamar/J.Cole 出展:公式サイト/Pulitzer Prizes 2018 award ceremony - Kendrick Lamar CC BY-SA 4.0 DEED/公式サイト
Love when they argue the hardest MC Is it K-Dot? Is it Aubrey? Or me? We the big three like we started a league誰が一番ハードなMCなのか、みんなが論争しているときが好きだ。ケンドリックか?ドレイクか?それとも俺か?ってな。俺たちがビッグスリーだ
Drake - “First Person Shooter” feat. J.Cole
ドレイク(Drake)のアルバム『For All The Dogs』に収録されていた「First Person Shooter」に客演で参加したJ.コール(J.Cole)がちょっとしたリップサービスのつもりで放ったこのネームドロップは、まるで火薬庫に火をつけてしまったかのように次々と引火して、誰も予想しなかった巨大なビーフへと膨れ上がりました。
ドレイクとの間で揉め事を抱えていたラッパーのフューチャー(Future)とプロデューサーのメトロ・ブーミン(Metro Boomin)によるコラボアルバム『We Don’t Trust You』の収録曲「Like That」に客演参加したケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)がこのネームドロップに応えてパンチを打ち返すと、J.コールによるアンサーソング「7 Minute Drill」とその撤回、そしてドレイクによるアンサーソング「Push Ups」、さらにはケンドリックによる再アンサーソング「euphoria」と「6:16 in LA」、ドレイクによる再アンサーソング「FAMILY MATTERS」、ケンドリックによる再々アンサーソング「meet the graham」に「Not Like Us」、ドレイクによる再々アンサーソング「THE HEART PART 6」へと繋がっていきます。
機会に乗じたフューチャーとメトロ・ブーミンの暗躍によって、Yeことカニエ・ウェスト(Kanye West)やエイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)、ザ・ウィークエンド(The Weeknd)なども巻き込んだアンチ・ドレイクのムーブメントが生み出される。さらにはリック・ロス(Rick Ross)も参戦するなど、まるでラップ界のサノスとでも言わんばかりのドレイクに対する『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のような展開を見せており、この記事を書いている今現在、ここに至って事態は混迷を極めています。
このビーフの全体像や経緯の解説はあまりに膨大なため他の方に譲るとして、今回は当初の登場人物であったビッグスリーのJ.コール、ケンドリック、ドレイクに焦点を絞り、彼らが今回とった行動の裏にあるヒップホップ観や考え方を深掘りしてみたいと思います。
目次
- ヒップホップを通じて、本当の自分と向き合い、真の強さを手にしたJ.コール
- J.コールにとってのヒップホップは、習慣でありプロセスである
- 「ヒップホップシーンの真ん中にいる」と自負するドレイク
- おまえは“リアル”じゃない ドレイクの考えるヒップホップ
- ケンドリック・ラマーがヒップホップの「優等生」である理由
- 「正統派ヒップホップ」の守護者であるという意識
- 三者三様の在り方を通した、ヒップホップの強さ
今回の騒動の火付け役であり、さらに最初にフル尺のアンサーソングも出して火に薪をくべておきながらも、早々にあっさりと撤退したのがJ.コールです。この理解しがたいJ.コールの行動は賛否両論を巻き起こしました。
先ほども書いたように、今回の騒動は「First Person Shooter」におけるJ.コールの以下のリリックに端を発しています。
「誰が一番ハードなMCなのか、みんなが論争しているときが好きだ。ケンドリックか?ドレイクか?それとも俺か?ってな。俺たちがビッグスリーだ、まるでリーグを始めたかのように。だけど、俺は今、モハメド・アリの気分だぜ」
アメリカには、BIG3という3vs3ルールでのバスケットボールのリーグがあります。まるでそのリーグの名前のように自分たちが「ビッグスリー」だと豪語して、ケンドリックとドレイクにエールを送ったうえで、史上最強のボクサー“ザ・チャンプ”として君臨したモハメド・アリの名前を出して、それでも自分こそが最高のファイターだとセルフボーストして見せたわけです。
ここでビッグスリーとしてネームドロップされたケンドリックとドレイクの2人は、過去には共演があるものの、その後はお互いに個性も強く、表現のスタイルや価値観も違うため共演はありませんでした。また、直接名前を出さないものの相手を攻撃していると思われるようなラップ(スニーク・ディス)をたびたび繰り返してきました。
一方、J.コール自身はドレイクとケンドリックの両方と仲が良く、ドレイクと仲良くショッピングをする姿を見せたこともあれば、多忙で完成に至らなかったもののケンドリックとコラボアルバムの制作を行なったこともあります。
つまり、ドレイクとケンドリックはやや不仲なものの、J.コールからすると、2人とも良き戦友です。
その片方のドレイクと共演する際に、ケンドリックの名前もネームドロップしてビッグスリーとして賞賛するというのは、「これなら2人とも悪い気はしないだろう、ファンも喜ぶだろうし、何なら2人の仲が改善するきっかけになるかもしれない」という(そこまで深く考えたかどうかはわかりませんが)、絶妙なバランス感覚のなせる技であったと言えます。
しかし、「誰が一番優れたMCか」というヒップホップの競技的な側面に人一倍敏感なケンドリックからすると、勝手に自分の名前をドレイク(ごとき?)と同列に並べつつ、しかも結局は「俺がモハメド・アリのように史上最高のラッパーだ」と豪語したJ.コールのバースは見過ごせないと判断したのでしょう。それが「Like That」での反撃に繋がったわけです。
Motherfuck the big three, nigga, it's just big meビッグスリーとか知らねえよ、ただビッグな俺がいるだけ、以上
Future, Metro Boomin & Kendrick Lamar - “Like That”
さて、良かれと思ってネームドロップしたJ.コールは、ケンドリックからの思わぬ反撃にあって驚きつつも、「7 Minute Drill」という曲をリリースしてアンサーします。この曲名は、J.コールが普段からラップの訓練として7分でどれだけ歌詞を書けるかを練習していることに由来しています。
ケンドリックが今回のネームドロップをある種のMCバトルのように捉えて、強めに反撃してきた文脈を受けているため、J.コールもそれに対するアンサーとして、しっかりとケンドリックを口撃しています。
例えば、ケンドリックのアルバムについては、過去作品を讃えつつも、最近のアルバムはつまらないと一蹴。
Your first shit was classic, your last shit was tragic
Your second shit put niggas to sleep, but they gassed it
Your third shit was massive and that was your primeお前の一作目はクラシックだったけど、一番最近の作品は悲劇だな。
J.Cole - “7 Minute Drill”
お前のセカンドアルバムは退屈で寝ちまいそうだったが、みんなは持ち上げてた。
お前のサードアルバムは良かった、あれがお前のピークだったな。
また、ケンドリックの制作スピードの遅さも指摘しています。
He averagin' one hard verse like every thirty months or somethin'
If he wasn't dissin', then we wouldn't be discussin' himあいつがイケてるバースを蹴るのは、平均して約30ヶ月に一度だろ。
J.Cole - “7 Minute Drill”
もしも、あいつがディスしてなければ、話題にも上がってないよな。
Four albums in twelve years, nigga, I can divide
Shit, if this is what you want, I'm indulgin' in violence12年間でアルバム4枚だろ、俺だって割り算できるぜ。
J.Cole - “7 Minute Drill”
お前がビーフを望んでいるなら、俺も暴力的にお前を満足させてやるよ。
しかも、ケンドリックと自身の制作スピードの差をアピールするかのように「7 Minute Drill」だけでなく、それを含む12曲入りのアルバム『Might Delete Later』をリリースして見せたのです。
こうしてJ.コールが「7 Minute Drill」でケンドリックに応じたことによって、良き戦友でもあり、ライバルでもあり、史上最高のラッパーとしても名高い2人がついに一戦を交えるのかと、ヒップホップ・コミュニティの緊張と期待が最高潮に達しました。
そんな中で開催された、J.コール主催のフェス「Dreamville Festival」。そこで大トリとして登場したJ.コールは、なんとライブ中のトークで「7 Minute Drill」を撤回して、あっさりとこのビーフから撤退してしまったのです。
俺は心の中で葛藤していた。だって、俺は二人のラッパーについて、俺が本心でどう感じているかを知っているから。一緒にゲームに参加できることが光栄だし、ましてや彼らの偉大さを追いかけることができるなんて。だから、(ケンドリックのディスに対して)何も思うことはない。だけど、世の中はビーフを見たいわけだろ。
(中略)
俺はフレンドリーさも保ちつつ攻撃を打ち返そうとしたわけだけど、結局、それを聴いたり、リリース後にみんなが議論しているのを見ていると、もやもやした。俺の心の平穏が乱された。
(中略)
俺は攻撃できる角度を見つけて、彼のリリースしてきたアルバムや偉大さを貶めようとしたけれど、今ここで言いたい。ケンドリック・ラマーがマイクを手にした全てのラッパーの中で最も偉大なMCの一人だと思うやつは声をあげてくれ。J. Cole - Live at Dreamville Festival 2024
この事態に衝撃を受けた人たちの間では、賛否両論が巻き起こりました。ヒップホップの競技的な側面が好きなファンからすると、バトルが始まるかと思った瞬間に、そのファイターがあっさりとリングから降りてしまったわけです。
「J.コールは優れたラッパーだと思っていたのに、そんなに弱腰で度胸のない奴だったのか」という失望も広がりました。
しかし、思い返してみれば、J.コールは常に“世間の求める姿を演じる自分”と“本当の自分”の間で葛藤を繰り返しては、本当の自分の姿や本音をあけっぴろげにファンと共有することで、その葛藤を乗り越えながら、ファンとの繋がりを深めてきたラッパーです。
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