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  • 2020.12.29

メッセージとは、“健康には良いが美味しくない食べ物”のようなもの

漫画『竜女戦記』の都留泰作。SF小説『横浜駅SF』の柞刈湯葉。漫画家でもあり、文化人類学者、また京都精華大で教鞭を執る学者でもある都留と、SF作家でありながら、漫画原作者、生物学者としての出自をもつ異色の対談。

ほかの漫画批評では読むことのできない、当事者作家、そして学者による創作論。

メッセージとは、“健康には良いが美味しくない食べ物”のようなもの

都留泰作による漫画『竜女戦記』。日本史を下敷きに、重厚な世界設定と緻密な描写で漫画好きの間で話題となり、「このマンガがすごい!2021」 オトコ編では第5位に選出された。作者の都留は漫画家でもあり、文化人類学者でもあり、さらに京都精華大で教鞭を執るというユニークなバックグラウンドをもっている。

今回は、そんな都留と同様にアカデミックな出自をもつ作家を交え対談を行った。対談相手はSF作家の柞刈湯葉。Twitter上で投稿された物語が第1回カクヨムWeb小説コンテスト・SF部門で大賞を受賞、2016年に書籍化され注目をさらった、自己増殖する横浜駅が日本列島を覆い尽くす世界設定を軸にした小説『横浜駅SF』で知られる。彼も生物学者としての出自をもち、さらに漫画原作者としての側面ももつ。

本対談では、それぞれの創作論から、『スター・ウォーズ』『BLAME!』『アド・バード』『寄生獣』などを引き合いに、漫画とSFにおける「世界観」の構築、専門研究がファンタジーや物語にどのように落とし込まれているか、現代におけるフィクションの意味性などを語ってもらった。

インタビュー・執筆:かつとんたろう 編集:和田拓也 協力:平凡社、KADOKAWA、早川書房

目次

  1. エンタメとアートの間に、厳密な壁はない
  2. 「キャラクター」か「世界」か 岩明均・大友克洋の場合
  3. 理論を反転しても世界は揺らがない サイエンス・フィクションの強み
  4. 学問的な知と、エンタメに求められる教養の世界は重ならない
  5. フィクションの役割は、問題の解決ではなく発見

エンタメとアートの間に、厳密な壁はない

──都留さんは、ご自身の著作『<面白さ>の研究』で「世界観エンタメ」というものをテーマにしています。これについて、まず都留さんから、簡単にご説明いただけますでしょうか。

都留泰作(以下、都留) これはぼくの個人的な考えなんですけれども、漫画の世界ではいつもキャラクターのことばかり言われるんですよね。まずキャラクターがあって、その次に世界観がある。

しかし、キャラクターが弱くても大傑作と言われるような作品も世の中にはもちろんあって、代表的なのは『スター・ウォーズ』です。『スター・ウォーズ』の場合、キャラの魅力よりもやっぱり宇宙ですよね。キャラクターに自分を仮託して宇宙を旅する。そういうかたちで、『スター・ウォーズ』はエンターテインメントになってるんじゃないか。

都留 こういった作品を見る時に、キャラクターだけで語るにはどうも不足しているような気がして、世界観がまず最初にあるエンターテインメントを指して、「世界観エンタメ」という言い方をしています。これを日本で主流のエンターテインメントに持ってくるというのは、まだちょっと目新しい見方なのだろうと思って使っている部分もあります。

ぼく自身、もともとSFマニアみたいところがあるんですけれど、SFでは世界観が先にあるは普通のことなんですよね。その世界が面白ければいいじゃない、キャラクターなんてキャプテン・フューチャーでいいじゃない。これは極論ですけれど、そういうところもあるはずです。

ちなみにここで言う「エンターテイメント」とは、「フィクション一般」として考えてもらってかまいません。ただ、わざわざエンターテイメントと書いたのは、今の時代、普通の娯楽がかなりアーティスティックな所まで求められるまでに成熟している、というような意味を入れたかったんですね。

──なるほど。たとえばSFはエンタメだと長らく言われてきていますが、SF作家である柞刈さんは、「エンターテイメント」というものをどういう風に考えていらっしゃいますか。

柞刈湯葉(以下、柞刈) エンタメとアーティスティックなものとの間に、厳密な壁はないと思っています。あえてそこに区切りを設けるとすれば、アートは、そのコンテンツを消費することを通じて鑑賞者が何かしら成長するようなことが期待されると思うんですよね。つまり、それを見たり読んだりすることで自分の心が豊かになる、といったものです。

できればぼくとしては、読者になにか爪痕を残すとかそういう感じではなくて、ただ通り過ぎるような、水みたいに流れていくようなもの書きたいな、と。

あるいは第三者の解説がそんなにいらない、というのも区切りのひとつかもしれません。つまりアートについて、「これはこういう背景があるんですよ」と解説されることはありますけれど、できれば多くの人に解説なしでわかってもらえるようなものを書いていきたいですね。多くの人というか、「みんな」というものが今どこにあるのか、というのを捉えていきたいと思っています。

つまりぼくは小説家の中では、どちらかというとエンタメの側にいたいと思っている人間なんです。あまり小難しいことを言っているやつだと思われたくないというか。あくまでエンタメの範囲内で科学的にちゃんとしたことを言っているやつだ、というようなポジションがいいかなと思っています。

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「キャラクター」か「世界」か 岩明均・大友克洋の場合