JRPGの到達点と海外に広がる遺伝子たち──『サガエメ』『FFXIV』生んだ百花繚乱の2024年総決算
2024.12.21
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たとえば、原子力は“青年”…
青年の腕は太く、たくましく
青年の血は熱く、鼓動を伝える。
青年はエネルギー
増大し、成長する。 ──読売新聞(1976年10月31日付)の日本原子力文化振興財団の広告より ※1
※1 早川タダノリ『原発ユートピア 日本』、合同出版、2014年、35頁
2024年9月末、『週刊少年ジャンプ』の看板を背負ってきた人気漫画『呪術廻戦』がフィナーレを迎えた。
最終章にあたる「人外魔境新宿決戦」編は、本作の主人公・虎杖悠仁がラスボスの両面宿儺を打ち倒し、身体を乗っ取られていた伏黒恵を救い出すことで決着する。ろくに術式も使えなかった虎杖が「領域展開」できるまでに成長したのも感慨深いが、2020年10月の退場以来、丸4年近くも生死不明だった釘崎野薔薇のカムバックには驚かされた読者も多いはずだ。
そして最終話、再びタッグを組んだ虎杖・釘崎・伏黒の同級生トリオは、以前のように3人で協力して呪詛師の迷惑行為を解決する。自分の行いを悔いる犯人に対し、笑顔で更生を促す虎杖の姿には、あの宿儺にさえ情けをかけようとした主人公の慈悲深さがよく表れていた。
ただ実をいうと、最終話でもっともわたしの印象に残ったのは、回想シーンに登場する故・五条悟の次のような一言だった。
「もう五条悟とかどーでもよくない?」
あろうことか宿儺との最終決戦の直前、うんざりといった表情でぶっちゃける五条に、教え子の虎杖は困惑を隠しきれない。だが、わたしを含め本作の結末を見届けた読者の多くは、このセリフにどこか納得感があったのではないか。
もう五条悟とかどうでもいい──。『呪術廻戦』とは結局のところ、ほかでもない五条本人にそう言わせるための、いや、彼自身がそう言えるようになるための物語だった。単行本にしてちょうど30巻、271話におよぶ6年半の連載は、五条悟という作中最強の呪術師がようやくお役御免になるまでの年月だったのだろう。
ちょうど新宿決戦のまっただ中だった2024年3月、わたしは「原子力少年の憂鬱」と題した『呪術廻戦』論を寄稿している。これは虎杖を“原子力少年”という主人公類型に当てはめ、戦後日本の原子力政策、具体的には高レベル放射性廃棄物の最終処分場と関連づけて論じたものだ。
このとき予想していた結末は結果的にハズレだったが、原子力少年というアイデア、そしてそこからの脱却という大まかな見取り図自体は、本作の結末について考えるうえでも有益な示唆を与えてくれるように思う。
そこで『呪術廻戦』が完結したいま、あらためて原子力少年という観点から、本作と日本の原子力政策との関わりについて考えてみたい。ただし今回の主役は虎杖ではなく、宿儺との死闘の末に壮絶な最期を迎えた五条悟その人である。
『呪術廻戦』とは結局のところ、ある意味では“原子力少年の完成形”ともいうべき五条の死を通じて、戦後日本にかけられた巨大な呪いを解こうとする作品だったように思うのだ。
目次
- 「もう五条悟とかどーでもよくない?」──この一言のための物語だった
- 『AKIRA』から『ナルト』『ヒロアカ』まで──“原子力少年”の系譜
- 五条悟という完成形、少年たちに課せられた使命
- 戦後日本に託された、悲願の象徴
- 『呪術廻戦』で徹底して否定された理想像と、ある原子炉の末路
- 原子力の平和利用という“救済の言説”──敗戦の日から課せられた“呪い”
- 五条悟が言う、虎杖悠仁の「僕とは全く違う強さ」とは何だったのか
- 「強く聡い仲間たち」が体現する、複数性の強さ
- 広大な空き地に、その風は吹いている
五条悟が原子力少年の完成形であるとはどういうことか。この疑問に答えるためには、そもそも原子力少年とは何かを押さえておく必要がある。前回の論考の内容と重複するが、ここであらためて説明しておきたい。
原子力少年(アトミック・ボーイ)というのはわたしの造語で、一言でいえば「自分では制御できないほど強大な力を秘めた少年」のことだ。わざわざ「原子力」と言い換えているのは、このあと触れるように、彼らのありようが人類史における原子力エネルギーの位置づけとよく似ているからである。
『週刊少年ジャンプ』に代表される日本の少年漫画誌では、1980年代半ばごろから今日にいたるまで、このタイプの男性主人公たちが続々とデビューしている。
有名どころでは『ドラゴンボール』(1984–95)初期の大猿化する孫悟空、『NARUTO-ナルト-』(1999–2014)のうずまきナルト、『青の祓魔師』(2009–)の奥村燐、『SHAMAN KING FLOWERS』(2012–14)の朝倉花、『僕のヒーローアカデミア』(2014–24)の緑谷出久などが挙げられる。
近年では『怪獣8号』(2020–)の中年男性・日比野カフカや『ルリドラゴン』(2022–)の女子高生・青木瑠璃のように、少年以外の主人公にまで広がってきているようだ。
こうしたキャラクター造形に決定的な影響を与えたと思われるのが、冷戦末期に『週刊ヤングマガジン』で連載が始まった大友克洋の『AKIRA』(1982–90)である。
同作では冒頭、明らかに核兵器をイメージした「新型爆弾」が東京のど真ん中に炸裂し、第三次世界大戦が勃発する。ところが、のちにこの大破壊は新型爆弾によるものではなく、アキラと呼ばれる超能力少年の暴走によって引き起こされたことが明かされる。
太平洋戦争末期に広島と長崎に投下された原子爆弾の惨禍、そして戦後すぐに始まる米ソ冷戦と度重なる核実験による全面核戦争の脅威が、『AKIRA』では大都市を消し飛ばすほどの破壊力を秘めた超能力少年へと翻案されているわけだ。
『AKIRA』のストーリーは、アキラと同様に超能力に目覚めた不良少年・島鉄雄と、彼の暴走を食い止めようとする金田正太郎の2人を軸に進んでいく。同作以降、およそ40年にわたって少年漫画を席巻する原子力少年たちは、金田のライバルとして描かれる鉄雄を主人公のポジションにコンバートした存在と言えるかもしれない。
そう考えると、たとえばナルトの体内に封じられた魔獣(九尾)の莫大なチャクラや、緑谷が受け継いだ強力な個性(ワン・フォー・オール)などもまた、もとをたどれば“原子力の比喩”として解釈することができるのではないか。
要するにこれが「原子力少年」という命名の由来である。「自分では制御できないほど強大な力を秘めた少年」とはつまり、思春期にありがちな破壊衝動に振り回される等身大の若者であると同時に、原子力という途方もないエネルギーを手に入れたわたしたち人類の自画像でもあるというわけだ。
前回述べたように『呪術廻戦』(2018–24)の主人公たちもまた、原子力少年の血筋を色濃く受け継いでいる。邪悪な両面宿儺の「受肉体」である虎杖は、作者の芥見下々が述べているとおり※2、生まれつき体内に九尾が封じられたナルトをモデルにしたものだ。
さらに虎杖だけではなく、自分ひとりでは調伏不可能なほど強力な式神を呼び出せる伏黒、そして前日譚の読み切り作品『呪術廻戦0 東京都立呪術高等専門学校』(2017)の主人公にして幼馴染である少女の悪霊に取り憑かれていた乙骨憂太も典型的な原子力少年と言っていい。では、彼らの教師である五条悟はどうだろうか。
※2 芥見下々『呪術廻戦 公式ファンブック』、集英社、2021年、181頁
一見したところ、五条は原子力少年というキャラクター類型には当てはまらない、それどころかもっとも遠い存在にさえ映るかもしれない。
そもそも少年ではなくアラサー(29歳)だし、何よりも虎杖や乙骨といった教え子たちとは対照的に、「現代最強」と称される自身の力をほぼ完璧に制御することができるからだ。
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