商業イラストレーターにとって「コミュ力」や「営業力」が二の次である理由
2024.06.08
私たちはVTuberを独立した存在として眺めるだけではない。VTuberというフィクションを破壊するような鑑賞について、「三層理論」を提唱した分析美学者・難波優輝が連載で論じる。
※本稿にはバーチャルYouTuber(VTuber)への誹謗中傷の引用や、VTuberに対する「アンチ」的行為の事例が記載されていることに注意してください。特に前者に関しては、本論の趣旨における具体的事例の重要な役割を鑑み、そのまま掲載しています
クリエイター
この記事の制作者たち
──あなたにとってアイドルとは?「実生活において誰かを愛したいのに愛せないみたいな状況が多い。
ある街頭インタビューに答えて。東京大学大学院生(当時)、足立伊織
振り上げた愛のおろし先が見当たらない時に人々の愛を受けて入れてくれる場所。お金に代えて」
「仕方ねぇよバカ女なんだから」
「母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」
このひどい言葉は文脈なしで読んでも人をぎょっとさせる。
これは、あるVTuberに対する名誉毀損に当たるとして、開示請求を受けた書き込みである(大阪地方裁判所第16民事部令和3年(ワ)第10340号発信者情報開示請求事件、令和4年8月31日判決言渡し)。
書き込んだ者を、私たちは「アンチ」と呼ぶだろう。当該のVTuberを傷つけるひどい行為をした、と。書き込んだ者はよほど当該のVTuberが嫌いなのだろう、と。
しかし、そう簡単な話ではない。この書き込みの文脈を辿ってみよう。
令和3年5月17日、当該のVTuberは、体調不良で休養するというツイートをした。その2日後の19日、「いやマジでリツイート出来る余裕あるなら近況報告くらいツイートしろや、なに捻くれてんねん。一連の行動が避難〔ママ〕を受けたのは身錆だろ/課金してる連中に申し訳無い気持ちねーの?」との投稿が5ちゃんねるになされた。
そして、この投稿に対し件の投稿がおこなわれた。「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」と。ここからわかるように、投稿者は当該のVTuberの行動の理由をひどく誤った理由によって説明しようとしている(母親の有無について、そもそも当該のVTuberは言及していない)。
だが、この投稿者は当該のVTuberが嫌いなのだろうか?
私は、単に投稿者がVTuberを嫌っている、と結論づけることでは問題の本質を捉えたことにはならないと考える。むしろ、投稿者は、当該のVTuberを「擁護」しようとしたのではないだろうか? そして盛大に失敗したのではないか──?
この投稿を何度も読み返していると、私は一つのアイデアに取り憑かれていった。VTuberを含めたアイドルを応援し、あるいは誹謗中傷する人々は、単純にファンとアンチに分けられるのではなく、両者はメビウスの輪のように表裏がつながっているのではないか(cf. Gray 2005, 84)。ではそのメビウスの輪は何でできているのか──?
私はある考えにたどり着いた。ファンとアンチをつなぐメビウスの輪──それは、「ケア」である、と。
目次
- 愛と暴力のメビウスの輪
- なぜ人はVTuberをスポイルするのか? 「スポイル的鑑賞」の定義
- 「あの子を誰よりも輝かせたい」:お節介で競争的なケア
- 誰もがケアせずにはいられない
- 「バッド・ケア」:アンチであることが、同時に「ケア」であること
- 2つの「親密さ」でつながるVTuberとファン
- 「もう一度、こちらを振り向いて」:壊れる親密さ
- つながりの回復を目指す絶望的なケア
- ケアだからといって善きものになるわけではない
- おわりに──「ケアを誘いかけるビジネス」:ケアの呪いと祝福
本稿は、「ケアとしてのアンチ」というキーワードから、VTuberやアイドルを”スポイル”するような鑑賞のあり方、すなわち、自分が応援しているアイドルではない他のアイドルやそのファンへのアンチ行為、あるいは、アイドルへのおせっかいな行為や反転アンチについて焦点を当てることで、推してしまうことやアンチ活動をおこなってしまうことの魔力に私たちが向き合うための概念的な手がかりをつくり出すことを目指す。
ケアとは何か? 人は誰しもケアをして、ケアをされて生きていること、つねにすでにそうであることから出発する「ケアの倫理」に基づいてこの言葉を使っている。
ケアの倫理は、その始まりは1980年代に遡れるが、主に女性に担わされ、見逃されてきた日常生活におけるケアの役割に光を当てるもので、改めてその価値と公正なケアの配分をめぐって近年も様々な研究者が豊かな議論をおこなっている(cf. Gary 2022)。
一見ファン活動やアンチ活動からは遠いように思われるケアの倫理の観点から考えることで初めて、VTuber(あるいは広くアイドル)に対して「推すこと」「そのファンであること」「ファンと交流すること」そして「それをディスること」「そのアンチであること」「そのファンを非難すること」が、これらの活動をするファン/アンチの人生において、どうしようもなく呼びかけられるような「ケア的な経験」であることが理解されてくる。
ファン活動、アンチファン活動は、「ケア」への憧れによって駆動されている──しかし、その多くはバッド・ケアでもある。
なぜケアから考えるのか? それは、ファン活動/アンチファン活動が「ケアへの憧れ」によって突き動かされていることを考えると、その魅力と問題を明確化し、それとどのように向き合えばいいのかについてのヒントが得られるからだ。
本稿の構成は次の通り。第一に、スポイルについての研究がなぜ重要かを紹介し、第二に、私が「スポイル的鑑賞」と呼ぶVTuberへの関わり方について、競争的アンチファンと構いすぎるファン、そして失望したアンチファンを取り上げ、事例を挙げながらケアの観点から分析する。最後に、VTuber文化も含むアイドル文化全体がケア機会をデザインすることで利益を生み出し、加速させる「ケア誘いビジネス」をおこなっていることを指摘し、よりよいケアとその環境のデザインとは何か、を考える必要を提起したい。
では、私たちの愛の行き先を考えよう。
VTuberにまつわるもっとも大きな謎の一つ。それは、VTuberをスポイルするような人々の行動だ。ここで「スポイル(spoil)」とは、「台無しにすること」の意味で用いている。VTuberがこれまで通りに配信できなくなったり、活動しているVTuberの周囲のファンも含めた人々に迷惑をかけたりするような行為を意味する。
なぜ人はVTuberに対するアンチコメントを投稿するのだろうか? 開示請求にいたるほどの誹謗中傷をするのか? 嫌いなら放っておけばいいのではないか?
こうした、アンチコメントや誹謗中傷といった、VTuberの活動を邪魔したり、イメージを毀損したり、他のファンの鑑賞を阻害したりするようなVTuberの鑑賞のやり方を「スポイル的鑑賞」と呼びたい。これから私が考えたいのは「なぜ人はスポイル的鑑賞をするのか?」という、VTuber文化を考える際に十分に問われてこなかった問いだ。
【バーチャルYouTuber研究したい人に向けたブックガイド】
*アイドルスタディーズ篇*
アイドル論の基本論点を眺めて、あなたがビビッとくる論点を探しましょう。達成目標*ジェンダー・労働・推し・楽曲・パフォーマンス・ジャンル・鑑賞経験 etc. の論点を知り、気になる論点を見つける。 pic.twitter.com/sA9BNdOwTp
— 難波優輝 / Namba Yuuki (@deinotaton) May 22, 2024
VTuber文化にまつわる研究は現在盛り上がりを見せている。近年、アイドルスタディーズ(上岡 2023; 香月 et al. 2022; 田島 2022)や、2.5次元文化(須川 2021; 岩下 2020; 上田 2020)に関する研究書籍や論文が数多く出版されている。とりわけ、ファンがアイドルを「推すこと」やアイドルにエンパワーメントされることについての考察が深まっている(筒井 2022; 青田 2022; 鈴木&和田 2022; いなだ易 2022)。
しかし、例外を除いて(向井 et al. 2022; 濱野 2012)、日本ではアンチ、あるいはアンチファンに関する研究はまだまだ十分に論じられていない。とりわけ、VTuberのアンチファン研究はおそらくない。
VTuberに対する誹謗中傷に関する対策が大手YouTuber事務所のUUUMと、VTuberプロダクションを運営するANYCOLOR社とカバー社の連携で取り組まれるようになったり、VTuberに関する法学的議論と判決の蓄積が進むなど(原田 2021a; 2021b; 2023)、VTuberに対するスポイル的鑑賞のネガティブな存在感は大きい。
VTuber文化の影の主役といってもよいこの鑑賞のあり方を論じないことには、VTuber文化について十分に論じられたとは言えない。
本稿の結論を先に言ってしまおう。なぜ人はスポイル的鑑賞をするのか? その答えは、人はスポイルするように呼びかけられるからだ。スポイルすることによって人はケアをおこない、充足感を得ることができるからだ。そして、ケアから考えることで、アイドル文化全体の本質さえ掴み取ることができるのではないか、と目論んでいる。
スポイルとケア? アイドルとケア?
一見意味がわからない組み合わせだろう。この答えの意味を一つずつ明らかにしていこう。
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