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  • 2020.01.10

『パラサイト 半地下の家族』が描く身体性はなぜ国境を超えたか

西洋のステレオタイプを乗り越えたアジアのミクロな物語が、国境を超えてひととひとを繋ぎ、メインストリームで評価されている。

一方で、ストリーミング配信により映像作品は“飽食”の時代を迎えているように見えるが、アジアの作品たちを私たちが目にすることはまだ少ない。私たちが親しむ名作はごく限られた世界のものにすぎない。本連載では、有象無象の作品が世に出される飽食の時代にあっても輝きを放つ、アジアの珠玉の名作を新旧問わずレビューする。

『パラサイト 半地下の家族』が描く身体性はなぜ国境を超えたか

『パラサイト 半地下の家族』監督 ポン・ジュノ

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韓国映画誕生から100周年を数える2019年に韓国で公開されたポン・ジュノ監督 最新作『パラサイト 半地下の家族』は、様々な点においてエポックメイキングな作品だ。

昨年5月に本国で公開以来、1000万人を超える国内動員数を記録し大ヒットした本作が注目を集めたのは、その国際的評価の高さであった。韓国映画として初めてカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを獲得、フランスではボックスオフィス1位を達成し、また北米では昨年の10月公開当初3館だった上映館数を口コミによって620館にまで拡げ全米興収2000万ドルを集めたことで、非英語米国作品を含まない外国語映画において現在全米興収歴代8位にランクイン中。

さらにはアカデミー賞の前哨戦で作品賞を含む120以上の賞を受賞し、ゴールデングローブ賞では外国語映画賞を受賞するなどの快挙を次々に達成、アカデミー賞での受賞も有力視されている。

『パラサイト 半地下の家族』予告

昨年末に発表された各メディアによる年間映画総評では、外国語映画の枠を越えマーティン・スコセッシ監督『アイリッシュマン』、クエンティン・タランティーノ監督『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、そしてトッド・フィリップス監督『ジョーカー』など世界を賑わせた大作と肩を並べて『パラサイト 半地下の家族』が評価された。

この作品において最も興味深い点は、韓国映画として史上最高ともいえる国際的評価を受けている本作が、韓国文化に深く根差す土着的な内容の作品であるということだ。

ポン・ジュノ

ポン・ジュノ

ポン・ジュノ監督自身も、当初は本作の海外公開について懸念があったと明らかにしている。「韓国人が観てこそ腹の底まで100%理解できるディテールがところどころに散りばめられている映画だ」とメディアにコメントしており、我々のインタビュー取材においても「最初は外国の方に理解していただくことが難しいのではないか」と語っていた。

しかし『パラサイト』でポン・ジュノが描いたこの小さなディテールこそが、国境を越えた表現を可能にしたとともに、全世界が抱える隔たりのない問題意識を観る者に実感させる大きな役割を果たしている。

韓国の文化的バックグラウンドを強く反映させたという『パラサイト』はどんな作品か、そして自国のみでなく他文化圏の観客さえも惹きこんだ理由とは何か、それぞれを繙いていこう。

取材・執筆:菅原史稀 編集:和田拓也

目次

  1. 貧困家族が金持ち一家に“寄生”していく『パラサイト 半地下の家族』
  2. 日常のディテールに潜む、現代の韓国社会に残された傷痕
  3. 国境を超える、最小単位のモチーフ
  4. ポン・ジュノは『パラサイト』で何を更新したか

貧困家族が金持ち一家に“寄生”していく『パラサイト 半地下の家族』

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キム家は、韓国の貧困地区で暮らす4人家族。ソン・ガンホ演じるギテクを含む全員が無職の身で、その日暮らしを続けていた。そんなある日、ギテクの長男ギウ(チェ・ウシク )は大学に通う幼馴染から家庭教師の代役を依頼される。大学生ではないギウは当初難色を示すが、生徒の家が裕福で賃金が良いと説得され引き受けることに。Photoshopが得意な妹・ギジョン(パク・ソダム)に頼み大学在籍書を偽造し、高台にあるパク家の豪邸を訪れる。

ギウを雇うことを快諾したパク家の妻・ヨンギョ(チョ・ヨジョン)は、息子ダソンに生まれつき芸術センスがあること、何人も美術教師を雇ったものの落ち着きの無いダソンに手を焼いて皆長続きしないと悩みをこぼす。思案を巡らせたギウは、妹・ギジョンを美術教師とでっちあげることで職を得る計画を思いつき、そこからギテク一家はパク一家に近づいていくーー。

『パラサイト 半地下の家族』

『パラサイト』を“今年の映画”に選定したニューヨーク・タイムズ紙は「アート映画かポップコーン映画かという区別を消し去る作品」と評価しているが、その言葉通り本作は確固たる社会批判精神が根底に流れながら、観客を楽しませることを忘れていない。作中には多くのユーモアが散りばめられながらも、次のシーンに待ち受けるゾッとする展開や緊張感漂うサスペンス要素など、観る者に息つく暇を与えないほどジャンルの枠を飛び越え、予想外の方向へドリフトしていく。

『パラサイト』の監督 ポン・ジュノは、本作における創作の出発点についてこのように語る。

「私は経済学者でもなく社会学者でもないですから、彼らのような観点で分析し、メッセージとして伝えることが出発点ではありません。もちろん、格差社会をもっと覗き込んで深掘りしたい欲は自分のなかにありつつね」

ポン・ジュノ

「(社会を)経済学者や社会学者のような観点で分析しよう」というものではなく「どうしたら面白くおかしな映画を作ることが出来るのか」という思いが、ポン・ジュノ自身の根底にはある。

また構造上、数々の重要なトリックが忍ばされた作品であるため物語そのものについて多くを語ることは出来ないが、まずはこの作品の持つ優れたエンタメ性こそが、大衆を惹きつけ記録的動員数をもたらした一つの要因として挙げられることを先に述べておく。

日常のディテールに潜む、現代の韓国社会に残された傷痕

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半地下で暮らすキム夫妻

ではポン・ジュノが語る、本作における“韓国人が観てこそ理解できるディテール”“韓国的な状況”とはどんなものがあるか。

国民的ジャンクフードに潜む階級意識

まず劇中、金持ちパク家の母・ヨンギョが息子・ダソンのため“ジャージャーラーメン”なるものを作るよう家政婦に頼むシーンがある。韓国語で「チャパグリ」と呼ばれるこの食べ物は、国内ブランドの即席麺「チャパゲティ」と「ノグリ」を合わせ作られるジャンクフード(日本で言えば、ペヤングとチャルメラを合わせるといった感覚だろうか)だ。2012年にネット記事でレシピが取り上げられたことから注目を浴び、2013年にはリアリティ番組『パパ、どこへ行くの?』内で紹介されたことで本格的に普及。今では大衆から愛される国民的ジャンクフードとなっている。

しかし、本作に登場するパク家のジャージャーラーメンは一般的なレシピによるものではなく、その上に韓牛のステーキをのせたものだ。二つの即席麺で作るような“安い・速い・うまい”の極みともいえるジャンクフードの上にわざわざ高級肉をトッピングするバカバカしさは、普段からジャージャーラーメンに慣れ親しむ韓国の観客にとっては身をもって実感するものだろう。

パク夫妻

裕福なパク夫妻

ジャージャーラーメンを用いた理由について、ポン・ジュノ監督は「どんな社会的階級にいても、子供はこれが皆好きです」「しかし、金持ちの母は一般人の食べ物を子供に食べさせることができないので、韓牛をトッピングしたのです」と語っている。

誰にも見られていないはずの、家のなかで食べているものにすら金持ちらしくあろうとするヨンギョの見栄が滑稽に映るとともに、その身に染みてしまっている深刻な階級意識がたった一食で表現されるシーンだ。

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