若いオタクはアニメからVTuberに流れたのか? 7つのポイントから考察
2022.07.31
西洋のステレオタイプを乗り越えたアジアのミクロな物語が、国境を超えてひととひとを繋ぎ、メインストリームで評価されている。
一方で、ストリーミング配信により映像作品は“飽食”の時代を迎えているように見えるが、アジアの作品たちを私たちが目にすることはまだ少ない。私たちが親しむ名作はごく限られた世界のものにすぎない。本連載では、有象無象の作品が世に出される飽食の時代にあっても輝きを放つ、アジアの珠玉の名作を新旧問わずレビューする。
昨年『パラサイト 半地下の家族』が世に旋風を巻き起こしていた頃、インディペンデントシーンではもう一つの韓国映画が頭角を現していた。その作品『はちどり』は、韓国内で単館公開規模ながら15万人に迫る記録的動員数をマーク、またベルリン国際映画祭をはじめ国内外で50を超える賞を獲得。韓国最大の映画賞である青龍映画賞においては『パラサイト』をおさえ最優秀脚本賞に輝いたとともに、日本、台湾、アメリカ、シンガポール、スウェーデン、トルコなど海外配給権セールスも好調であった。
また韓国の映画批評誌「CINE21」では、インディペンデント作品ながら2019年の年間ベストで『パラサイト』に次いで第2位となっている(外部サイト)。
既に巨匠と知られる存在であったポン・ジュノが世界の脚光を浴びるなか、本作でメガホンをとったキム・ボラは同作で長編デビューを果たしており、韓国映画シーンの豊穣さは『パラサイト』の世界的評価のみならず、メジャーとインディペンデント作品、そしてベテランと新人監督がそれぞれに評価されたことに表れている。
さて、『パラサイト』でアカデミー監督賞を獲得したポン・ジュノ監督が「最も個人的なことが最も創造的なことである」と壇上で口にしたスピーチは人々の記憶に残るものであったが、それはまさにこの『はちどり』のような作品を指す言葉であるように思う。
執筆:菅原史稀 編集:和田拓也
『はちどり』ストーリー
1994年、ソウル。14歳の少女ウニは学校に馴染めず、漢文塾に通う他校の親友と遊んだり、後輩女子やボーイフレンドとデートして過ごしていた。小さな餅屋を営む両親はウニや兄姉と向き合う余裕なく働きつめており、家庭には緊迫した雰囲気が漂っている。孤独感を抱えていたウニだが、ある日新任の女性教師ヨンジと出会い次第に心を開いていく。
目次
- カゴの外の世界に対峙し、もがく少女の目線
- 時代が崩壊し、社会が崩壊し、日常が崩壊する
- 『はちどり』はクィア映画なのか
- 謎を残すシーン、エンディングの“あの1分”の意図
『はちどり』を鑑賞中、ソウルに生まれ育ったことのない筆者の心には不思議な懐かしさが込み上げていた。
学校帰り大きな集合団地へと吸い込まれていき、夕日を浴びながら作りおきのチヂミを手掴みで食べるウニの姿。平穏な一日に突如として始まる家族の言い争いは、まるで天災のように予測不能でその心をかき乱す。何か知らないけれどいつも眠くて「カラオケの代わりにソウル大学へ行け」という担任の話は全くピンとこないし、塾の友達とふざけたり交際相手とするポケベルでのやり取りは楽しい。
そんな小さな暮らしの空気が現実味を伴って届いたのは、語り手であるキム・ボラが81年生まれの女性監督であり、94年当時はまさにウニと同じく14歳の少女であったからだろう。
しかし、この『はちどり』を“いま観るべき一作”として紹介したいと思い至った一番の理由は、懐かしさではない。本作において何より新鮮に映ったのは、「少女の日常」ではなく「少女の目線から見た世界」を描いていた点である。
ソ連崩壊と冷戦終結、また急速な経済発展により人々の暮らしが大きく変革していた韓国の90年代は、キム・ボラ監督いわく「それまで韓国が先進国へ仲間入りする希望をもって国民が向いていた気持ちが、一気にどちらへ向かっていけばいいのか方向性が分からなくなった」時代だという。
当時の韓国を描いた作品はTVドラマ『応答せよ1994』(2013)などが知られ、また現実の社会問題と個の在り方をナラティヴに語ってみせるアプローチは『パラサイト』をはじめ昨今の韓国で生まれるカルチャーに多くみられる。
しかしこの『はちどり』は変化に揺れ動き新時代へ突入していく韓国社会のなか、世界と対峙するアティチュードを見いだしていくウニの姿が、少女の小さな視点により誠実な語り口で示されていることが何より大きな重要性をまとっている。
韓国では昨年に上映されていたが、ここ日本では新型コロナウイルスの影響を受けたことで封切りが待たされ、奇しくも大きな社会的変化に人々が揺れ動くさなかでの公開となった本作。26年前のソウルにあった風景をウニの目を通して眺めるその時、今に生きる我々は何を知り感じるのか。
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