
オリエンタリズムを超えるアジア映画
2019年の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』の快挙はいわずもがな、西洋のステレオタイプを乗り越えたアジアのミクロな物語が…
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西洋のステレオタイプを乗り越えたアジアのミクロな物語が、国境を超えてひととひとを繋ぎ、メインストリームで評価されている。
一方で、ストリーミング配信により映像作品は“飽食”の時代を迎えているように見えるが、アジアの作品たちを私たちが目にすることはまだ少ない。私たちが親しむ名作はごく限られた世界のものにすぎない。有象無象の作品が世に出される飽食の時代にあっても輝きを放つ、アジアの珠玉の名作を新旧問わずレビューする。
2014年、中国映画として史上4例目となるベルリン映画祭グランプリ金熊賞、そして主演男優賞である銀熊賞の二冠を果たした『薄氷の殺人』は、本国においても1億元(約15億円)超の大ヒットを飛ばしたことで「異例の事態」と話題を集めた。
本作が国際評価を獲得するとともに、国内ヒットを達成したことが「異例」と言われた背景には、ベルリン映画祭などで評価の高いインディペンデント系作品に対し厳しい目が向けられる、中国映画市場の独自性がある。
例えば、過去に金熊賞を獲得しているワン・チュアンアン(王全安)監督が2010年に発表した『再会の食卓』は銀熊賞作品であり海外人気は高いながら、中国内では興業収入18万元(約280万円)に留まっている。また日本にもファンの多いジャ・ジャンクー(賈樟柯)監督が手がけ、カンヌ国際映画祭にて脚本賞に輝いた『罪の手ざわり』は国内上映そのものが禁止されているなど、そもそもとしてインディペンデント系作品が生まれにくい土壌の影響も大きい。
そのような背景のなかで、ディアオ・イーナン(刁亦男)監督の最新作『鵞鳥湖の夜』が9月25日より日本公開開始された。
本作は、昨年に中国とフランスで劇場公開。カンヌ国際映画祭でパルムドール候補作に選出されるとともに、中国興業収入チャートで初登場2位と前作『薄氷の殺人』同様の好成績をマークした。
ディアオ・イーナン監督作品が、国際評価とともに“独自”とも言われる中国映画市場の支持を得るのはなぜか。彼の隠れ蓑となるフィルムノワールというエンターテインメントの鋳型と、検閲を乗り越える中国映画“第三の道”、アジア人初のヒューゴー賞受賞作『三体』著者・リュウ・ジキン(劉慈欣)原作のNetflix『流転の地球』とディズニーのムーラン問題、海外出資・ライブコマースによる中国インディーズ映画シーン独自の活路──。これらを紐解いていきながら、世界最大マーケットとして急成長を遂げる中国映画の行方を探りたい。
執筆:菅原史稀 編集:和田拓也
『鵞鳥湖の夜』のあらすじは以下の通りとなっている。
2012年の中国南部・鵞鳥湖周辺は、都市開発から取り残されるとともにギャングたちの縄張り争いが激化していた。裏社会の住人となったことで家庭を離れた罪悪感を抱え生きる男チョウは、対立組織との抗争に巻き込まれたさい逃走中に誤って警官を射殺し指名手配犯となり、自らにかけられた報償金を妻子に残すことでその贖罪を晴らそうと画策する。そこへ妻の代理を名乗り現れた娼婦アイアイと行動を共にすることとなったチョウは、やがて彼女に固執心を募らせていき、次第に後戻りのできない袋小路へと追い詰められていく。
『鵞鳥湖の夜』における作品の本質は、中国・華北地方での連続殺人事件を元刑事が追跡するストーリーラインを持つ前作『薄氷の殺人』にも貫かれているものである。
『薄氷の殺人』では、やはり退廃した人生を送る主人公の男ジャンが、不可解な連続殺人と謎の女性ウーを追い求めることで自身の存在意義を取り戻そうと模索する姿が描かれる。情熱と欲望をいたずらにぶつけるジャンが織り成す追跡劇、そしてウーとの関係は、いつ足元が崩れ落ちるかもわからない薄氷の上を行くかのような緊張感をたたえている。
『薄氷の殺人』/Amazonで観る
この二作に共通して映し出されるのは、社会の片隅に生きる人々が直面する冷徹な現実と、登場人物の内に沸き起こる不条理な欲望である。
この二つの要素は、『薄氷の殺人』に付けられた原題『白日焰火(白昼の花火)』と英題『Black Coal,Thin Ice(黒炭と薄氷)』について解説した、ディアオ・イーナン監督のことばにも表れている。
「黒炭と薄氷は現実的な物体である一方、白日の花火は不条理なものを象徴しています。現実性と不条理性はコインのように表裏一体となって存在しているのですが、映画ではこの二つによって殺人事件が構築されていくわけです」外部サイト
このコントラストは、『鵞鳥湖の夜』における、漆黒の闇夜を切り裂くような極彩色のライトやネオンサイン、また『薄氷の殺人』における黒炭と薄氷といった、作中を通し印象的にスクリーンへ映し出される鮮烈な映像表現にも示されている。
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