若いオタクはアニメからVTuberに流れたのか? 7つのポイントから考察
2022.07.31
平野啓一郎が提唱する「分人主義」。DJ RIOが推し進める「アバター社会」。
ふたつが交わる時、どんな「わたし」たちが現れるのか。
クリエイター
この記事の制作者たち
『ドーン』『私とは何か 「個人」から「分人」へ』で分人主義、人間を一つの「個人」ではなく、シチュエーションに応じた自分──様々な「分人」の総体として捉える考え方を提唱した平野啓一郎。
5月に発売となった最新作『本心』で主人公は、亡くなった母の情報を学習したAIが再現する3Dモデル「バーチャル・フィギュア」と向き合う中で、自分の知らなかった母の分人と出会う。
対するはスマホ向けメタバース「REALITY」の運営、KMNZをはじめバーチャルタレントをプロデュースするREALITY株式会社代表の荒木英士ことDJ RIO。
バーチャルYouTuberやアバターについて考える時に、分人主義は避けて通れない。2019年、4人に分裂したキズナアイに関連した声明文に登場したのはもちろん、アバターをまとう時、実空間とは異なる自分──分人として我々は仮想空間で時を過ごす。
分人主義とアバター、貧困と格差や能力主義と密接に関連させた『本心』をたたき台とした二人の対談は、いずれ来たるべき──既に訪れているアバター社会の姿を照らし出す。
司会進行は「バーチャルユーチューバの三つの身体」にて三層理論を提唱した美学者・難波優輝。
目次
- 「分人主義」とバーチャル空間について
- 『本心』執筆のため、DJ RIOに取材していた
- 分人が身体を伴った時が、アバター社会である
- 居場所はどこにあるのか
- 丸いアイコンは、3D空間では通用しない
- わたしたちは3Dになるべきか?
- 中の人と外の人をずらし続ける
前編では平野啓一郎が提唱する「分人主義」をめぐって議論が交わされる。
ここでいう分人主義とは、彼の小説『ドーン』や新書『私とは何か 「個人」から「分人」へ』で提示された人間のあり方に関する分析概念である。それによれば「一人の人間は『分けられない individual』存在ではなく、複数に『分けられる dividual』存在である」。
つまり、人間はたった一つの「個人」ではなく、様々な人との関係の中でそれぞれの「分人」を多数的に生きているのだ。恋人や家族といるときの「わたし」と職場の「わたし」の違いを考えれば分かりやすい。このどちらも「わたし」であって、本物と偽物の区別はない。もちろん、どの分人が一番好きなのか、あるいはどの分人は「わたし」にそぐわないつらいものなのかは人によって異なる。
『本心』では、亡くなった母を再現する「バーチャル・フィギュア」と向き合う中で、主人公は自分の知らない母の分人と出会う。そこで描かれるのは、愛する誰かの全てを──「本心」を知ることができない苦しさである。他方で、DJ RIOが可能にするバーチャルYouTuberやREALITYでの配信者たちは、アバターをまとうことで、現実では表現できなかった「本心」のままで生きる道を見つけ始める。
分人が生み出す影と光。それが現実とバーチャル環境の中で入れ代わり立ち代わり現れていく。わたしたちはアバターとバーチャルリアリティ環境の中でどんな「わたし」たちと出会い始めるのだろうか?
DJ RIO 平野さんお久しぶりです、よろしくお願いします。空気を読んで今日は(荒木英士としてではなく)DJ RIOで来ました(笑)。
平野 最高です(笑)。RIOさん、よろしくお願いします。
──お2人に取材のご依頼をした際、平野さんは『本心』を執筆されるにあたってDJ RIOさんに取材されたとお聞きしました。どういう経緯だったのでしょうか?
平野 専門的知識はなかったので、小説を書く前にいろいろな方に取材をしたいと考えました。それで何人かの方から、RIOさんにお話をうかがうべきじゃないかとアドバイスをいただきまして。基本的なことから教えていただいたんですよね。コロナ禍以前のことでした。
AIとかバーチャルリアリティの話というのは、百年後こうなるみたいな話はけっこうよくわかると思うんですよね。だけど、過渡期がどの程度のスピードでどうなっていくのかというリアリティが僕はなかなかわからなくて。どういう仕組みになっていて、どういうテンポ感で進んでいくのかみたいなことはRIOさんに教えてもらいたかったことですね。
DJ RIO 以前から存じ上げていた作家さんなので、すごい光栄なことだなと。
僕自身も5、6年前くらいに、「シンギュラリティ」という言葉のオリジナルであるレイ・カーツワイルという人の本を読んだりして、感銘を受けつつ、平野さんと同様、そこまでSF的にはならない現実的な未来像にも共感していました。それが自分の今やっている事業の根幹にあります。
そうしたテクノロジーの話とは別に、「分人主義」という考え方には非常に共鳴するところがありました。というか、初めて平野さんのご著書を読んだ時に「この考え方に名前がついたんだ」と思ったくらいの共感がありました。分人主義と、アバターやVRは隣り合わせの存在だと考えていたので、『本心』を書かれるためにお会いした時も、すごいいいテーマだなと思って楽しくお話させていただいた記憶があります。
平野 分人に関心を持っていただいたのはすごく嬉しいです。人によってはバーチャル空間でアバターをまとうことで、実生活のフィジカルな世界では得られなかった開放感を得られる人はたくさんいると思うんです。
ジェンダーの壁を乗り越える方法にもなるし。人間という限界を超えるような外見もできるし。AIとかバーチャルリアリティについては、自分が考えてきたことの延長上でかなり関心を持ってアクセスしているんですよね。
DJ RIO 一回VRChatを体験してもらう機会もつくりましたよね。
平野 はい、ありがとうございました。それに関連して、コロナになってZoom対談がすごく増えたんですね。すると自分の顔を見ながらしゃべる機会が増えた。対面だと自分の顔見ないから、自分がどんな顔してしゃべってるかとか気にしたことなかったんですけど、気がついたら相手を見ていなくてずっと自分を見ながらしゃべってるときもあって(笑)。
それで思ったのは、今の自分の外見が、RIOさんのように全然違うものになっていると、これまでと全く違う話をしだすんじゃないかなと。例えば、ジェンダーの話題をするときに、アバターを通じてディスカッションする。そこで、僕だったら女性になったり、それぞれの人が自分のもともとと全然違う外見になると、議論の展開も変わってくるんじゃないかという気もするんですよね。
DJ RIO そう、そうなんですよ。人間は社会的動物なので、相手との関係性によって人格というものは生じていて、関係性が複数あれば人格が複数あるのは当たり前だよね──平野さんの分人主義はこういうことだと理解しているんです。
さらに言えば、あくまで観念でしかなかった分人が身体を伴うのが「アバター社会」だと思っています。今の現実世界では、相手との関係性によって違う人格を持っているんだけど、肉体は同じですよね。これが肉体まで変わるようになると、関係性によって人格が変わる、ということを大きく超えた変化がある。
平野 なるほど。
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