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2024.01.26
2002年、テレビアニメ版『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の放送から20年余りが立った。
作中で起こった<笑い男事件>は、2024年2月1日を皮切りに、2月3日に本格的な動きを見せた。ついにその物語が現実に追いついた記念すべき年である。
本稿は、noirse氏による令和の「笑い男論」となる。
ぼくには詩がある
ぼくには歌がある
さみしい夜に会いにきてほしい
ぼくが強くなるために手を差し伸べてほしいJohn Hinckley「Never Ending Quest」
2024年2月3日。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(2002)作中の<笑い男事件>が始まった、ファンにとって記念すべき日が近付いている※。そんなニュースが目にとまったのと前後して、連続企業爆破事件の容疑者として指名手配されていた桐島聡が逮捕されたという報道が流れてきた。彼の犯行と『S.A.C.』にはなんら関係するところはないが、わたしには興味深い符号に感じられた。
多くは説明不要だろう。笑い男事件とは漫画『攻殻機動隊』の複数ある映像化作品のうちのひとつ、初のTVアニメシリーズとなった『S.A.C.』で中心的なエピソードとなった事件を指す。笑い男はそのロゴも含め、ひとつのアイコンとして視聴者に強い印象を残し、今でもミームとして流通している。
笑い男事件の最大の特徴は、Stand Alone Complex──つまり独立した個々人が組織も命令もないまま集団のように行動し結果的に複雑系を形成するというアイデアの鮮やかさにあった。Windows95が登場してまだ数年後のこと、多くのユーザーがインターネットに可能性を感じており、『S.A.C.』と<笑い男事件>はその期待にうまくハマッた。
それから20年の月日が過ぎた。
SNSの普及が世界中に断絶をもたらし、トランプ元大統領を例に挙げるまでもなく、あちこちで大衆を扇動する極右ポピュリズムの台頭を許している。AIの発達は選挙活動においても悪用され、ヒッピーイズムとサイバー・ユートピアニズムの理想が託されたカリフォルニアン・イデオロギーも、GoogleやAmazonら大企業に回収されてしまった。笑い男事件が描いたStand Alone Complex現象は、トランプ支持者らのホワイトハウス襲撃事件という形で、あっさり結実したようにも映る。
このような状況下では笑い男事件も、『攻殻機動隊 SAC_2045』(2020-2022)での<N>化──「現実を生きながら、摩擦のないもうひとつの現実を生きられるようになった世界」──つまりノスタルジーの対象となるしかない。笑い男事件の実行日がこれだけ話題になることがその証左だ。
しかし笑い男は、本当に正義の告発者だったのだろうか。笑い男がミーム化して久しいが、そもそも笑い男とは何者だったのだろうか。
『S.A.C.』については、全体と個人、魂と身体、ゴーストと義体、AIの問題から政治問題まで多くの点について論じられてきたが、笑い男そのものについて触れたものは案外少ない。記念すべき笑い男事件の実行日を機に、「笑い男とは何だったのか」という点について掘り下げてみたい。
とその前に、もう少し『S.A.C.』について触れておきたい。<笑い男>というミームの歴史性を縦軸に、神山健治の作家性を横軸に置くことで、<笑い男>の像が立体的に浮かび上がると考えるからだ。
※ 一連の<笑い男事件>の時系列としては、2024年2月1日にセラノ・ゲノミクス社の瀬良野社長を誘拐したところから始まり、2月3日7時20分のTV中継にその姿を晒し「笑い男」マークが初めて世間に認識されることとなった
目次
- 神山健治と押井守を隔てる、未来への憧憬
- イノセンスとテロリズム 笑い男からジョーカー、ユゴーまでを繋ぐ線
- 「笑い男」というミームが表象するのは、断絶である
- 笑い男とジョン・ヒンクリー、あるいは桐島聡──笑顔のロゴの、向こう側
ぼくはダンシングベアーのように、
いつでも最高にできるよう練習してきた
いつまでも終わらない冒険の途上にいるからJohn Hinckley「Never Ending Quest」
笑い男事件は、ノスタルジーの対象と化したと述べた。『S.A.C.』監督の神山健治の“師匠”に当たる押井守が好んで扱うテーマのひとつだ。
押井自身が「神山がやってるのは、『攻殻』じゃなくて、『パト2』だなって思った」と言う通り(『神山健治の映画は撮ったことがない 映画を撮る方法・試論』)、笑い男事件には『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(1993)を彷彿とさせる要素が多々ある。たとえば『パト2』には東京の都市機能を麻痺させるシミュレーションとしての側面があるが、『S.A.C.』の警視総監殺害未遂事件にもそうした要素が認められる。
同じように笑い男という人物の正体にまつわる存在感の希薄さは、最後までほとんど姿を現さなかった『パト2』の黒幕である柘植──さらに言えば事件が始まった段階で既に死んでいる『機動警察パトレイバー the Movie』(1989)の首謀者・帆場──を想起させる。
押井の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)が事件そのものと同等、あるいはそれ以上にネット時代における生の問題を思弁的に扱うことに重点を置いていたのに対し、『パト1』『パト2』のようにあくまで事件そのもののプロセスをじっくり追った<笑い男事件>は、『GHOST IN THE SHELL』の次作というより押井版パトレイバーを継承しているように思える。
とはいえもちろん相違点もある。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984)で押井は、「責任を取れ、現実に還れ」と説くが、同時に『うる星2』で描かれたループする友引町、『パト1』の失われていく昔日の光景や『パト2』の戒厳令下の東京は、リアリストたらんとする押井の隠れた休息地とも感じられる。
神山はどうか。常に社会派を志向し、複数人でのブレストによりシナリオを練り込む神山は、作品に私的な感情を持ち込まないタイプだ。けれども『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』(2017)での夢の世界や『永遠の831』(2022)の8月31日から進まない夏休みには、友引町と似た安息地めいた気配が感じられる。
ただし神山の場合は、ノスタルジーというよりもその人の奥底に潜む無垢さ、常に国家や社会に対する疑問や不信を忘れない、少年らしいイノセンスが隠されているようにうかがえる。それは後述するJ・D・サリンジャーの短編「笑い男」(1949)のジョンや『ライ麦畑でつかまえて』(1951)のホールデンにも認められるもので、そうしたイノセンスが『S.A.C.』の「笑い男」というモチーフに注ぎ込まれている。
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