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2022.07.31
事実を積み重ねる“研究”という手法は、ジャーナリズムにおいては王道だ。
2019年、その王道によってある事実を可視化させた雑誌が大きな反響を呼んだ。雑誌で起きた“事件”を改めて紐解く。
『ニューズウィーク』日本版(CCCメディアハウス)の2019年6月4日号が「百田尚樹現象」と題し、ノンフィクションライター石戸諭による20ページにわたる特集記事を掲載した。
『永遠の0』『海賊と呼ばれた男』など数々のベストセラー作品を生み出してきた小説家である百田尚樹は、同時にインターネット上で過激な言動を繰りかえす人物でもある。
発行部数が65万部に達した近著『日本国紀』にも歴史学者から史実の扱いに疑問符がつけられるなど、その評価をめぐって大きな議論が起きていた。そうしたさなかで組まれたこの特集は大いに注目を集め、多くの読者を獲得した。
ところで本家の『Newsweek』誌(米国版)は1933年創刊という老舗雑誌だが、2010年にわずか1ドルで売却という憂き目にあった後、いったん印刷版の発行を断念したことがある。2014年の発行再開後も米国版の発行部数は10万部程度にすぎない。
1986年に創刊された『ニューズウィーク日本版』(当時はTBSブリタニカ発行)も、日本雑誌協会が公開している数字によると現在の印刷証明付発行部数は約5万部にとどまり、その約十倍を発行する『週刊文春』のようなマスマガジンとは一線を画する。つまり普段はさして存在感の強い媒体ではない。
この特集企画が大きな話題になった要因の一つとしては、取材対象である百田尚樹自身がTwitterで言及したことも挙げられる。紙媒体を発火点としつつも、WebやSNS経由で話題が広がるかたちで、この特集は一つの「事件」となったのだった。
発売後、朝日新聞の論壇時評でもこの特集が取り上げられ、そこでの否定的な評価に対して石戸は抗議し、記事の訂正を求めた。そしてその理由の説明が同誌のWebサイト上で行われたことも、昨今ではめずらしい出来事だった(こうした経緯があるためか、『ニューズウィーク日本版』編集部は現在、百田尚樹本人へのインタビュー記事を除くルポの全文をネットでも公開している)。
執筆:仲俣暁生 編集:新見直
目次
- 「不可視」なものを可視化させる試み
- 「ごく普通の人」とは誰か
- 渦中の人物へのインタビューから浮かび上がるもの
- 「批判」ではなく「研究」を
石戸諭はこの特集記事を、次の言葉で始めている。
日本のリベラル派にとって、もっとも「不可視」な存在の1つが「百田尚樹」とその読者である。誰が読んでいるのかさっぱり分からないのだ。『ニューズウィーク』日本版2019年6月4日号「百田尚樹現象」より
幅広い読者をもつ人気作家であり、ネット上では別の意味で熱狂的な支持を集めている人物をとりまく状況が、ある種の人々にとっては「不可視」である。つまり、そこにはなにか盲点がある。
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