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  • 2022.07.24

この世界には“悪意”が必要だ──『クラッシュ・バンディクー』脳

エンタメにおいて、たなかの価値観を決定づけた一つのゲーム。Diosのアルバム『CASTLE』にも影響を与えたそれは、25年続くタイトルだった。

この世界には“悪意”が必要だ──『クラッシュ・バンディクー』脳

クリエイター

この記事の制作者たち

どうもたなかです。

最近、人がなにかを学ぶ時の大まかな流れについて考えているんだけど、たとえば経理かなにかの資格を取るとしたら、まず参考書を買ってきて、ざっと流し読んで一周さらったあとに精読していく、というのが一般的に良いやり方と言える。

未知のジャンルに取り組む時には全体像を把握して、具体的な内容に入っていくべきだ。自分がエントリーしようとする世界にはどんな重力が働いているのか? それを見極めるのが良いだろう。そこから、細かな例外を一つひとつ学んでいくのが美しい流れだと思う。

でもこれは、あるひとつの世界をすでに知っている人間のためのやり方だ。ひとつの学問を修めた人間は、学問を修めるときのフローを知っている。経験則に照らして、新たな世界における自分の位置をざっくりと把握することができる。そうやって、また別の世界を知っていくことができる。数学ができるようになれば、物理だって勉強しやすいみたいな話だ。

目次

  1. 僕たちは、目に映るものを通して世界を知っていく
  2. 人を喜ばせること。エンタメにおける価値観を決定づけたゲーム
  3. 世界もクラッシュ・バンディクーも、歪である
  4. エンタメという悪意

僕たちは、目に映るものを通して世界を知っていく

それじゃあひとつも世界を知らない人間は、一体どうすればいい? 世界を知らない人間は、“世界”という概念を持たない。そうなると、自分の視界に映るものすべてに触れていくしかない。草に、水に、炎に──ときに不快な思いをしながら学び続ける。脳内のライブラリにある程度素材が揃ってくると、初めてそれらを分類できるようになる。

赤ん坊が概念として最初に学ぶのは、快と不快を通じて得られる、安全と危険ではないだろうか。どうも自分の暮らしのなかには安全な空間と危険な空間があるようで、危険な状態のときには不安になって泣く、みたいな。

数多くの具体的な経験を通じて、抽象的な法則を見いだせるようになる。抽象とは要するに“ショートカット”であると言っていい。刃物も炎も、ともに危険な存在であると要約できる。赤ん坊にとってはどちらも危険な存在と認識できればそれでいいだろう。料理をするわけでもないのだから。

人を喜ばせること。エンタメにおける価値観を決定づけたゲーム

世界にある多くのものに触れまくって、物体に貼れるラベルを増やしていくと、世界そのものが認識できるようになってくる。不変の法則がわかるようになってくる。どうやら挨拶はとりあえずしておいたほうがいいらしい、とか、切符を買うと電車に乗れる、とか、あらゆる学びを獲得していける。

人はみんな触れてきたものが違うから、それぞれの持っているルールが異なるのは当たり前のことだ。多様性っていうのはこうやってできている。一度身につけたルールを変更するのはけっこう難しい。自分の経験を経て獲得した法則は、なんというか、自分の肌になじんでいる。だから世界はいびつだし、それが美しいのである。

やっと今回の本題に入るんだけど、人はみんな、会話のやり方とか交通機関の仕組みを学んでいくのと同じように、エンターテイメントについても学んでいく。

いろいろな音楽に、ゲームに、文学に、映画に触れていく。ここでは、エンターテイメントとはすなわち人を喜ばせることだと、ざっくり言い切ってしまおう。絶対的な正解なんてないこの領域で、自分なりの心地よさを見出していく。

多くのエンタメのなかで、特に自分の価値観を決定づけたひとつのゲームがある。

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