Column

Series

  • 2024.01.15

イラストバブルが勃興した10年と、陰りを呼ぶ7つの理由

イラスト市場の危機 7つの原因

さて、そんなイラストですが、2024年現在、いくつかの面で危機を迎えていると言えるでしょう。

特にこの傾向は2020年以降から顕著になっており、一つのことではなく、様々な事象が折り重なっています。概ね以下の7つの原因が考えられます。

第1章ではそれぞれについて簡単に触れつつ、次章以降でも言及します。

①コロナ下によるコミケの減収
②原材料費の高騰
③スマホゲーム市場の縮小
④表現規制
⑤プラットフォームの不安
⑥AIの登場
⑦増税、インボイス

①〜④は特にクリティカルなところで、すでに影響が出ています。⑤〜⑦は今後の悪影響が懸念されている部分です。

コロナと戦争がもたらしたイラストへの影響

2020年から本格化したコロナ禍は経済的な面でも様々な場所で明暗を分けました。特に打撃が大きかったのは交通、旅行、イベント、飲食業などです。

イラストレーターはそれらに関係ないように見えますが、作品の販売イベントの休止など、直接的な影響が出ています。世界最大級の同人誌即売会である「コミックマーケット」(コミケ)は2020年の夏から2021年の冬にかけて2年間、中止を余儀なくされ、その後も参加者数に上限をつけて運営されていきました。

元々4日間で75万人以上が参加するイベントでしたが、コロナ以降、来場者数が半分以下にまで落ち込みます。それは消費の低下にも影響しており、多くのサークルで売上が低迷したという声が出ています。

さらに言えば、コミケが開催できなかった2年間でいくつかの印刷会社が倒産しています。有名なのは老舗印刷会社である共信印刷の事業撤退で、ショックを受けているクリエイターは非常に多かったです。かくいう私も同人サークルで活動していた時代は大変お世話になりました。小規模の印刷会社は同人誌の受注が売上の少なくない割合を占めるところもあるので、コミケの休止は致命傷になり得ます。

追い打ちをかけたのが、2022年2月から始まったロシアのウクライナ侵攻です。ロシアから輸出されていた原油が制限され高騰したため、ほぼすべての産業に影響が出ます。紙の製造から印刷、製本など多くの工程でコストが跳ね上がり、倒産が相次ぎました。この1年で印刷の原価は(種類にもよりますが)おおよそ1〜2割程度上がっており、書籍の販売価格などにも影響が出ています

バブル支えたスマホゲーム市場の陰り

コロナ禍以降ではゲーム産業にも変化が出てきています。

巣ごもり需要が増え、Nintendo Switchの『あつまれどうぶつの森』は世界累計販売本数が約4,100万本という凄まじいヒットを叩き出します。同社は2023年5月に発売された『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』でもすでに2,000万本近い売上を出しています。

このように家庭用ゲームではヒット作が続いていますが、イラストレーターの仕事の受け皿になっていたスマホゲーム市場は2020年をピークに減少しています。さらにこれは全体の市場傾向であり、国産のタイトルはよりシビアな局面に直面しています。

今のモバイルゲームのヒット作は『原神』『ブルーアーカイブ -Blue Archive-』などの海外タイトルがメインになっています。これら海外作品はゲーム自体のクオリティが非常に高く、日本発のRPGやビジュアルノベルといったコンセプトを高いレベルで昇華しています。

さらに世界同時的な展開を進めており、ローカライズも練られています。開発は中国や韓国がメインで、言葉や技術力のハードルから日本人クリエイターへの発注は減っています。

国内の中堅タイトルは、苦境に立たされています。

2023年10月にはDMM GAMESから配信されていた制作費12億円の『アイ・アム・マジカミ』がサービス終了。さらには1月15日にヨコヲタロウ氏の手がけた話題作『SINoALICE ーシノアリスー』も約6年間の歴史に幕を閉じました。

他、ツムツムの派生タイトルで5年以上続いていた『ディズニーツムツムランド』、10年にわたる老舗『ドラゴンクエストモンスターズ スーパーライト』などが相次いでサービス終了を発表しました。もちろん、売り上げだけが原因ではないですが、ファンとのコミュニティを維持する中で、事業を継続することが難しいと判断したということかと思います。

今のモバイルゲームはオリジナルタイトルの参入が難しく、漫画やアニメなどの有名IPと組むことが一般的です。IPモノの場合、イラストレーターは自身の個性を出すのが難しく、元の作品を踏襲したようなタッチにせざるを得ないことが多いです。そうした場合、イラストレーターとして個人の名前が露出することはありません。

これが『Fate/Grand Order』(FGO)や『艦隊これくしょん -艦これ-』、あるいは大流行しているカードゲーム『ポケモンカードゲーム』などのように、作家の個性を出しやすいタイトルであれば営業にもつながります。しかし現実のモバイルゲーム市場では、作家の個性が発揮されるような案件は減っています。

生成AIを巡る混乱と対立

2022年以降、クリエイターの中で最もセンセーショナルな話題は生成AIと言えるでしょう。

様々なイラストを機械の力で描けるようになったことは、社会にとっては福音になるかもしれませんが、クリエイターにとっては自分の能力やアイデンティティを奪われたような喪失感が生まれました。生成AIの是非については、その人の置かれた立場によって意見が大きく分かれるトピックで、賛否を示すこと自体がセンシティブなものになってしまいました

生成AIについては技術、法律、感情といったいくつもの局面から議論されるべきですが、それぞれが複雑に絡み合っているのでSNSだとまともなコミュニケーションになりづらい現実があります。どれか一つでも情報が抜けると齟齬が発生し、その混乱を意図的に引き起こすような動きもあるので、冷静でい続けるのも難しい時代になったと感じます。

私個人としては、2024年1月時点で、イラストという分野において既存クリエイターを経済的に脅かしているとは言いがたい印象です。AIイラストは主にエロ系の市場で新しいジャンルをつくりましたが、それによって直ちに既存クリエイターの利益が目に見えて減るということにはならないように考えています。ただしこれは直近の感覚値によるものなので、今後のAIの進化によって、市場が変遷していくことは避けようがないとも考えています。

もちろん著作物の保護や、絵柄の踏襲や作風を狙い撃ちする恣意的な学習といった点で、クリエイターの心象に大きな悪影響を与える問題は残っています。生成AIを使う側の意識を向上させるとともに、法的なケアが必要になる部分です。

それでも創作を続けるために

他にもインボイスによる税金や営業コストの増大、クレジットカード会社のセンシティブ作品などの決済拒否によって発生している表現規制に関わる問題、X(旧Twitter)といったプラットフォームの不安定化など、クリエイティブを取り巻く状況は大きく変わっています。

これまでの10年が好景気だった反動なのか、特にコロナ禍以降では悪い方向に行っていると感じている人も多いかもしれません。

それでもこれからの世代にとってはこの状況が普通になっていくし、新しい文化や才能はどんな状況でも生まれていっています。大切なのは現状を正しく冷静に理解し、クリエイティブに集中できるような状態に自らを持っていくことです。

次回以降のコラムでは、現代のイラスト環境についていくつかの角度でさらに詳しく言及していきます。

イラストに関するコラム自体がかなりレアだと思いますが、どれも他では読めないものになると自負しています。

以下に今後のテーマを書いていきますが、いずれも私自身も過去にあつかっていないものです。時流によっては変更もあるかもしれませんがどれも面白くなる予定なので、是非チェックしてみてください。

今後のテーマ

・技術主義がエンターテインメントになる
・美容とルッキズム、そしてポリコネ
・アートギャラリーとイラスト

そのタイミングごとに扱えそうなテーマを随時入れていきます。

それではまた!

※この記事は期間限定でプレミアムユーザー以外にも開放されています。