いまさら聞けない『Grand Theft Auto Online』のすべて
2024.03.03
ラッパー・ビートメイカー・プロデューサーであるJinmenusagiのインタビューを前後編で配信。
前編では、Jinmenusagiの目線で、地元・市ヶ谷〜神楽坂までの千代田区エリアを歩きながら、その半生を振り返る。
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この記事の制作者たち
東京都千代田区と新宿区、2つの区を跨る土地に位置する市ヶ谷駅付近には、もともと江戸城のお濠の一部である外堀と名物の釣り堀、市ヶ谷フィッシュセンターがある。駅周辺には、学校や会社などがところ狭しと建ち並び、会社員や学生と思しき人たちが駅前を行き交う。
おおよそ人が住んでいるようには見えない。事実、千代田区は東京23区の中でも、人口がもっとも少ない。
この千代田区と新宿区を跨ぐ市ヶ谷駅から、唯一無二の個性を放つラッパー・Jinmenusagiの取材はスタートした。
目次
- ラッパー・Jinmenusagiと歩く、夜は眠る街
- 「嫌な奴でした。親や先生、友達の言うことも聞かない」
- 中国語では、『大麻』と『おばさん』の発音がすごく似てる
- ラッパー・Jinmenusagiの目に映る、千代田区という特性
- お気に入りの喫茶店で腰を落ち着け、インタビュー開始
- ニコ動でラップしてるやつは大体が下手だった
- ニコラップと周りとの間にそびえ立つ、高すぎた壁
- 「現場を知らない」という批判は、音楽活動の手助けにはならなかった
- 就職はせずバイト──「精神的にきつかった」
- バトルブーム後に花開いた日本語ラップシーン。ラップもビートも、レベルはあがった
2023年末、5年ぶりとなるアルバム『DONG JING REN(東京人)』をリリース。
個性的な雰囲気を醸し出し、独特のワードセンスが反映された楽曲を2012年のデビューから放ち続けるJinmenusagi。彼は一体どんな環境で育ってきたのか。
市ヶ谷駅から千代田区側に点在する地元での思い出の地を歩けば、その一端がわかるかもしれない。本人の案内で、市ヶ谷駅を後にした。
総武線沿線 車窓にはお濠 水道橋から飯田橋は曇り 合法ハーブと都のかほり「Tales of 23」より
ジメサギの愛称で親しまれるJinmenusagiは、1991年11月4日生まれ、東京都千代田区育ちのラッパーである。
東京の中心部とも言える皇居が位置する千代田区育ちというユニークな出自であるだけでなく、「仮性包茎ども」や「ケンドリックラマーの刑だ」といった他の曲ではめったに耳にしない独特のリリックや、インターネット発のいわゆる「ニコラップ」からシーンに登場。
さらに、高いラップスキルに加えてビートメイキングやプロデュースもこなすオールラウンダーだ。
駅から千代田区方面をしばらく歩くと、そこには『ヒカルの碁』に登場する日本棋院会館などのビルの合間に、突如マンションが姿を現す。足元には見渡す限りアスファルトの路面が伸びている。
「神楽坂の方まで行くと違いますが、この辺りは賑やかなのは昼間だけで、夜は眠る街です(笑)。働いている人が多いオフィスタウンだから、朝から夕方までは人が多い。でも、その人たちがいなくなるとゴーストタウンのように静かになるんです。それが地元の本当の側面だと思いますね」
使い古された言葉だが、まさにコンクリートジャングルに囲まれた街を歩きながら、自らが生まれ育った街をそう語る。
子供の頃から何もしたくなかった 誰から何を言われど変わらなかった 何も変わらないままで年を取った「InterNETlude」より
Jinmenusagiはどんな子供だったのだろうか。
「嫌な奴でしたね(笑)。親の言うことも、先生の言うことも、友達の言うことも聞かない。本当に反省しています。でも、暴力を振るったり、何かを盗んだり、人の意に背くようなことはしなかった」
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