最後の砦としての“MCバトル”に起こっている変化 ハハノシキュウ「U-22 MCBATTLE」レポート
2022.12.02
その試合には1000万円以上の価値があった──日本武道館で2022年8月31日に行われた、日本史上初となる優勝賞金1000万円のMCバトル大会「BATTLE SUMMIT」。ラッパー・ハハノシキュウによるレポートの完結編を公開。
クリエイター
この記事の制作者たち
君は誰に愛されたいの?
俺は俺に愛されたいよ
勿論、君にも愛されたいよ
欲張りと言われても仕方ないもう裂固 feat.Authority「ANSWER」
「シキュウさん『BATTLE SUMMIT』のバトルレポートを書いていただけないですか?」
「イヤです」
KAI-YOUの新見さんから今回の仕事を振られた時、確か僕はこんな感じの塩対応だった。
別に調子に乗っているとかそういうのでは決してない。
単純に「イヤ」だったのだ。
「なんでイヤなんですか?」
「だって、メンツ見ました? 下手なこと書いたら殺されるじゃないですか」
「シキュウさんなら大丈夫です」
「この規模で大会開いてクソつまんなかったら僕は『面白かった』って書けないですよ」
「ウチ(KAI-YOU)は忖度しないので、つまらなかったら『つまらなかった』って書いちゃっていいんですよ」
「そんなことしたら、業界の全てを敵に回しちゃうじゃないですか。僕にはそんなドラマの主人公みたいなことはできないです。っていうか、そもそもメンツ的に命の危険があります」
「じゃあ、こうしましょう。一緒に武道館には行きましょう。で、書きたいって思ったら書いてください!」
なんか巧妙な口車に乗せられている気がする。
「わかりました。でも、約束はできないですからね、マジで、はい」
さすがに17年もMCバトルを追いかけていると大半のバトルがつまらなく感じてしまう。悪く言うと一番バトルが面白かった青春時代で価値観が止まっている。
そのくせ、AbemaTVなどで可能な限りMCバトルはチェックし続けていた。むしろ、チェックし続けていたからこそ不安だったのだ。最新のバトルを常にチェックしながら、その度にどうにも満たされない気持ちが募っていた。
満たされない理由の一つとしては「ハハノシキュウが呼ばれていない」ことも多少は関係ある。
「自分を呼ばない大会だからつまらない」っていう一種の強がりも少なからずあったはずだ。(この際だからはっきり言っておくが、僕はバトルの会場で物販がやりたい。バトルそのものよりも物販がやりたい)
まあ、とにかく「ハハノシキュウが出てない大会はつまらん」って思いたい自意識過剰な自分がいるせいで素直にバトルを観られないのだと思う。(『高校生ラップ選手権』に関してはそういう気持ちが起きないため存分に楽しめた)
だからBATTLE SUMMITがどうこうって話ではなくて僕自身に問題があるって考えた方が自然かもしれない。
そんな僕の自意識も含めてBATTLE SUMMITのハードルは相当高い場所にあった。
「今さらバトル観て『うおー! やべー!』ってなんないと思うんすよね」
結局、僕は口を尖らせながら武道館の2階席に座っていた。
「シキュウさん」
隣の席に座っていた新見さんが声をかけてくる。
「Zeebra、ヤバかったっすね」
僕はそんな新見さんにこう言った。
「いやー、あれはヤバかったっすね! 『うおー! やべー!』ってなりましたよ! ってか、ちょっと泣きそうになりましたもん。“漢 vs Zeebra”だけでチケット代の元が取れましたね! いや、チケット代払ってないっすけど。とにかくそんくらい価値がありましたね! もうなんていうか役者が違いましたねマジで!」
僕は「マジでハイ」になっていた。
目次
- 1回戦 シード下 第1試合 がーどまん vs JUMBO MAATCH
- 1回戦 シード下 第2試合 DOTAMA vs CHICO CARLITO
- ベスト8 第1試合 がーどまん vs RYKEY DADDY DIRTY
- ベスト8 第2試合 MOL53 vs 呂布カルマ
- ベスト8 第3試合 Authority vs ID
- ベスト8 第4試合 Zeebra vs DOTAMA
- 準決勝 第1試合 がーどまん vs MOL53
- 準決勝 第2試合 Zeebra vs Authority
- 重大発表
- 決勝 MOL53 vs Authority
1回戦の10試合を終えた会場のムードはZeebra一色だった。
9試合目まで積み重ねられた焦点の合わせ方がZeebraの登場によって一気に狂わされてしまっていた。
というか、大袈裟な言い方をするとZeebraにしか焦点が合わない状況にさせられていた。
判断基準そのものがZeebraになってしまったとも言える。
相変わらず、遠近感のせいで焦点がボヤける。ヘッズ目線だと出演者の呼称が敬称略の方が自然だし、プレイヤー目線だと敬称有りの方が自然になる。そんな2つの目線が入り混じって遠近感のわからない空間だった。
余韻が冷めやらぬまま、次の試合が発表される。
そもそもトーナメント表すら発表されていなかったため、20人で10試合を終えた後の組み合わせに対する心構えすら出来ていなかった。これからシード下の2試合が行われることに「あっ、そうなんだ」と思いながらも、気持ちが切り替えられないままステージを観る。集中力を切らしてトイレや喫煙所に立つ者も散見した。
誰と誰がシード下になるのかすらわからなかったため、頭の中にトーナメント表を描けず戦況を上手く整理できない状態だった。
がーどまんとJUMBO MAATCHがステージに上がったことでようやく観客側も臨戦体制に切り替えができたという感じだった。
先攻のJUMBO MAATCHから始まったこの試合の論点はYouTuberがダサいかどうかという部分にあった。
基本的にがーどまんの言っていることは大麻とか仲間とか地元を賛美している他のラッパーと変わらない。たまたまその代入式にYouTuberが入っただけで、本質的には言っていることに差があるようには見えない。と個人的には思う。
JUMBO MAATCHがYouTuberの傍らでラッパーをやっていることをディスればディスるほど、がーどまんの調子が上がっていくように見えた。
YouTuberの悪口を言われ過ぎて、アンサーを用意するまでもないって感じだった。手堅く相手の言った言葉を拾って4小節目で韻を踏むという非常にオーソドックスなスタイルだが、それが武道館という大箱とバッチリとはまった感触があった。
「YouTuberに喧嘩売っとんか? 俺が日本一のエンターテイナー」というラインが綺麗に決まり、YouTubeのキャッチコピーを引用して「好きなことで生きていく」と締める。
がーどまんの勝利だった。
僕だけなのかそうじゃないのかはわからないが、この試合で集中力とか緊張感とかが急に緩和されたというか、逆に今まで集中し過ぎていたのかぼんやりとステージを眺めてしまっていた。
この試合に関しては全体的に何かがフワフワしているように思えた。DOTAMAさんもCHICOちゃんもどこか緊張感に欠ける雰囲気で締まりがなかった。
「言うことがない」と言いつつもお互いにディスり合いをしているが、2人は初代モンスターという間柄なのも手伝ってか妙に呼吸が合っていて、バチバチなんだけどバチバチじゃないという不思議なバトルを繰り広げていた。
DOTAMAさんは梵頭さんとの試合の時もそうだったが、バトルというよりサイファーが上手くなったという印象がある。
勝った方が次にZeebraと戦うらしいということが2人の攻防から明らかになる。
お互いにアンサーを返し合っていて、取りこぼしもなく甲乙つけがたい試合だった。強いて言えば、最後に「WACK MCを自分のイベント(DOTAMAさんのTシャツにも書いてある『社交辞令』というイベントのことを指す)呼ぶの? 頭どうかしてるってDOTAMA」というCHICO CARLITOのアンサーが鋭く決まったという感触だった。
当人たちもそう思っていたのかUZIさんが判定を聞いた後、2人同時に崩れるようなリアクションだった。
DOTAMAさんからすれば「えっ? 俺の勝ちなの?」と言った感じで、逆にCHICO CARLITOからすれば「俺の負けかーっ」という具合だったように見えた。
もちろん、本当の胸中は当事者にしかわからないため適当なことは言えない。だから読者も僕が主観で感じた印象を鵜呑みにしないでもらえると嬉しい。
お客さん的には晋平太戦の時のようなバイブス全開のCHICO CARLITOに期待していたのかもしれない。
勝者はDOTAMAさんだった。
15分の休憩を挟んだおかげでフワフワしていた脳味噌が通常モードにリセットされる。
そもそも、白内障の手術を終えたばかりの眼で武道館のチカチカしている照明をずっと観ていたのもあって、目の奥が疲れてきているのは自覚していた。
休憩の時間に流れていた一回戦のハイライトムービーが一通り終わると、ステージ上の大画面に“トーナメント表”が映し出される。
この日の全体図をようやく俯瞰できたという感覚があり、情報の整理ができたことで観客側もベスト8に臨む覚悟ができたと思う。
RYKEY DADDY DIRTYとがーどまんの両者がステージに揃う。
「先攻後攻を選ぶジャンケンをお願いします」
UZIさんの進行に対しRYKEY DADDY DIRTYがジャンケンをせずに「選んでいいよ」と言う。
「選ばないんすか?」とがーどまんが聞くと「格が違ぇよ、選べよ」と相手を煽る。
対するがーどまんは「格が違うんで先攻で」と一歩も引かずに煽り返す。
この試合の鍵はRYKEY DADDY DIRTYがどれだけ相手を眼中に入れないかで変わってくると僕は思っていた。
しかし、両者のあいだにはギスギスした空気感はなかった。
先攻一本目のがーどまんのバースはまだ様子見といった感じで韻を踏みながらジャブを入れていく。それを聴いているRYKEY DADDY DIRTYは終始笑顔で、それが相手を舐め腐っているものなのか、相手を認めているものなのか、判別がつかなかった。
バースの締めは「勝ちに行く、勝ちに行く、友達でも刺しに行く」というフレーズだった。
やや食い気味でビートに入ってきた後攻のRYKEY DADDY DIRTYは「こいつは裏ではRYKEYくんって言ってくんのに、ここではお前と呼んできたり、浅すぎる」と指摘する。
僕は2人の関係性というものが全くわからないが、両者の間で通じ合ってる何かがあるらしいってことを察知する。(がーどまんのYouTubeチャンネルに出演していたらしい)
「YouTubeの撮影じゃねぇ」と言うRYKEY DADDY DIRTYに対し「YouTubeの撮影じゃねぇ、わかってる。友達だろうと俺の勝ちだろ?」とがーどまんは3バース目を締める。
一回戦からがーどまんはこの大会において“嫌われ者”として強いディスを受け続けてきたが、逆にそれが彼の肥やしとなっていたと思う。
ただ、RYKEY DADDY DIRTY相手には一歩も引かない上でリスペクトを込めていて、これまでの試合とは異なる印象を持たせた。
RYKEY DADDY DIRTYの最後のバースも自分が上であることを言語化してはいるが、がーどまんに対するリスペクトを感じさせるものがあった。
RYKEY DADDY DIRTYが相手を眼中に入れるか入れないかが勝敗を分ける。そういう意味では彼の眼中にはがーどまんがしっかりといて、がーどまんのスタイルを尊重していたように見えた。判定を決めたのはおそらくそこだろう。
勝者はがーどまんだった。
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