『アリスと蔵六』『ぼくらのよあけ』今井哲也の描く“悪”の諸相

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  • 2020.08.27 19:45:00
『アリスと蔵六』『ぼくらのよあけ』今井哲也の描く“悪”の諸相

技術的特異点(シンギュラリティ)という概念があります。

厳密に定義できる言葉ではないのですが、「1000ドルで買えるコンピュータの性能が、全人類の脳の性能を上回る時点」「人工知能(AI)が自己フィードバックによって勝手に成長し続け、人間に代わって地球文明の主役になる時点」という理解が一般的かなと思います。

フィクションの世界でよくある「人間を超えたAIが人類を滅亡させる」的なシチュエーションは偉い学者さんたちによって普通に議論されていることであり、シンギュラリティ以前以後で人類は全く異なる存在になるのではないかという議論や(ポストヒューマン)、ナノテクノロジーや遺伝子工学の発展、もしくは人間の意識を機械やサーバーにアップロードすることによって人類は死を完全に克服するのではないか? 等々、ほんの少しググるだけでも、シンギュラリティを巡る議論は多岐にわたっています。

あえてシンプルにいうならば……私たち人間の生活様式が変わり、できることが増えていく。産業革命の一種ですね。

ぼくらのよあけ.jpg

今井哲也『ぼくらのよあけ』(1)(アフタヌーンコミックス)

今井哲也先生の『ぼくらのよあけ』は、そんな技術的特異点を迎える人工知能搭載のオートボット・ナナコと、主人公でありナナコの所持者である少年・ゆうまの物語です。

目次

  1. 『ぼくらのよあけ』から考える、今井哲也の倫理
  2. A.Iが嘘をつけない(つかない)本当の理由
  3. 他者を受け入れること、友だちをつくるということ
  4. 『アリスと蔵六』が描く、3つの悪
  5. 論理のアリスと倫理の蔵六 ワンダーランドの不穏さ

『ぼくらのよあけ』から考える、今井哲也の倫理

では具体的にどうやって技術的特異点を迎えるのか。ナナコの性能が大幅に向上したり、突然神のような存在になるわけではありません。

それは、人工知能がウソをつくということでした。

『ぼくらのよあけ』2巻 最終話より.jpg

(『ぼくらのよあけ』2巻 最終話より)

AIであるナナコが「人間はウソをつけるのにつかないからすごい」というこのシーン。ここに、今井哲也作品のエッセンスが詰まっていると考えているので、少し長くなってしまいますが解説させて下さい。

まず、「なぜウソをついてはいけない」のか。

イソップ寓話の『オオカミ少年』を元に考えてみたいと思います。

ご存じの方が大半かと思いますが、『オオカミ少年』とは羊飼いの少年が「オオカミが来た」というウソを何回もついたために、本当にオオカミが来たときに信用されず、羊たちが食べられてしまうという有名な寓話です。

信じてほしいときに信じてもらえなくなるので、ウソをつくのはやめましょう、という教訓が得られる寓話ですが、この記事内では以下のように仮定したいと思います。

・ウソとは、悪の最小単位である

・悪とは、ものそのものの価値を損なう行為である

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「友だちをつくる」ことの合理的、戦略的理由