


「私たちは自由でなければならない」
エーリッヒ・フロムの著に『自由からの逃走』という本があります。
僕なりに超簡単に説明すると、大衆一人ひとりが自由というものを得たものの、その自由の持つ孤独と責任に耐えきれずに、思考や決定権をファシズムに依存してしまった、という内容などが書かれています。
大量殺戮、人種差別、選民思想、人体実験……ナチ主導で行われた数々の非人道的行為は、悪の代名詞と言えると思います。
ではヒトラーらナチズムを支持した「大衆」は悪だったのか? 曖昧な問いなので一概には言えませんが、少なくとも一つ確かなのは、この「大衆」も、もっと言うならばヒトラーさえも、私たちとそんなに変わらない、同じ人間だということです。
善悪というのは基本的にただの解釈であり、後からしか判断できません。正しい事柄というものは存在せず、ただそれを「正しいだろう」と信じて行動するしかありません。
さらに言うならば、善悪とはしょせん「ある集団にとって望ましいか否か」というただの物差しに過ぎず、立場によって見え方が変わるのは当たり前のことです。
だからこそ、私たちはファシズムを悪と言わなければならないわけです。「明らかに望ましくなかった歴史」を人類という集団が繰り返さないために。
なぜエレンは「自由」に執着するのか
冒頭に「私たちは自由でなければならない」と書きました。理由は単純明快です。ファシズムにならないためです。
私たちは悲劇を繰り返さないために、自由でなければならない。気を抜くと簡単にファシズムに加担してしまうのだと、自覚しなければならない。辛くても、自分で考え、自分で選ばなければならない。これが過去から学ぶべき現代人の持つべき責任、使命と言えるでしょう。
一言でいうならば、自由とは悪に陥らないための処方箋、対抗策なんですね。
……のはずだったんですが、『進撃の巨人』では、最も自由を求めたエレンがまるでヒトラーのような人類悪になっているという、ヤバい展開になってるんですよね。

(進撃の巨人30巻121話より)
まずエレンの自由とは何か、なぜ彼は自由を求めるのかについて書きたいと思います。
なぜ彼は自由を求めるのか。それは端的に言って、運命を許せないからです。
では「運命」とは何か。それは“自分で選択できない状態”のことです。
例えば作中でいうエレンを襲った最初の“運命”は、超大型巨人によって街や母親を失ったことです。

(進撃の巨人1巻2話より)
本人の意志が介在する余地がなく、絶対に避けられない状況、これを運命と呼びます。
進撃の巨人では「残酷な世界」「奴隷」「服従」「家畜」「理不尽」「仕方がなかった」などのキーワードがしばしば語られますが、これらは運命とほぼ同義語ですね。
これを、エレンは許せない。
既存の価値観を揺さぶる者
……ところで、この支配よりも自由を求めるエレンには、明確なモチーフがあります。
ここから先はPremiumユーザーのみ
ご覧いただけます
あと2364文字/画像9枚
KAI-YOU Premiumは月額定額(税別1000円)のコンテンツ配信サービスです。「KAI-YOU.net」の有料版という位置付けのもと、"ここでしか読めないポップカルチャーの最前線"をお伝えしていきます。
キリスト教から考える「エレン」の役割
Series
連載

都留泰作&柞刈湯葉 対談
漫画『竜女戦記』の都留泰作。SF小説『横浜駅SF』の柞刈湯葉。漫画家でもあり、文化人類学者、また京都精華大で教鞭を執る学者でもある都留と、SF作家でありながら、漫画…

時代を映すクリエイター loundraw連続対談
10代でイラストレーターとしてデビューし、小説やCDのイラスト、TVアニメのキャラクター原案、漫画や小説の執筆、作詞と、多岐に渡る活動を続けるloundraw。 2019年に…

孫GONGを訪ねて京都を巡る
存在感のある巨体と、その腹部に鎮座する和彫りのダルマ。関西で随一の大麻好き。まるでフィクションから飛び出してきたかのような強烈なキャラクター。 「京都のヤク…