MCバトルという料理は、ヒップホップという器を超えた──「BATTLE SUMMIT」レポート後編
2022.09.17
新型コロナウイルス感染症の影響で中止された2019年の「BAZOOKA!!!高校生RAP選手権」が、メンバーを変えて再び第17回として開催された。
ラッパー・ハハノシキュウが目撃した2022年版の「第17回高校生RAP選手権」をお届けする。
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調子乗らず ビートに乗せる人生
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逆さまになって ここじゃSTARKREVA『タンポポ』feat.ZORN
僕が高校生RAP選手権の話をするためには2021年10月25日まで時間を遡る必要がある。
この日、戦極MC BATTLE主催のMC正社員から一本の電話をもらった。
「高校生RAP選手権がコロナ禍で中止になってから結構経つと思うんだけどさ」
そんな枕から正社員さんの話は始まった。
「若手のオーガナイザーでDash1xxってヤツがいるんだけど、そいつが新しいイベントを立ち上げるのを手伝ってんのね。で、なんでこの時期にわざわざ新しいイベントをやるかって言うと、フリーエントリーのバトルイベントがほとんどなくて、新しい若手に日が当たらないからなんだよね」
正社員さんとはそれなりに付き合いが長い。
だからそこまで聞いて言いたいことは大体伝わった。
「要するにそのバトルに出てほしいってことすか?」
「そう!」
僕は小箱のバトルイベントは割と断る回数の方が多い。良いバトルをしてもその日だけの記憶で終わってしまうことが多いし、自意識過剰だけど「あの人、ベテランなのにまだこんなとこでバトル出てんの?」と思われるのもシャクだからだ。勝っても得るものが少ないし、負けたら失うものが大きい。
ちゃんとギャラが出て物販が売れる環境なら「はいはい」と僕は仕事を受けるけど、採算度外視でクラブに遊びに行くようなモチベーションは持ち合わせていない。
断ろうかなと思いながら話を聞いていたら、正社員さんがバトルの4小節目みたいなテンションでこう言った。
「俺は次のスターを探さないといけないんだ」
僕は性格が悪いくせにお人好しなところもあるため、ついついその言葉に乗せられてしまったわけだ。
「わかりました。出ますよ。ちなみにイベントの名前はなんて言うんですか?」
正社員さんはこう言った。
「Dis4U」
目次
- 「俺は次のスターを探さないといけないんだ」
- Dis4U「ハハノシキュウ vs RunLine」
- 「百聞は一見にしかず」と戦う言葉
- Aブロック 第1試合 Dumbperson VS REDWING
- Aブロック 第2試合 Loutre Carnivore VS 楓
- Aブロック 第3試合 ゆらりん VS Chance
- Aブロック 第4試合 そら VS STACK THE PINK
- Bブロック 第1試合 Kampf VS たんぽぽ
- Bブロック 第2試合 長瀬 VS KT
- Bブロック 第3試合 Grom VS 七転
- Bブロック 第4試合 RunLine VS しーじん
- スピード感を増していく2回戦
- 2回戦 第1試合 REDWING VS 楓
- 2回戦 第2試合 Chance VS STACK THE PINK
- 2回戦 第3試合 たんぽぽ VS 長瀬
- 2回戦 第4試合 七転 VS RunLine
- MCバトルの空気感を文字にする、その理由
- 準決勝 第1試合 REDWING VS STACK THE PINK
- 準決勝 第2試合 たんぽぽ VS RunLine
- 決勝戦 REDWING VS RunLine
- 決勝戦(延長) REDWING VS RunLine
- いつか星になるかもしれない無数の可能性たちに
2021年11月28日。Dis4Uの第一回大会が開催された。
64人制のトーナメントに一回戦から参加するなんて何年振りだろうか。(ゲストバトラー全員が一回戦から参加だった)
予想通り、ゲストバトラー以外のラッパーは全然聞いたことない名前だった。話を聞くとMRJのフライデーとかに参加してるラッパーが多いらしい。
基本的にみんなラップが上手いし、きっとなんらかのきっかけがあれば一気に箔がつくようなヤツばっかりなんだろうなと思っていた。問題なのは、その「箔をつける」きっかけがコロナ禍の現状において失われつつあるということだ。
何回戦だったか忘れたけど、僕はそこでRunLineというラッパーと当たった。
自分の動画を見直すのが嫌だから、なんて言ったのか細かいことは覚えてないけど「俺は小箱のバトルに出ても大して得なんかしないんだ。その代わり、おまえらの中からダイヤモンドを探しに来てる。なのに馴れ合いのバトルばっかりで全然ダメじゃん」みたいなことをラップした気がする。
対戦相手のRunLineが俗に言う“韻が堅いイケメン”ってやつだったのも手伝って、ボコボコにしてやろうと思っていた。
逆に言えば、ここで僕みたいな悪者をぶっ殺せれば彼には“主人公の才能”があるとも思っていた。
結果としてこのバトルは、RunLineが会場を味方につけて勝利した。
僕はとりあえず正社員さんが望んでるだろう“お仕事”をオーダー通りに完遂できた自覚があったため、割とスッキリした気分でバーカンの方に降りた。(余談だが、後日アップされた動画は予想通り再生回数が全然伸びてなくて「これだから小箱のバトルはしんどいんだ!」とムカついたりした。僕が数字を取れないラッパーなのが悪いんだけど)
酒も飲まずにダラダラしていると、目の前に正社員さんが駆け寄ってきて瞳孔を開きながら早口でこう言った。
「シキュウさん! 俺の言いたいことを全部言ってくれた! 最高だよ!」
そして、バトルの8小節目みたいなテンションで最後にこう言った。
「俺がRunLineをスターにするよ!」
こうして彼に「箔がついた」わけだ。
前置きが長くなってしまって、申し訳ない。
とにかくそんな前日譚があった上で、たまたま僕は今回の高校生RAP選手権のレポートを書くというお仕事をいただいた。
MCバトルというものを文字で表現するほど難しいことはない。
「百聞は一見にしかず」
この「一見」と対等に戦える文章を書かないといけないのだ。ならば僕は空気を言葉にしようと思う。
空気は動画にも写真にもうつらないものだからだ。というわけで、僕はその空気感を追いかけるような形でイベントに臨むことにした。
誰が出るのか全く予習をしないで会場に到着する。
入り口でトーナメント表の載ったパンフレットをもらう。
KAI-YOUのスタッフもここ最近の新しい若手について全然チェックできていないと言っていた。コロナ禍による空白感が大きいことをパンフレットを眺めながら実感する。
そこで「RunLine出てんじゃん」と僕の中で物語が繋がったわけだ。
彼のスキルならオーディションに受かっても何一つ不思議じゃない。「MC正社員の依怙贔屓があったんじゃないの?」って思う人は、この記事の後半でそれを否定する根拠があるため是非とも最後まで読んでほしい。
実際、試合前に16人がステージに整列した時もRunLineには人を惹きつける華があった。ただ、その分だけアンチも増えるんだろうなと思ったりした。だけど、高校生RAP選手権というフィルターを通して彼を見るとその全てが微笑ましく見えてしまうのだから恐ろしい。
プロ野球の試合を観ながらずっと文句を言ってキレてるおっさんが、高校野球を観る時は文句一つ言わないどころかエラーをするとそれを見て泣いてしまったりする。なんて話を聞いたことがあるが、僕もなんやかんや年齢をとってそっち側の人間なんだなと実感する。
仮に僕が現役の高校生だったら舌打ちをしながら斜に構えて観ていたと思うが、この日は清々しいくらい純真な気持ちで一回戦の始まりを待っていた。(そもそも自分が出ないバトルは基本的に面白い)
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