Vol.2 ポップカルチャーから失われた感覚
2019.04.03
日本を代表する思想家・東浩紀が創刊した思想誌『ゲンロン』。
師であった柄谷行人『批評空間』を乗り越え、第2幕の始まりを告げる『ゲンロン10』によって明示された役割と方針を紐解く。
思想家の東浩紀が編集する雑誌『ゲンロン』が、この9月に「第2期始動」と謳った第10号を刊行した。昨年10月以来、11ヶ月ぶりの刊行となる。
1993年に旧ソ連の作家アレクサンドル・ソルジェニーツィンの『収容所群島』を論じた文章で、批評家・柄谷行人が主宰する「批評空間」誌上でデビューしたとき、東浩紀はまだ20代前半の東京大学の学部生だった。
以後、フランスの哲学者ジャック・デリダから情報社会やオタク系サブカルチャーまでを幅広く論じるとともに『クォンタム・ファミリーズ』で三島由紀夫賞を受賞するなど小説家としても活躍し、2000年以後のいわゆる「ゼロ年代」批評シーンの立役者となった。
東はある時期から意識的に活動の場を大学や既存の出版社から自らが主宰するインディペンデント・メディアに移し、Webマガジンやメルマガも含めた様々な「雑誌」を運営していく。
2010年に雑誌『思想地図β』の刊行のため合同会社コンテクチュアズを設立。2012年に現在の株式会社ゲンロンに改組した後は、東自身が代表取締役社長と編集長を兼任しつつ『思想地図β』『ゲンロン』といった批評誌を刊行してきた。

『ゲンロン』の第1期は2015年の創刊から2018年の第9号までを指す。10号目を区切りとする今回の再始動にあたり、『ゲンロン』の刊行体制にはいくつかの変更が行われた。最大の変化は、発行人の変更である。
昨年12月に東浩紀が同誌を発行する株式会社ゲンロンの代表取締役を退いたのに伴い、ロシア文学者の上田洋子があらたな代表となった。当初は「一時的」な措置とされていたこの交代は継続的なものとなり、第二期『ゲンロン』は上田が発行人、東が編集人を務める体制となった(それまでは東が編集人と発行人を兼任)。また雑誌のアートディレクターも加藤賢策(LABORATORIES)から川名潤に代わった。『ゲンロン』1号から9号までは年3回刊だったが、第2期はペースをやや落として年2回刊となるという。
執筆:仲俣暁生 編集:新見直
目次
- 「愛の言葉」ではなく「愛の実践」を
- 新体制『ゲンロン』での東浩紀の役割
- 批評を支える場、そして観客のために
- 東浩紀インタビューを読む
こうした外形的な変化は、『ゲンロン』という雑誌にどのような編集上の変化をもたらしただろうか。東浩紀自身が、第1期の最終号となった『ゲンロン』9号の巻頭言でこのことについて述べている。
八年前にゲンロンを立ち上げて以来、ぼくは巻頭言ばかり記してきた。『ゲンロン』の前身である『思想地図β』をあわせれば、一四の巻頭言を書いている。加えて他社出版の単行本や友の会会員向けの挨拶などでも、いくどもゲンロンの存在意義について記している。そしてそのすべてが、多かれ少なかれ、批評とはなにかについての文章になっている。批評についての批評をここまで執拗に書き続けた同世代の批評家は、おそらくはほかにいまい。『ゲンロン9』東浩紀「巻頭言」より
しかし東は、こうした批評への「愛の言葉」を書くばかりで「愛の日常」を実践できない状況から解放されたい、とこの文章で述べる。すなわち第2期『ゲンロン』では自分は巻頭言を書かない、そのかわりに「自分自身の思考を表現するあるていど長いテクストを、毎号必ず寄せる」ことを約束するとしたのだった。
なぜなら『ゲンロン』第1期の作業を通じて「批評は再生した。少なくとも再生への道筋は見えた」からだ、と。
当初は今年の春に出るはずだった『ゲンロン』10号は秋まで遅れたが、それには前年暮れの代表交代劇に先立つ出来事が大きく影響していたものと思われる(ゲンロン叢書『テーマパーク化する地球』に収録された「運営と制作の一致、あるいは等価交換の外部について」という文章で東自身、ゲンロンの解散も一時は念頭にあったと述べている)。
東の代表復帰は行われなかったが、第2期の『ゲンロン』には予告どおり巻頭言がない。かわりにどのような東浩紀のテキストが読めるのか、まずはそれが気になった。
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